第四話 『適応機能過失障害』

夜が明け、ワイドショーやSNNでは昨日の話題で持ちきりであった。

取るに足らない憶測を語るコメンテーター、不毛な議論を展開する匿名アカウント、ごく見慣れた光景だがその渦中に自分達がいると思うとどこか浮足立つような感覚を覚える。

警察に保護された後、両親がすぐ駆けつけてくれた。

あんなに泣いている両親を見たのは初めてだ、私も感極まって泣いた。

あれからの二人は、いつもよりちょっと優しい。

運転手も保護されたらしいけど、霧也はこれからどうなるのだろうか?

怪物や能力について、事情聴取の後警察に尋ねた所、夜剱(やつるぎ)なる人物と合うように言われた。

てっきり機密事項とやらで、だんまりを決め込むものとばかり思っていたので、少々拍子抜けしてしまったが、まあ事が順調に運んでいるのは良い傾向だろう。

そして現在、私は待ち合わせ場所の個室付きカフェにいる。

店内はアンティークテイストの小洒落た空間で、薄暗い照明がノスタルジックな雰囲気を演出している。

どこか懐かし気なBGMも相まって今にも眠ってしまいそうだ、とても居心地が良い。

もう待ち合わせ時間を30分も過ぎているにもかかわらず、相手が来ないという事実も、この店の素晴らしさに免じて許してあげようかと思っていた矢先だった。

からしきこの店には似つかわしくない怒声が響く。

思わず身を乗り出してみると、入り口付近で二名の男性が口論になっていた。

いや、正確には片方の男性が一方的に不良に絡まれているのであって、見かねた店員が仲裁に入るも、不良の腹の虫は一向に収まる気配が無いらしい。

本当は触らぬ神に祟りなしと言いたい所だけれど、あいにく人を傷つけるような人を黙って許せるほど私は優しくない。


「出てってください、ここはあなたの様な人が来る場所じゃありません」


「うるせー!

こいつが俺の足を踏んだのが悪いんだろうが。」


予想はしていたがこうも全く悪びれない物か。

それよりも、絡まれていた男性、警察関係者っぽい生真面目な雰囲気と貫禄で直感的に分かった。


「あなたが夜剱さんですよね?」


しかし返事が聞こえてきたのは、最も聞こえて欲しくない方角からだった。


「あ?

夜剱は俺だろーが」


私は聞こえなかったふりをして通そうかとも考えた。


     


「夜剱(やつるぎ)照(てらす)だ」


そう名乗った男は今、カフェのテーブルに足を乗せている。

一向にメニューを注文する気配も無い。

霧也もそうだったが、明らかに年上の人にすらタメ口をきく。

獅子のように明るい金髪は、しばらく染めていないのか所々黒が混じっており、細く整えられた眉と猛禽類を彷彿とさせる鋭い目つきは、威圧的なオーラを放っている。

そして、最低限のモラルや常識にさえ唾を吐き、TPOの三文字など足蹴りにして生きてきたであろうこの男の振舞いに、知性というものは微塵も感じられなかった。

既に分かりきっている事だが、あえて質問してみる。


「あなた、警察関係の方じゃないですよね?

何故警察があなたを紹介したのか理解できません。」


「教えてやんねー。」


夜剱は茶化して見せるが、私が全く笑ってないのを見て慌てて訂正する。


「冗談だよ…

それは俺が、お前といたアイツと同じ、適合者だからだ。」


適合者って何、意味が分からない。

夜剱は無作法に携帯を弄りながら説明する。


「適合者というのは、過失安定剤と呼ばれる、地球の意思の一部を加工した薬を体内に取り込んで、空を騙す力を得た者の事だ。

地上から普段眺めている空の記憶を再現する事によって、実際の環境に関係なく、たとえ屋内だろうとどこでも天候を自在に操る事が出来る。

地球の意思、要するに俺達が考えたり感じたりするのと同様、この星も考えたり感じたりする事が出来るって事。

そして、地球は人類を全て化け物に変えたいと思っている。

お前も遭遇したあの化け物、あれは地球の意思によって悪意と言う感情を植え付けられた人間の成れの果てなんだよ。」


「そんな、あれが人間だって言うの?」


「安心しろ、人だった頃の記憶は無い。

そして奴らに対抗するべくして、地球の意思の一部を人為的に取り出し、人体に取り込む技術が生まれた。

それ自体、本来は毒で、適合出来なければ変異して化け物になる。

適合できる条件は悪意に耐える事が出来るかだ。

それはつまり、悪意に耐性が有る者、日常的に悪意を向けられている存在。

俺みたいな過失者が適任として選ばれた。」


あまりに突拍子も無い言葉のオンパレードで、まるで神話の世界の話を聞いているようだった。

あらゆる異常な光景を目の当たりしてきて今更否定する口実などどこにも無いのだが、それでもこれまで培ってきた経験や常識が、頑なに受け入れようとしないのだ。

そして、過失者という単語、ニュースでも聞いたけど何のことだろう?


「ごめん、過失者って何?」


「あぁ?」


夜剱は怪しいネットワークビジネスの勧誘でも持ち掛けられたかのような反応をすると、眉間にしわを寄せ、急に喧嘩腰になって話す。


「お前、情弱か?それとも俺の事馬鹿にしてんのか?

過失者、社会適応機能過失障害者の略だろーが。

精神疾患、知的障害、発達障害等の内特に社会生活が困難と判断された者の総称だ。

診断された者は社会から隔離され、現在400万人あまりの過失者が強制収容施設に収容されている。

施設での扱いは散々だ、飯や寝床も満足に与えられず、薬漬けにされるあげく、虐待なんて日常茶飯事…」


「そんなの嘘だよ!

日本は民主主義でしょ!?

そんなのが民意でまかり通る訳ない!」


「それがまかり通ったんだよ、国会議員の鷲巣って男が過失者隔離政策を推進していて、そいつの政党が政権を取ったんだからなぁ。

過失者との生活で日常にかかる負担や、理解出来ない者に対する軽蔑、嫌悪、それらが積もりに積もってこの結果を生んだんだろう。

世間体を気にして公言こそしなかったもの、隔離政策に一票を投じる者も大勢いたらしい。

俺たちは、想像以上に世間から嫌われていた。」


私は教科書で習ったナチスドイツのホロコーストの事を思い出していた。

それはあまりに月並みな思考かもしれないが、平均レベルの教養しか持ち合わせていない私にはこれ以外に何も連想出来なかった。

そんな私でも分かる、今この国で人権が脅かされている人たちがいて、大変許容しがたい事が国家ぐるみで行われているという事実。

どうしても黙って見過ごすことなんて出来なかった。


「確かに障害のある人との共存は綺麗ごとだけで済ませられないのかもしれない。

でも、誰にだって得意不得意があるように、たまたま不得意な物が多く生まれてきただけで、結局本質は私達と何ら変わりないはずだよ。

はなから理解しようとせずに、決めつけて社会から排除するなんて、本当にそれでいいのかな?

腹を割って話せば、きっと分かり合えるって、そう思うのも綺麗ごと?」


「綺麗ごとだな。

お前は勘違いをしているぜ、障害者がみんな無害な良い人だなんて幻想をいだいている。

俺や、お前といたアイツみたいな社会のクズを見ても、同じ事がいえんのか?

俺は学校中から嫌われていた、親にも見放された。

そういう奴なんだよ…」


そういった夜剱の声は、この世界をどこか諦めているように感じられた。

直後、夜剱はそれを悟られたくないのか、無理に笑顔を作って話す。


「まぁ、適合者に選ばれた以上もう二度と収容所に戻る事もねーだろう。

政府は俺に怪物の駆除を条件に支援してくれている、住む家だってあるんだぜ!

そしていつか俺はビッグになってやる、馬鹿にしてきたやつらを見返してやる!」


そういった矢先だった。

店内に、一斉に武装した機動隊と思しき集団がなだれ込んでくる。

まるで状況を理解出来ない。

そんな中、隊員の持つ拡声器が私の耳に、気味が悪いほど鮮明に耐えがたい事実をねじ込んでくる。


「過失者の男が、少女を暴行しようとしていると通報がありました!

近隣の方はただちに避難してください、これより確保作戦を決行します。」


「待ってくれ、俺は何も…」


両手を上げて歩み寄る夜剱の首筋に、麻酔銃と思しきものが放たれる。

ぐったりと倒れ込む彼、私に大丈夫ですかと声を掛ける隊員。

何も知らなかった、過失者の事も、この世界の事も…

私はこの数分の間に、残酷かつ理不尽なこの世の縮図を目撃してしまったのだった。

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