第228話 嫉妬と遷都

 時の流れは早いもので、もう修学旅行の出発となり駅に集合している。

 残り少ない陰陽学園での生活を思い出を心に刻み込もうとしているが、楽しい時は留まる所を知らず無情にも流れて行ってしまう。

 人の心には、辛く苦しい時間は長く感じ、楽しい時間は早く感じてしまうものかもしれない。


 誰かが言った――――

 月日は飛ぶ矢のように早いだとか、流れる水のように過ぎ去って行くと。

 誰もが、あっという間に年を重ね、『あの頃は……』などと話す時が来るのだろうか――




 そんな感傷的な気持ちは一旦忘れ、修学旅行の出発となった。定番ではあるが、旅行先は京都と奈良である。

 様々な鬼の伝説が残る京都に行くのは、何か不思議な感覚があるのかもしれない。



 春近たちが駅のホームの並んでいると、隣の列から渚がやってきた。


「くっ、あんたたちは良いわね。春近と同じグループで……」


 どうやら渚は、ルリたちが春近と同じ班になり一緒に行動するのを羨んでいるようだ。

 そもそもクラスが違うので、現地での行動も旅館での部屋割りも離れてしまっているのだが。


「へへぇーっ! 良いだろ。ハルと一緒に京都を回って、ハルと一緒にお風呂に入って、ハルと一緒の部屋で寝るんだぜ。もう、絶対離れないからな。ふへへっ♡」


 すかさず咲が自慢する。


「ぐぬぬっ……う、羨ましい……本気で羨ましい……」


 咲に煽られて、渚が本気で悔しがっている。

 ただ、お風呂や部屋は当然別だ。


 こんな冗談に騙される訳がないと思うのだが、そこは意外と単純な渚だ。春近のことになると途端にポンコツっぽくなってしまうのだから仕方がない。

 悔しがって地団駄じたんだを踏んでいる。


 渚が嫉妬で暴走するのを防ぎたい春近は大真面目に咲を止める。


「ちょっと咲、あまり渚様を煽らないでよ。暴走しちゃうかもしれないし」

「えへへっ、冗談だって。こんなの渚が本気にするわけ――」


 その本気にする女がが渚なのだが――


「もう、あいと二人で春近をラチって部屋に監禁するしかないのかしら……。旅行中に春近と会えない淋しさを埋めるには、もうこれしか……」


「…………」

「…………」


 渚が本気にしているみたいなので、二人は何も言えなくなってしまう。



「ハル君♡ 旅行先でハル君に会う時間が少なくて淋しいよぉ♡」


 そこに天音まで来てしまう。

 危険な計画を立てる渚をスルーして春近にくっついた。


「あ、天音さん、班行動中以外では会う機会もあると思うから大丈夫ですよ」

「でもぉ~」

「そ、そういえば……天音さんたちの班ってどうなってるの?」

「ん? あれあれぇ♡ もしかしてハル君……私たちが他の男子と一緒に仲良く観光するのを想像して妬いちゃった?」

「そ、そ、そういう訳では……」


 気にしないようにしていた春近だが、大事な彼女が他の男と仲良くしているのを想像したら、何だか頭の中がモヤモヤとしてしまった。


 春近は、それほど処〇性を重んじたりしない派なのだが、それでも彼女が他の男と仲良くしているのを見ると心配になってしまう。

 普通に話すくらいならOKだが、触られたり何処かに連れて行かれると思うと、独占欲が発動し妬いてしまうのだ。


 そもそも、世の遊び人男性と違い、春近のようなタイプはピュアなハートを持っている男が多いのだ。美少女アニメやゲームに主人公以外の男キャラが登場し、しかもヒロインとの恋愛に絡んでくるのはショックを受けるものである。


 過去に於いて、美少女ゲームにヒロインの元カレが登場したり、美少女アニメに原作にはいない男キャラが登場して予期せず炎上してしまった事件もあった。

 そして、その頃から処〇厨なる言葉がチラホラと出始めるのだ。

 ※近年ではNTR系作品も増えたので、一概にはいえないのかもしれません。


 そしてここに、おねショタ系好きで経験豊富そうなお姉さんキャラが大好きでありながら、他の男の影が出るのには複雑な心境になってしまうという春近がいた。


 しまった――

 今まで深く考えてこなかったが、天音さんは凄くモテそうなんだよな。

 海でも凄いナンパの数だったし。

 修学旅行先で他の男子から言い寄られたりしたらどうしよう……

 いや、大丈夫だと思うけど、しつこい男に押されまくったら……

 こんな『お願い! 一生のお願い! 少しだけ、先っちょだけで良いから!』ってな感じに……

 うわああっ! 男の先っちょだけなんて言葉は信じちゃダメだああっ!


「あ、あの……ハル君? ごめんね……そんなに真剣に悩むとは思わなくて……」


 春近が黙ったまま考え込んでいるので、天音が心配になって声を掛けた。


「あ、うん、大丈夫だよ」

「もうっ、ハル君ってば、そんなに心配なの? 私はハル君しか見てないから安心して♡」

「天音さん……」



 天音の話によると、班は、天音、渚、あい、黒百合、そして渚親衛隊の女子二人という事で。全員女子だった。

 C組の彼女たちも女子グループだと教えてくれた。

 意外と同性だけの班が多いのだろうか。


「へへっ、アタシが藤原と話してたら、ハルが熱烈告白してきたのを思い出すぜ。あれは動画に残したがったな」


 咲が、ハルの恥ずかしい話を再びほじくり返す。


「うっ、咲、その話は……もう、事ある毎にその話を出されそう」

「えへへぇ♡ ハルがアタシを大好きっていう証だから。一生忘れないからな」


 咲が嬉しそうな顔で自慢気に離している。

 余程あの告白が嬉しかったのだろう。


 そうこうしている内に電車が到着し、皆で乗り込み指定席へと座った。




 ガタンガタンガタンガタン――


 高速で走行する列車の車窓から綺麗な富士山が見える頃になると、ルリが駅弁を広げて食べ始める。

 駅弁と言っても如何わしいアレではない。


「ルリ、まだ昼食には早いような……。一体このお腹の何処に栄養が行ってしまうんだ? やっぱり……」


 チラッ!

 そう言って、春近はルリの大きな胸に視線を向ける。


「「おい」」

 咲と和沙にダブルツッコミされた。



「それはそうと……」


 おっぱいのことで色々言われそうなので、春近は話題を変えようと杏子の方を向いた。

 杏子は眠そうな顔をして、これまで一言も喋っていない。


「あれ、何か杏子が眠そうだけど」

「えっ、あ、はい……ちょっと睡眠不足で」

「もしかして、修学旅行が楽しみで寝られなかったとか?」


 ちょっと子供みたいだなと微笑ましく思う。

 しかし、そこは杏子、予想外の返答が返ってきた。


「はい、それもあるのですが……。今回の旅行が京都と奈良とあって、和銅三年(西暦710年)に元明天皇により平城京に遷都せんとされてから、明治二年(西暦1869年)に平安京から東京に奠都てんとされるまでの歴史を今一度学び直していたら朝になっておりまして……」


「長いよ! それ千百年以上あるよ!」

「もう、それは調べれば調べる程に深みに嵌り……」

「そもそも、遷都せんと奠都てんとの違いとかマニアックすぎるよ」



 杏子のマニアックな話題についていけるのは春近だけだ。鋭いツッコミを入れた。



「それを言ったら、日本の首都は何処なのかという疑問にぶち当たりまして……。明治政府が首都機能を移転し江戸城を宮城きゅうじょうとしたけど、その後も即位の礼と大嘗祭だいじょうさいを京都で行われたり、それに京都の人は『天皇陛下が東へ行幸ぎょうこうに行ったきり戻って来ない』と言うそうです」



「そ、それは京都ネタだから! でも、杏子らしいな」


 こんなマニアックな話は、興味のない人には引かれてしまうところだが、春近というツッコんでくれる彼氏を得て、杏子のテンションは絶好調なのだ。

 もう、中学の時の黒歴史を乗り越えたのだ。(たぶん)


 そんな話で盛り上がっていると、電車は京都駅へと入って行く。

 一部のマニアックな者達が歴史話で盛り上がる中、残り少ない学園での思い出作りに燃える乙女たちが燃え上がり、熾烈な戦いの幕が上がろうとしていた。

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