第205話 海と水着と独占欲

 水着に着替えてすぐ下のビーチに降りて行くと、青い空と太陽に照らされた海がキラキラと輝くのが見える。

 海の家から南国風な音楽が流れ、かき氷や焼きそばの店が並びリゾート感が強い。

 行き交う女性観光客も皆、少し大胆に水着姿で攻めているようだ。



「ど、どうしよう……くっそ、オタクには場違いな場所に来てしまった感が……」


 春近がそう呟くと、一緒にいた杏子と一二三と黒百合がウンウンと頷く。

 四人の少し青白いインドア派の肌が、完全にビーチには似合っていないように見える。

 特に春近と杏子はオタクを自称しているだけあり顕著だ。



「はるっち、おっ待たせ~」


 そんな茫然と佇む春近に、あいが後ろから声をかけた。

 褐色の肌に際どいビキニ、派手な髪とネイルも景色と溶け込み、サングラスをかけたスタイルが水着モデルのように似合っている。


「あいちゃん、似合い過ぎか! めっちゃ海に馴染んでるじゃん。今、ミスビーチコンテストやったら優勝間違いなしだよ」


「うふっ♡ ありがと~はるっち。ちょーうれし~ぃ♡」


 あいがクネクネとカラダを動かすと、色々な部分がプルプルと揺れ、春近の目が釘付けになってしまう。


 マズい――

 自分でエッチ禁止とか言っておきながら、皆の水着姿を見たらエッチな気分になってしまう。

 こんなんで二晩も持つのか……



「おいっ、アタシも居るんだけど……」


 咲が少しくちびるを尖らせて拗ねた表情をしている。


「さ、咲も可愛いよ」

「ホントか? さっきから胸の大きい子ばっか見てるし」

「本当だよ。そのビキニ、すっごく似合ってるよ」

「なら良いんだけどさ。まったくハルったら」


 拗ねた表情をしている咲だが、ちょっぴり嬉しそうな顔になった。

 ただ、春近としては大きな胸も良いのだが、控え目な胸のビキニも刺激的なのだ。


 ううっ、咲――

 胸は控え目なのに大胆なビキニのギャップが破壊力あり過ぎだぜ。

 これはこれでエロいというか何というか。

 いやいやいや、エロい目で見てばかりいたら失礼だろ。


 それに、胸のことばかり気にしているみたいだけど、男が皆大きい胸が好きってわけじゃないんだよな。

 控えめな胸が好きな男も、結構多い……いや、かなり多いんだ。

 よし、咲に小さな胸の良さを伝えたい。

 そうだ!


「咲……昔、オレのオタク仲間のTさんという男が居たのだがな……」

「いや、誰だよ。そのTさんって」

「そのTさんが、オレに控えめな胸の良さを教えてくれたんだ」

「はあ?」

「Tさんいわく、『小さな胸には夢が詰まっているんだ! イエス、ツルペタ! ドント、タッチ、パイ!』って」

「うるせぇよ!」


 逆効果だった――――


「とにかく、胸の大きさなんて関係ない! オレは咲が大好きなんだよっ!」


 もう貧乳学とかどうでもよくなった春近が、本音をストレートに伝えてしまう。


「えっ、ちょ、待て! 声がでけぇって!」

「あっ、つい心の叫びが……」

「正直かっ!」

「咲のことは大好きだよ。本音で」

「くぅぅ……この鈍感なようでいて、たまに心の声がボロボロ出るハルには勝てねぇ」

「そ、そういう訳で、もう機嫌直してよ」

「しょ、しょうがねぇなぁ♡ ハルってば、アタシのコト好き過ぎだろ。えへへ~っ♡」


 いつものようにチョロい感じになってしまうが、本当に嬉しそうな顔で笑っている。



「春近君って、普段は陰キャオタクっぽいのに、たまにエロゲの主人公みたいにヒロインを堕としにかかりますよね」


 杏子が後ろから小声でささやいた。


「そうかな? オレは意識してないんだけど……」

「そうですよ。もう堕としまくりであります。ヒロインをエロくする主人公です」

「うっ、エッチ禁止なのに……」



 その時、周囲のざわめきと共に、空気感のようなものが瞬時に変わる感覚を覚えた。

 ルリが現れたのである。

 ただでさえ魅惑的でフェロモンを撒き散らしてしまうルリが、セクシーなビキニ姿になってしまったのだある。

 もはや最強の女淫魔サキュバスが、この世に召喚されてしまったかのようにフェロモン全開だ。

 濃密で凄まじいフェロモンにより、周囲の男たちを催淫しまくり皆前屈みになっている。


「ハル、この水着どうかな?」

「あ、うん、良いと思うよ……」


 春近は、ルリを直視できず、横を向いたまま話している。


 うううっ、ルリ……すっごいエロい――

 似合ってて可愛いんだけど、魅惑的で煽情的過ぎて直視できないぜ。

 試着室で見た時も凄かったけど、外で見ると更に何倍も凄い。

 直視したら胸の谷間に吸い込まれそうになってしまう!

 更に柔らかそうでありながら張りもはる横乳がぁぁぁ!

 そこから連なるワキまでエロく感じる!

 丸くてプリっとしたお尻や、すらっと伸びる脚も凄すぎる!

 歩くと少し食い込んだパンツが更に攻撃力を上げているぞ!

 もう……ダメだ……


「ちょっと、ハルっ! 何で横向いてるの? ちゃんとこっち見て!」


 ぐいっ!

 ルリが春近の頭を掴んで無理やり前を向かせた。


「す、凄い……ルリ……最高だぜっ……」

「は、ハル? 何で前屈みなの?」

「これは……仕方がないことなんだ……宇宙の真理なんだよ……」

「何だか分からないけど、褒めてくれてるんだよね?」

「ほ、褒めてる褒めてる。ルリは最強だよ」

「何かよく分からないけど、褒めてくれてるのなら良いけどぉ」


 春近が自分の胸をチラ見したのに気付いたルリが、色っぽい目になって微笑んだ。


「ふふっ、ハルぅ♡」

「あ、ちょっと待て」

「ほらほらぁ♡」

「近いっ! 近いぞルリ」


 わざと谷間を見せに迫るルリに、春近もたじたじだ。




 海の家に入った一同は、二階の一角にシートを敷き場所を確保した。

 海といえばビーチパラソルのイメージだが、春近たちインドア組には屋根の有る場所が落ち着くのだ。


「ふうっ、やっぱり屋根の下は落ち着くぜ。さっきはルリの水着姿でマジに鼻血吹きそうになったからな。少し休憩しようっと。ゲームでもしようかな?」


「おいっ、何しに海に来てんだよ!」


 いつも通りの春近が、速攻で咲にツッコまれる。


「咲、ちょっと休憩しようよ」

「もう、しょうがねぇなぁ」


 そんな二人に、何故か上着を着せられたルリが話しかけた。


「ハル、何で私だけ上着を着せられてるの?」


 ルリの水着姿がエロ過ぎて心配になった春近が、自分の上着をルリに着せてしまったのだ。


「だって、他の男がルリをジロジロ見るから……」

「ふ、ふぅ~ん、ハルってばぁ、けっこう独占欲強いんだねぇ♡ 私の水着姿を独り占めしたいんだぁ?」

「そ、それは……ああ、もうっ! そうだよ。ルリのカラダをジロジロ見られるのが嫌なんだよ」

「ふふっ、ハルってば♡」


 ギュッ!


「お外でハレンチな行為は禁止です」


 ルリが春近の上に乗ろうとしたところを、アリスに止められる。


「もう、ちょっとくらい良いじゃん。アリスちゃんのケチぃ」

「ダメです。公序良俗を守るです」

「ちょっとぉ」


 ルリがアリスに連れられて行く。

 ハレンチ違反で強制的に海まで運ばれてしまう。


「ハルぅ~」


「ハル、じゃあ、先に行ってるからな」

「うん、すぐ行くよ、咲」


 咲もルリたちと一緒に浮き輪やシャチの浮袋を持って海に走って行った。



「さて、オレは少し休憩でも……」


 やっと休憩と思った矢先に、和沙が飛び込んできた。


「おい、ハルちゃん! 下で天音と遥がナンパ男に捕まってるぞ!」

「ええっ、ちょっと行ってくるよ。休憩する暇がねぇ」


 二階から見ると、ヤンチャそうな茶髪の男たちに天音と遥が捕まっているのが見えた。


「くそっ、あの男どもめ! やっぱり天音さんの優しそうな見た目と色々許してくれそうな雰囲気が、ナンパ男ホイホイになっている気がするぞ」


 春近は急いで階段を下り二人の許に急いだ。




「良いじゃんよぉ、遊びに行こうぜ」

「そうそう、絶対楽しいぜ」


「ごめんね、彼氏と一緒だから」


 タトゥーが入った怖そうな男たちに話しかけられ、やんわりと天音が断っている。彼女の後ろにいる遥は恐怖で固まっているようだ。


「チョットだけだって。ほら、カレシに内緒でよぉ」

「それそれ、カレシよりぜってー気持ち良いって」

「それな。俺らテク凄いからよ」

「良い思い出になるって」


 尚もしつこくナンパし続ける男たちの後ろから、凄まじい威圧感を放出する少女が接近していた。


「あんたたち! なに私の連れをナンパしてんのよ!」


 太陽の光に煌く豪奢ごうしゃな金髪をなびかせ、やたらと威圧感の強い少女が声を上げた。


「あぁん!? なんだよ! えっ…………」

「ああっ、あれっ…………」


 振り向いたナンパ男たちが一瞬で固まる。



「天音さん、遥、大丈夫?」


 そこに春近が階段を下りて二人の所に到着した。

 ただ、ナンパ男は既に戦意喪失しているのだが。


「ナンパなら他所でやりなさい!」


「はい、すみませんでした」

「ごめんなさい」


 渚の威圧感で完全に平伏してしまったナンパ男が、跪いて謝罪しているところだった。

 まさかの年下女子に土下座である。

 そのままナンパ男はペコペコしながら帰っていった。



「あれ? オレ来た意味なくね?」


 春近は立ち尽くす。


「ああーっ、ハル君ありがとうっ♡ さすがハル君。凄いねっ」

「えっ、そうかな」

「やっぱりハル君は頼りになるね♡」

「そ、それほどでも。ははっ」


 何故か春近が、天音に抱きつかれて満更でもない感じになってしまう。

 天音マジックである。


「ちょっと! 今のあたしでしょ! 春近もデレデレするな」


 納得がいかない渚がツッコんだ。


「もうっ、渚ちゃんもありがとっ!」

「ちょっと、くっつくな! 暑苦しい」


 続いて天音が渚にも抱きついてイチャイチャする。


「天音も渚も凄いというか何というか……。この二人には勝てない気がする」


 強烈なキャラクターの二人に、もう何かよく分からない羨望の眼差しを向けてしまう遥だった。



「ふうっ、何とかなったけど……これ、海も宿も無事に過ごせるのだろうか」


 魅力的な女子を十三人も連れていて、落ち着く暇も無い春近だ。

 そして、春近の妄想していたような水着イベントでイチャコラな展開は訪れるのだろうか――――

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