第197話 緊急対策会議

 陰陽庁本部庁舎に戻った晴雪たちは、緊急対策会議に入った。


 去年から、都心を襲ったクーデター、殺生石事件と玉藻前の復活、そして今回の鬼神王誕生と、次から次へと大災厄レベルの大事件が連続し、庁内もさすがにもう勘弁してくれと溜め息一色だ。

 しかも、今回は世界を滅ぼす力を持つ鬼神王の誕生とあって、既に職員の中には諦めの雰囲気が漂っている。


 そもそも、クーデターの時も玉藻前の時も、ルリたちに任せっきりで陰陽庁としては何の対応も出来ていなかったのである。

 陰陽道も廃れてしまった現代で呪術を扱える職員もろくに居らず、星読みや呪力の観測と呪物の監視などを主に行ってきだけなのだ。


 ちょうど千年目の廻り合わせにより鬼の王が次々と転生してからも、監視や陰陽学園に集めて管理するだけで、いたずらに刺激するだけで何も解決していないのだから。

 前長官時代に四天王を動かし、手も足も出ず全滅してしまったのは記憶に新しいだろう。

 そんな訳で、陰陽庁の会議室には張り詰めた空気が漂っていた。



「土御門長官、彼はあなたのお孫さんでしょう! 何とかならんのですか!」


 大津審議官が大声でまくし立てる。

 春近の作り話を信じ切ってしまい、完全に余裕を無くしていた。


「春近は大人しく優しい男じゃから、此方こちらから何かせん限りは攻撃してくるような事はあり得ん。そもそもあの話が本当かどうかも分からぬから……」


「現に見たでしょう! あのハッキリと視認できる程の恐ろしい呪力を!」


「しかしのう……」



 そこに吉備真希子調査室長が口を挟む。


「本日午前三時三十八分に観測された超巨大な呪力は、史上最大規模の大災厄レベルというデータが出ております。あの玉藻前が復活した時のものより大きいと推定されていますね」


「「「な……っ」」」


 会議室に居るメンバー全員が絶句した後、一斉にどよめきが起こった。


「な、何だと!」

「あの、玉藻前以上……」

「もう終わりだ! そもそも我々には鬼の呪力に対抗できる力が無い!」


 そもそも、深夜に観測された超極大呪力は春近のものではなく、聖遺物によって極限まで高められたアリスの呪力にルリたち全員の呪力を上乗せされたもので、おそらく歴史上類を見ない程の強く大規模な呪力だろう。

 アレを春近一人の呪力だと誤解した陰陽庁にとっては、春近の発現にお墨付きを与えるような結果になってしまっていた。


「静かにせぬか! 今はいたずらに騒がず、静かに推移を見守ってじゃな……」

「これが騒がずにいられますか!」


 大津が晴雪に食って掛かる。


「妖魔の支配する世界になってしまうのかもしれないのですぞ! どうするおつもりですか!」


「どうしようもないじゃろ! 現に陰陽庁だけでなく自衛隊の力をもってしても対抗不可能な程に戦力差が大きいのじゃ。そもそも、大津審議官よ。ワシが前から言っておったじゃろ。此方から余計なちょっかいを掛けて彼女らの反感を買うようなことをするなと……。それを態々わざわざ出向いて行って喧嘩を吹っ掛け、我々に対する反感を強めることばかりしおってからに」


「私のせいだと仰りたいのですか! 私は公の正義の為にですな!」


「その行き過ぎた正義感が、余計な軋轢あつれきを生んでおるのじゃろ!」


 晴雪と大津が熱くなったところに真希子が割って入る。


「まあまあ、お二人とも、そんなに熱くならず」


 吉備真希子としては、お気に入りの春近には親近感があるようだ。


「ここは、彼と数日間一緒に行動して、彼の人となりを知っている三善捜査官たちの意見も聞いてみましょう」


 会議には、殺生石の件で行動を共にした三善と、緑ヶ島視察で同行した賀茂が参加させられていた。

 白熱する議論の中で、まだ一言も発言していない。



「三善君」


 真希子が三善に顔を向ける。


「はい、私が彼と数日間一緒に行動した限りでは、彼はごく普通の少年で周囲の彼女たちから攻められまくり、精も根も尽き果てるくらいに毎日搾り取られているように感じました。特に、酒吞瑠璃という女性ですが……彼女の巨乳が素晴らしく、まるで重力に逆らうように前に突き出て、柔らかそうでいて張りと艶としなやかさを併せ持ち、動く度に揺れる。それは極上の美巨乳だと言っても過言ではないでしょう」


「おい! オマエは何を言っておるんだ!」


 三善の話が脱線しルリの巨乳談義になると、透かさず大津のツッコミが入る。

 実のところ三善は、ルリと初めて会った時から魅惑的に揺れる巨乳に目が釘付けだったのだ。


「いや、ですから……私が言いたいのは、あんな魅力的な女性に囲まれていれば、わざわざ世界を滅亡とか余計なことは考えずに、彼女たちとエッチしながら静かに暮らしているのではないかと思いまして」


「なるほど……そういう意見もありますね。では、次に賀茂君」


 次に、真希子が賀茂に意見を求めた。


「はい。私が思う彼の印象は愛の天使キューピットですね」


「「「は?」」」


 賀茂明美の、意味不明な例え話で、会議室の空気が一気に変わる。


「まさに黄金の愛の矢を彼方此方に刺しまくって、周囲の人々に恋愛成就の御利益をもたらす愛の神です。鬼神王なんてとんでもない。可愛らしい愛の神です。私も最初はエッチなプレイを見せつけてばかりいるクソガキだと思っていたのですが、あれは人々に愛の奇跡を降り注ぐ神の儀式だったのです。それに、よく見ると可愛らしい顔をしていて、何だかイタズラしたくなってしまうような感じで」


「それ、分かるわあ。彼って、それほどイケメンってわけでもないのに、何故か母性本能をくすぐられるというか気になっちゃうのよね」


 賀茂の話に真希子が即座に賛同してしまう。

 もしかしたら……別の世界線では、春近は『おねショタ展開』になっていた可能性も有ったのかもしれない。



「ダメだダメだ! 全く参考にならん! 一体何なんだ! どいつもこいつも鬼神王を持ち上げおってからに」


 大津が頭を抱える。



 この、全く埒が明かない議論に、晴雪が皆を説得するように語りだした。


「春近は、ワシの言うことなら聞くはずじゃ。この件は事を荒立てぬようにして、ワシに任せてはくれぬか」


 特に結論も出せぬまま、晴雪に一任することで会議は終了となった。


 ――――――――




 そして、学園の男子寮前――――


「旦那様! 何か隠していますよね?」

「栞子さん……そ、それは……」


 春近は栞子に問い詰められていた。

 栞子としては、肝心な時に寝ていて状況が分からず、後から鬼神王誕生と陰陽庁から緊急事態を告げられ混乱状態である。


「鬼神王とは、旦那様に関連があるのですよね?」

「ううっ、それは……」


 どうしよう――

 栞子さんには説明しておいた方が良いよな。


 春近は、栞子を連れて寮の玄関から離れ、人気ひとけの無い暗がりに連れ込んだ。

 傍から見たら如何わしいコトをしようとしているようで誤解されそうな光景だ。


「だ、旦那様……どうしたのですか? も、もしかして……野外プレイ」

「それは無いから」


 目を輝かせる栞子に、すぐ春近が否定した。


「栞子さん、落ち着いて聞いてくれ」

「はい」

「実は……何か色々あって……オレは、鬼になったんだ」

「へっ?」

「だから、鬼神王というのはオレのことなんだ」

「………………」


 栞子が固まってしまった。

 強い衝撃を受けて、動けないのだろうか。



「つまり……旦那様は鬼……わたくしは鬼を倒す使命を持つ、頼光ライコウの名を継ぐ源氏の棟梁……」

「栞子さん……頼む、落ち着いてくれ」


 栞子の瞳がキラッと光った。


「ということは……まるで、モンタギュー家とキャピュレット家の確執により許されざる恋に落ちたロミオとジュリエットのように……わたくしと旦那様は、まさに禁断の恋ですわね!」


「いや、それはどうなんだ? というか、栞子さんって、意外と逞しいというか強いというか……」


 陰陽庁の幹部連中の狼狽さ加減と比べて、栞子の落ち着いた雰囲気が逞しく感じてしまう。

 春近も、予想外の反応に驚いていた。


「栞子さん、オレが怖くないの?」

「だって、鬼になろうとも中身は土御門春近さんなのでしょう? わたくしの旦那様に変わりはありませんわ」

「あ……ありがとう」


 ギュッ!


 春近は栞子を抱きしめた。

 自分が鬼になっても変わらず接してくれる栞子が嬉しかったのだ。


「旦那様……やはり野外プレイ……」

「それは無い……」


 栞子にとっても四天王にとっても、幼い頃から鬼は人間に仇をなす敵だと教わってきた。しかし、この学園に入り実際にルリたちと触れ合ってから、自分と何も変わらない嬉しい時には笑い悲しい時には泣く同じ存在だと思うようになっていたのだ。

 春近は、そんな当たり前に接してくれる人がいることが嬉しかった。

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