第186話 力の根源

 深く暗い深海のような場所に落ちて行く。

 そこは一度見た事がある場所だった。

 まるで、生命の根源に到達したかのような、種の起源にまで遡ったような――――



 ふと、闇の中から声が聞こえた。


『遂に十二の鬼の根源を得てしまったのか……』


 聞いたことのある声だった。

 そう、前に一度だけ聞いたはずの。

 それは夢の中だったのか、自分の細胞の中にまで入り込んだ力の根源からなのか、それともただの幻聴だったのか……?

 春近は、闇の中でその声を聞いていた。


『史上初めて十二の鬼神の根源を手に入れた者が誕生するとは。もはや人類を超越した神の領域に到達したのやもしれぬ。しかし……その力は人の身には大きすぎる。世界を改変するような強大な力に対して人の存在は小さすぎる。必ず破滅が訪れるだろう……』


 何やら一方的に語り続ける声に、春近が反応する。


「何だこいつ――」


 この声……どこかで……。そうだ、思い出した!

 前に聞いたことがあるぞ。

 なんかオレがルリたちと契るのにイチャモン付けてきたヤツだな。


『我は力の根源、鬼の遺伝子の中に刻まれた、太古の昔より受け継がれる人ならざる者の記憶……』


「何だかよく分からないけど、オレは皆と恋人になったことを少しも後悔してないぜ! 元々オレは、何の取り柄もない弱い男だったんだ。でも、こんなオレを好きだと言ってくれた子たちなんだ。オレは……好きな子を絶対に守って見せるぜ!」


 アニメや漫画の主人公のように、無敵の力で敵を倒すなんてできなかった――

 それでもオレは……皆を守る!


「憧れたヒーローのようにカッコよくはできないかもしれないけど、オレは絶対に守ると決めたんだ! オレたちは一緒に幸せになるんだっ!」


『やはり、とんでもない愚か者なのかもしれぬな……。自分が人を超越した力を手にしているのを気付いておらぬのか? しかし……もし、その絆が本物だったのなら……あるいは奇跡が起こるのやもしれぬ………………』


 ――――――――

 ――――――

 ――――




 ――――朝


「夢……を見ていたのか……?」


 ベッドから起き上がった春近が首を振る。


「思い出した……前にも同じ夢を見たような……。いや、夢じゃないのか? 力の根源とか言ってたよな……。まさか……でも、今まで気付かないフリをしてきたけど、色々と心当たりはある……」



 立ち上がった春近が背伸びして体を伸ばす。


「んんっーっ! ちょっと……試してみよう」


 春近は机の上のペンを取ると、それを部屋の向こう側へ投げた。

 空中を飛んで床へと落下して行くペンを目で追いながら、それをキャッチするように脳が指令を出す。


 人間の動きには、脳で考えて指令を出してから、筋肉に信号を出し実際に体が動くまでのタイムラグが有るのだ。

 自動車のブレーキで例えると空走距離というものと同じかもしれない。

 脳が危険を察知してから、アクセルからブレーキへと踏みかえるまにでにはタイムラグが生じる。

 そんな瞬時に反応して動くことは、人間には不可能なのだ。


 ダンッ、シュタッ! パシッ!


 放物線を描いて落ちて行くペンを、視線と意識が追うそのままに体が反応し、まるで空間を転移するような驚異のスピードでキャッチした。


「えっ………………」


 春近はペンを見つめたまま考える。


「やっぱり、凄い反射神経と体力になっている……。これは……ルリたちの力の一部がオレに移ったのだろうか……それとも……?」


 ペンを机に戻して更に考える。


「ま、前にも同じように凄いスピードで動けたことがあったけど、あれは偶然でも鍛えられたからでもなかったんだ……。いや、むしろ強くなれたのなら良いことなのでは? オレは、ずっと強い男になりたかったんだから」


 春近の目に力が入る。


「そうだ、世界を救うようなヒーローは大袈裟だけど、好きな人を守れるくらいの主人公に。力の根源だか何だか知らないけど、望んでいた力がやっと手に入ったんだ。この力は……これから大好きな彼女たちを守る為に……世間の荒波とか理不尽から守るために……その為に手に入れたものかもしれない……」


 夢の中の声を思い出す――――

 人類を超越……破滅が訪れる……?


「いや、まてまて、そんなワケない……皆を心配させちゃうかもしれないから、このことは黙っていた方が良いよな……」


 春近は、取り敢えず忘れることにした。


 ――――――――






 春近が教室に入ると、栞子が駆けよってきた。


「おはようございます。旦那様」

「おはよう、栞子さん」


 そのままニコニコ微笑んで次の言葉を待っているかのようだ。

 春近が不思議そうな顔をしていると、更に一歩前に出て接近してくる。


「あの……旦那様、何かお忘れではありませんか?」

「えっと、何のことだろう?」


 ガシッ!

 栞子は更に一歩前に出て吐息が当たりそうな距離になると、両手で春近の肩を掴んで逃がさないようする。


「旦那様……皆さんが目眩めくるめくような愛と欲望の夜を、激しく貪り合うように重ねているというのに……何故、わたくしには何もしてこないのですか?」

「ギクッ」

「今、ギクッっておっしゃいましたよね?」

「マズい、誤魔化そうとしていたのにバレてしまった」

「旦那様、心の声がダダ漏れですわよ」


 しまった――

 何とか誤魔化そうとしてきたけど、もう誤魔化しきれない……


「あのですね、栞子さんはお嬢様ですよね。しかも一人娘で跡取り。栞子さんと結婚となると、オレが婿に入る形になると思うんですよ。オレには他に彼女が多いし、簡単に決められるようなことじゃないんですよ」


「それなら、わたくしが家を捨てます!」


「いやいやいや、そんなことしたら御爺さんとか四天王の先輩が悲しむでしょ。源氏再興じゃなかったんですか?」


「わたくしも、最初は棟梁としての重圧から逃れたいとか後継ぎのことを考えていましたわ。しかし……今は、時に優しく時に厳しくわたくしをフォローしてくれたり、夜は激しく執拗に変態鬼畜攻めで恍惚の極致へ飛ばされて、もう旦那様無しの生活など考えられません!」


「あ、あの、栞子さん、ちょっと声を抑えて……」


 変態的な言葉が飛び出して、周囲のクラスメイトがチラチラをコチラを気にし出す。


「ちょっと待って下さい。まだ色々と問題があるので」

「そうですね、たまにお仕置きをしてくれるのでしたら、待ってあげてもよろしいですわ」

「分かりました……それでお願いします……」


 何とかお仕置きで手を打ったが、楽園計画で島に行く前に解決させねばならないことが多すぎた。




「ハル、おはよう」


 ルリが教室に入って来ると、一瞬で空気感が変わった。

 その美しさや妖艶さに見惚れる者、意識せざるを得ず見つめてしまう者、何故か前屈みになってしまう者、誰もが注目する強い存在感がそこにあった。

 初体験を経てルリの美しさが更に増したように見える。


 長いまつ毛に大きく煌く瑠璃色の瞳、赤みがかった髪が肩にかかる度に紅玉ルビーの雨が流れるように輝き、夏服に透ける大きな胸の膨らみを包む下着のラインや短いスカートから伸びる白く艶めかしい脚は、見るもの全てを魅了して虜にしてしまうかのようだ。

 前は無邪気だった表情も少しだけ大人びた雰囲気が加わり、更に妖艶さが増し凄まじい色気を放出している。


「お、おはよう」

「ハルぅ♡」


 むぎゅ~っ!


 ルリは、ハルと会うなり密着してスリスリする。

 まるで日課のように。

 少しでも離れているのが嫌だと主張するが如く。


 春近は再び思った。


 そうだ、オレがこの子たちを守るんだ。

 絶対に――――






 ――――――――――――――――


 第七章になります。

 遂に春近が十二の鬼神の根源を手に入れ、強い力と引き換えに運命に翻弄されることに!

 でも、最後には必ず幸せになるはず。


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