第177話 心の鎧は脱ぎ捨てて

 春近が校舎を出たところに黄色のバイクが止まり、ヘルメットのバイザーをシャキッと上げて個性的な少女が微笑む。

 あまり一般人には知られていないが、この少女こそ伝説のブラックリリーその人である。反社会的組織を一人で壊滅させバイクで音速を超えたという伝説の乙女だ。



「ヘイッ、そこの春近、良いとこ行かない?」


 黒百合がヘンテコなキメポーズで春近を放課後デートに誘う。

 実はこの黒百合、全国の悪ガキの憧れの的である伝説の少女なのだが、無論そんな噂は知らない春近の中ではちょっとエッチで変わった仲の良い女子だ。


黒百合ブラックリリー

「ほら、四の五の言わず放課後デートに付き合え」

「まだ何も言ってないよ。そういえば、黒百合ブラックリリーには、まだちゃんとお礼してなかったよね」


 春近は陰陽庁の大津審議官からルリを取り返しに行った時のことを思い出す。


「そうだね、お礼代わりと言ってはなんだけど」

「今日、最後まで付き合ったらチャラにしてあげる」

「最後までというのが、ちょっと怖い気もするけど……まあ、行こうか」


 黒百合からヘルメットを受け取り後ろに乗ると、黄龍王イエロードラゴンロードが低い唸り声のようなエンジン音を響かせて走り出す。

 相変わらず春近が必要以上に黒百合にしがみ付き、胸やらお腹やら色々な所を触りまくってしまうのだが。


 ブロロロォォォォォウォォォォォン!


「春近、さわり過ぎ」

「だって、急に加速するから。ちゃんと掴まってないと危ないだろ」

「安心しろ。私の神通力で姿勢制御は完璧! もしもの時も空気を操って緊急回避も可能! ふんす」

「何だかよく分からないけど、凄いハイテク技術みたいだ。そのうち人型ロボットも操縦しそうだぞ」

「どやっ!」


 二人は心地良い風を受けながら、日常を非日常に塗り替えるように走り続ける。

 それは、まるで漫画の中の登場人物になったように、少しのスリルとドキドキと甘酸っぱい恋心のようなものを織り交ぜながら、二人だけの世界を物語を紡ぐように。

 やがてマシンは、いつかきた展望台へと入って行った。



「この展望台は見晴らしが良くて気持ち良いね」

「……うん」


 展望台のベンチに座る二人を歓迎するかのように、暮れなずむ夕日が街をオレンジ色に染め美しい情景を浮かべていた。

 黒百合は春近の膝の上に乗り、向かい合う形で抱き着いている。

 いつものようにイタズラをするわけでもなく、ただ黙って春近の胸に顔を埋めているだけだ。


黒百合ブラックリリー

黒百合くろゆり。今日だけは黒百合くろゆりと呼んで欲しい……ブラックリリーは世を忍ぶ仮の姿」

黒百合くろゆり……」


 黒百合は、普段かぶっている鎧のような物を脱ぎ捨て、今はただ一人の小さな少女へと戻っていた。

 その鎧とは、かつて友達のいない寂しさや親に捨てられた悲しさから自分を守る為の物だったのかもしれない。

 そして自分が……誰にも何者にも負けないヒーローに、伝説の乙女になる為の儀式だったのだろう。

 今は、ただ一人の少女として、春近の胸に抱かれている――――


 春近……

 天音や和沙とエッチしたんだよね……

 自分から勧めておいてなんだけど、ちょっとジェラシー……

 でも、今日だけは……春近を独り占めしたい……


 黒百合の両手に少し力が入ったのを感じた春近は、ギュッと黒百合を強く抱きしめる。


「ぐぬぬ~っ! 春近ズルい、そうやって女子の弱みに付け入って堕として行く。和沙がいつも文句言ってるのも理解できる」

「ええーっ、そんなつもりじゃないよ」

「くくっ、春近……天性のタラシか……恐ろしい男ッ!」

「いや、そんなネタみたいにしなくても」




 展望台の駐車場を出た二人を乗せたバイクは、やがて麓の白いホテルへと入って行く。

 日が沈み少し薄暗くなった世界が、二人を覆い隠すように誰にも知られずに。


 無言のまま部屋に入ると、春近は黒百合の足が震えているのを見てしまう。


 黒百合……

 やっぱり緊張しているのかな。

 凄い力を持っていても、本当は普通の女の子なんだよな。

 ここは、オレが経験者としてリードしないと。


「黒百合、大丈夫。オレに任せて」

「…………生意気」

「へっ?」

「春近のくせに生意気。ちょっと天音や和沙とエッチしたからって、経験豊富っぽく余裕かまして」

「えええーっ、そんなつもりじゃなかったのに」


 黒百合の気分を損ねてしまったのかと、春近がアタフタし出す。

 春近の余裕は数秒しか持たなかった。そう、体験しても春近は春近である。


「ぷっ、ふふっ、あははははっ! やっぱり春近は面白い。無理して余裕かましてからの、そのどぎまぎとした慌てぶり。春近はそうでなくっちゃ」

「だっ……騙された……本当に怒っちゃったのかと心配したよ」

「ふふっ、おかげで緊張が解けた。感謝している」


 黒百合はツインテールの髪を解く。

 ピンクの髪が下り、サラサラと肩に流れた。


「シャワー浴びてくる」

「うん」

「一緒に……シャワー……する?」

「えっ……」


 いつもと違う髪を下し少しだけ色っぽい感じを出し、上目遣いになった顔で魅惑的な誘いをしている。

 それはまさに無敵のように可愛く見えて、鋼の意思を持っていたとしても拒否出来ないような仕草だった。


 うっ……メッチャ可愛い……

 何だあの可愛い生き物……

 いや、待て! これは罠だ!

 あれは黒百合だ!

 温泉での策略を思い出せ!

 ぐわあっ、罠だと分かっていても拒否できない!

 体が勝手にぃぃぃっ!


 春近の意思とは無関係に、体が勝手に動いて黒百合へと向かって行く。

 その可愛さの虜になってしまったかのように、黒百合に手を引かれ浴室へと連れ込まれる。

 まさに可愛いは無敵である。

 

 

 その結果――――


「ぐわああーっ! もう許してぇぇぇーっ!」

「ぐへへ~っ、ここがええのか、ええのんか!」


 はやり、こうなった。


 二人はボディソープで泡泡になって絡まり合い、上に乗った黒百合が春近のイケナイ場所をフミフミしたりニギニギしていた。

 それは絶妙で、上り詰めようとすると手を緩め、少し収まると再び激しさを増すという、緩急を付けた恐るべきジラしテクニックなのだ。

 色々な個所を同時に攻撃したりと、とてもあらがいようのないエチエチテクで完全に屈服させられてしまう。


「うっ、もう……限界……」

「はあっ、はあっ……春近……最高♡ ちゅっ、ちゅぱっ……私も限界かも……」


 黒百合は春近の上に乗り、攻めを続けながらキスをしたり顔を舐めたりと、蕩けた顔でやりたい放題だ。

 本当に愛おしそうな顔をして、春近の顔を至近距離から覗き込んでペロペロしている。

 もう、お互いに限界が近そうだ。


「ここじゃマズいって……」

「問題無い、ちゃんと用意してある。シュタッ!」


 黒百合が何処からともなくアレを取り出す。

 いつの間に用意していたのか不思議なくらいだ。


「なんて抜かりが無い女……」

「ふっふっふ、私は完璧なのだ。今日は容赦しないから」


 ――――――――

 ――――――

 ――――




 行為が終わり、今はベッドに移動して裸のまま抱き合っている。

 結局、黒百合は容赦しないとか言っておきながら、繋がった時に少し痛がって急によわよわになってしまい、春近の胸の中で慰めてもらっているのだった。


「くっ、屈辱……」

「ま、まあ、そういうこともあるさ」

「春近……ムカつく」

「そんなに強がらなくても良いんだよ。オレの前では弱い所も見せてよ」


 黒百合はハッとなる。


 そうだ、この男の前では鎧で武装する必要は無かった。

 弱い自分も……寂しがり屋な自分も……全て見せても良かったんだ……

 ずっと気を張って生きて来た私が、初めて気を許せる男なのだから……


「春近、ぎゅぎゅ~っ♡」

「あっ、急に甘えてきた」

「う、うるさい」

「そういえば……あの変なテクニックは何処で覚えたの?」

「何? 急に独占欲? 『だ、誰に教わったんだ~っ!』とか思ってる?」

「そんなんじゃないけど」

「安心して、天音に色々教わってる」

「天音さん……なんでエッチの師匠やってるの……」

「春近、もう諦めろ。天音の超絶テクが広まってしまったら、それはもう恐ろしいことに……」

「ひぎっ!」


 春近は恐ろしい話を聞き身がキュッとなったが、胸の中の可愛い少女を見ると『まあ良いか』と思った。



 暫しの間、二人は安らかな気持ちで抱き合い、黒百合は一人のか弱い少女に戻っていた――――

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