第176話 発現~昔憧れた主人公~
小さな頃からアニメや漫画の主人公みたいに、強くてカッコいい男になりたかった。
どんな強敵が現れても、最強の力で無双してヒロインを守る主人公。
しかし、やがて春近は
実際の自分は……弱くて、カッコよくなくて、主人公じゃなくモブだった。
もし、強くてカッコいい主人公になれたのなら――――
春近は寝不足の目を擦り、ベッドから立ち上がった。
深夜までずっと和沙が満足するまで甘やかして、なでなでしたりギュッとしたりキスをしていたので、自室に戻って寝たのは三時間程だ。
「それにしても……和沙ちゃんって、あんなに甘えん坊だったのか……」
『もっとなでなでして欲しいのっ――――』
昨夜の和沙のセリフが記憶の中で甦る。
ボーイッシュなショートカットに少し日に焼けた顔、見た目は体育会系でサバサバした感じに見える和沙だ。
その和沙が、甘えた声で『なでなでしてぇ♡』とかおねだりしてくるギャップは凄まじいものがある。
「ぷはっ! いや、笑っちゃ悪いんだけど、ギャップが凄すぎて思い出しただけで顔が緩んでしまう。あれは可愛すぎだろ。あんな反応見せられたら、天音さんが和沙ちゃんをからかいたくなる気持ちも分かってしまうぞ」
春近がニマニマと笑いながら立ち上がり、水を飲もうとキッチンのコップに手を伸ばす。
偶然、コップに触れようとした手が滑って、並べてあるマグカップが転がって床に向かって落ちて行く。
絶対に間に合わないタイミングで落下し、視線と意識だけがマグカップを追ったはずが、まるで空間を飛び越えるように春近の体が動いた。床に落ちる寸前で取っ手に指を引っ掛けてマグカップをキャッチしたのだ。
ズサァーッ! タンッ!
「あ、危なかった~」
大事なマグカップを両手で包み込み、春近はホッと息をはいた。
「ルリに貰ったマグカップが無事で良かったぁぁあ。好きな子から貰った初めてのプレゼントだからな。割れちゃったらショックで寝込みそうだよ」
そう口にしてから、水道で水を飲みマグカップを元の位置に戻した。
「それにしても……今、凄い動きをしたような? 体が鍛えられた成果なのかな……? もしかして激しいエッチで鍛えられたとか? こ、これは絶対人には言えないな……」
――――――――
春近が校舎に入ったところで、和沙がダッシュで迫って来た。
やたら慌てているように見える。
「おい、ハルちゃん……誰にも言ってないよな?」
「そんなに心配しなくても、誰にも言わないから安心してよ。ふふっ……でも、昨日の和沙ちゃんは可愛かったな」
「笑うな! そっ、それと……もう一つ確認しておきたいのだが……何も見なかったよな?」
「えっ? 何が?」
「いやっ、見てないのから良いんだ」
「あっ!」
「やっぱり見たのかっ!」
もしかして……あの卵型の電池で動きそうな物体のことだろうか?
「あ、あれはだな……違うんだ、寂しくて……そう、ハルちゃんが相手にしてくれなくて、その寂しさを紛らわせる為にだな……つい、魔が差したというか……ネット通販で……」
「えっと……そうでしたか……」
和沙ちゃん――
何でこの子は勝手に自爆しちゃうんだぁぁぁ!
黙っていれば、すっかり忘れて記憶の彼方に消え去っていたのに。
いつも自分から全部暴露してしまうんだよな。
普段はしっかり者に見えるのに、恋愛関係になると不器用で嘘がつけない性格の女の子に、春近は愛おしさが込み上げてくる。
なでなでなでなで――――
取り敢えず目の前の和沙の頭を、なでなで愛でてみた。
「ぐっはっっ~っ♡ き……キミは、なんて男なんだ……こんな公衆の面前で……ダメだっ! はぁあっ、体中が喜んじゃってるぅ~っ♡ ふっふぐっ……もう、陥落して這いつくばって恥ずかしいおねだりをしてしまいそうだ……。我慢できないぃぃぃ~っ!」
「いやいやいや、そんな急に! 周りに人が多いから我慢してください!」
「くっ、やっぱりハルちゃんは凄いな……こ、こんなにも私をキミの虜にさせてしまうとは♡ ふっ、もう私は愛の奴隷のようだ。キミの命令なら、どんな恥ずかしい鬼畜な命令でも服従してしまいそうだ。ああっ♡ 私のカラダが……愛に飢え乾いた私の砂漠に、恵のハルちゃん成分が染みわたってゆくように、き、キミを求めてしまう。ああ、狂おしくてたまらない!」
「ちょっと、声! 声抑えて! もう、よくそんな次から次へと官能的な表現が出てきますね」
朝っぱらから和沙が盛り上がってしまい、これ以上自爆させないようになだめるのが大変だ。
「ハぁ~ル君っ!」
「「うわぁぁ!」」
突然……いや、いつものように天音が後ろから現れた。
今日も元気で良い笑顔をしている。
思い切り抱きついてきて、ギュウギュウと胸を押し付け、体全体で愛情表現をしているかのようだ。
「ハル君、ハル君、ハル君、おはよ~っ! うううっ~ハル君成分補充っ!」
「お、おはようございます。天音さんって結構神出鬼没ですよね」
「もうっ、ハル君のいる所にならドコでも出没しちゃうよっ!」
まるで我が世の春を
和沙の複雑そうな表情や雰囲気を一瞬で見抜き、春近との関係性が変わったのだと確信する。
「和沙ちゃん……しちゃったんだ。良かったね」
「天音、良いのか? 私とハルちゃんが……その、エッチしちゃっても……」
「え~っ、良いに決まってるじゃない。和沙ちゃんは大事な友達なんだし」
「天音……」
見つめ合う二人の彼女に、春近は色々と考えてしまう。
和沙ちゃんと天音さん、二人の間には友情を超えた、苦楽を共にしてきた仲間意識があるのかな――
というか、天音さんって本当に彼氏の浮気を許しちゃいそうな感じだよな。やっぱり心配だ。
そんな春近の心配を他所に、天音はとんでもない話をし始めた。
「それに、私はハル君が望むことなら何でもしちゃうから。和沙ちゃんと3Pしたいって言うのなら、私は喜んでしちゃうよ」
「天音さん! 前から言ってるけど、もっと自分を大切にして下さい。あまり自分を安売りしたりしちゃダメですよ!」
天音はキョトンとした後、パァっと笑顔になった――――
「ハル君っ! いつもありがとっ、私のことを心配してくれて、大切に思っていてくれて。でも大丈夫だよっ、私が何でもするのはハル君にだけだから。そんな優しいハル君が大好きなのっ!」
目を輝かせた天音が春近を見つめる。
「もう、本当に分かってるんですか?」
「ハルく~ん、好き好き大好き~っ♡」
廊下でラブラブで熱々な感じになってしまい、通る生徒全員の視線を集めてしまっている。
「あっ、おにい……」
「夏海……」
最近は妹と遭遇していなかった春近だが、またイチャイチャしている所を見られてしまった。
夏海はジト目で兄を見つめる。
「あの、夏海……」
「おはようございます」
完全に兄を無視した夏海が、先輩女子二人に向かって挨拶をした。
和沙が少し緊張した顔で答える。
「おはよう」
「おはようございます。鞍馬先輩」
夏海の和沙に対する印象は依然良いようである。
ただ和沙がボロを出していないだけだが。
もう一人の彼女、天音の方は恐る恐る話し始めた。
「あ、あのね、夏海ちゃん。私、セフレから彼女に昇格したの。よろしくね」
「は、はあ……おめでとうございます」
和沙と時と違って、ビミョウな顔をして夏海が応答する。
顔に出やすい性格のようだ。
最初にセフレなどと言ってしまった印象を覆すのは難しいのかもしれない。
夏海の反応で不安になった天音が、春近の耳元で囁いた。
「ハル君、やっぱり私って妹さんに歓迎されてないみたい(ぼそっ)」
「あいつは、いつもあんな感じだから気にしないでいいですよ(ぼそっ)」
そのまま兄を無視して、夏海は自分のクラスへと向かった。
ただ、心の中では兄に対する想いが噴出しまくっている。
もうっ!
何なの、あの確か大山先輩だったっけ?
おにいと廊下で堂々とイチャついて……
私のおにいなのに……取らないでよ……
それにしても……最近のおにいが、何だかちょっとカッコよくなって直視できないよ……
妹心は更に混迷を深めていた――――
そして、ここにもう一人混迷を深める乙女が――――
恋の迷路に陥ってしまったかのような、そのピンクのツインテールは初夏の空を見上げ呟く。
「もう、自分の心に正直になろう……」
次回、伝説の乙女は限界フォーリンラブ!
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