第159話 一途な想い
始業のチャイムが鳴るのも無視して廊下を走る。
誰かの呼び止める声が聞こえた気がしたが、春近は脇目も振らず正門に向かって走り続けた。
『誰かに監視されている――』
『陰陽庁の職員が連れて行った――』
「頼む、偶然であってくれ! はあっ、はあっ、ぐっ――――」
正門近くまで行った所で学園職員の女性が立っているのが見える。春近は、その女性職員に声をかけた。
「ぜえっ、ぜえっ、あの、ルリは、酒吞瑠璃さんを見掛けませんでしたか?」
「えっ、酒吞さんなら、たった今、陰陽庁の職員が用があるとかで、一緒に車で出掛けましたよ」
「どっちに!」
「ええっ、アチラですけど……何ですか急に?」
学園職員が、全力で走って来た春近に不審そうな顔をしながらも、車の走り去った方角を指差す。
「どんな車ですか?」
「黒い国産高級車でしたが……」
指差した方向を見るが、既にクルマは走り去った後で何も見えない。
「どうする! どうすれば良い! くそっ!」
走っても絶対に追いつかない……
凄く強いルリだから、相手が玉藻前みたいなヤツでない限り負けないだろう……
でも、そうじゃないんだ!
ルリは普通の女の子なんだ!
例え力では誰にも負けなくても、心無い言葉をぶつけられたりしたら傷付くんだ!
ルリが傷付くのなんて、泣いたりするのなんて見たくないんだ!
どうする、どうしたらいい!
ブォォォォォオオオオオン!
キキキィィィィィ! ズザァァァァァ!
そこに一台の黄色いバイクが、まるで漫画のように車体をスライドさせながら停車する。
「春近、乗って!」
ヘルメットを投げながらピンクのツインテールをなびかせた少女が声を掛ける。そう、湾岸最速伝説の乙女、愛宕黒百合である。
「
ブォォォォォォーン! ヴォンォォォォーン! ブロロロロロォォォォーン!
春近をタンデムシートに乗せた黒百合が、
バイクは龍の咆哮のような唸り声を上げ、その機動力を活かしグングンと他のクルマを抜いて走り続けていた。
必死の形相で廊下を走る春近を見た黒百合は、何かの緊急事態だと思い後を付けたのだった。すぐにバイクを引っ張り出し、春近の元に駆け付けた次第である。
「暖気もせずに全開だよ。無事終わったらサービスしてもらうから」
「ありがとう
二人の乗せたバイクは、一気に街を駆け抜け加速して行く。
「最近は何もなかったのに。何で今頃になってルリを連れて行ったりするんだ。頼む、何も起きないでくれ」
祈るように叫ぶ春近だが、予期せぬ邪魔が入ってしまう。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥン! ウゥゥゥー!
「そこのバイク、止まりなさい!」
突然けたたましい音が鳴り響き、トランペットスピーカーから停止命令が響いた。
交通機動隊のバイクがサイレンを鳴らしながら追走し、前に回り込まれ止められてしまう。
「何で……何で、こんな時に……。よりにもよって白バイに捕まるだなんて……」
そう呟く春近だが、白いバイクに青い制服の隊員が聞くはずもなく。
「はい、スピード違反ですね。免許を出して」
白バイ隊員は淡々と職務をこなそうとする。
「……ってくれよ」
「ん? 何だね?」
「ちょっと待ってくれよ! 今は緊急事態なんだよ! 一人の女の子の人生がかかっているんだよ!」
「キミは何を言っているんだ……」
突然ブチギレた春近に、白バイ隊員が驚きの表情になった。
「今行かなきゃならないんだよ! あんたは、愛する妻や子供がピンチの時に、はいそうですかと止まるのかよ! 後で罰金でも逮捕でも何でもすればいいから、今急がなきゃならないんだよ!」
普段は大人しい春近が、一気に捲し立てる。あまりの勢いに、白バイ隊員も一瞬たじろいだ。
「それは……大切な人なのか」
「そうだよ! 大切な、愛している、大事な人がピンチなんだ!」
「…………」
訴えかけるような真剣な目を見た白バイ隊員は、春近の邪心の無い純粋な想いに気付いた。
長年取締りをしてきたベテラン隊員の彼には、相手が嘘を言っているのか見極める勘のようなものがあるのだ。
この少年……嘘は言っていない……本当に誰か大切な人を助けようとしているのか――
突然、白バイ隊員が測定速度インジケーターをイジリ始める。
「おや、不具合かな? 速度が計測できていなかったようだ。これでは検挙は無理だな」
「えっ」
「大切な人なんだろ」
「……あ、ありがとうございます!」
ブォオオオオーン!
キキキキィィィィー! バァァァァァァー!
走り去る春近たちを見つめる白バイ隊員は、過ぎし日の青春の日々に思いを馳せ呟いた。
「あの目、あの情熱、一途な真っ直ぐな熱い想い……。頑張れよ、少年!」
再び走り始めた
「ぶっちぎって振り切ろうとしたけど、春近の勢いに見惚れて動けなかった。春近のおかげで免許取り消しにならずに済んで良かった」
黒百合がヘルメット越しにそう話す。
「あれは……とにかく必死で……」
「普段はヘタレなのに、春近もたまにはカッコいい。惚れ直した」
「えっ、風の音でよく聞こえない」
「何でもない。ふんす!」
二人を乗せたバイクは、まるで風のように道路を流れて行った
ルリを乗せた高級車の助手席で、大津審議官は極限の緊張状態になっていた。
後部座席に最強の鬼と評される一人の少女を乗せている。
大津は、既存の戦力どころか自衛隊の力を借りても確保や制圧は不可能という報告を聞き、別の方法を考える為に直接動いていたのだ。
極限の緊張状態の中で大津は考えていた。
恐ろしい……
直接会ってみたが、何て迫力なんだ……
彼女が、ほんの少し指を動かす程度で、まるで蟻を踏み潰すように私は消し飛ばされてしまうだろう……
だが、私がやらねばならないのだ!
市民の生命と安全の為に、
正義――――
古今東西、正義というものは実に厄介であった。
正義の名のもとに独裁者は市民を弾圧し、正義の名のもとに政敵を粛正し国民を虐殺する。
正義の名のもとに
正義は人の数だけ存在し、ある正義は反対意見の者を削除しようとする。
漫画やアニメの中の正義は美しいが、現実社会の人間が行う正義がろくでもないことは歴史が証明していた。
「で、何の用なわけ?」
ルリが少しイライラしながら大津に声をかける。
少し話が有ると呼ばれて行ってみれば、車で移動し出すしハルと会えないしで、今のルリは不機嫌極まりないのだ。
呪力を使えば簡単にぶっ飛ばして帰れるのだが、そんなことをしては皆に迷惑がかかりそうだし余計に状況が悪くなりそうだからしていなかった。
「今日来てもらったのは他でもない、楽園計画の是非と特級指定妖魔のキミらが市民に与える恐怖についてをだな……」
「ちょっと何言ってるかわかんない! 何なのこのオッサン!」
全く噛み合わない会話が始まろうとしていた。
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