第157話 オタク仲間

 厚い壁の防音が行き届いた部屋で、大津審議官は男から報告を聞いていた。

 大津の顔が段々と怒りのようなもので紅潮し、今にも爆発しそうな状況になっている。


「ですから、既存の戦力で鬼たちを制圧するのは不可能です」

 男は、大津に丁寧に説明する。


「クーデターや殺生石の件から算出されたデータによりますと、陰陽庁だけでなく自衛隊の戦力を以てしても困難です」


「そ、そんな馬鹿な……」


「特殊装甲師団の装甲戦闘車量も防衛ロボットも屈強な隊員も、全て瞬時に無力化されてしまいました。どれだけ兵を集めても無駄だと思われます。むしろ、人間の脳に呪力を掛け洗脳したり強制的命令をさせる鬼により、逆に脅威が増えるだけです」


 ガタッ!

 大津審議官は頭を抱えてデスクに突っ伏した。


「なんてことだ……」


「長距離からの狙撃をするにしても、恐ろしく勘が鋭い上に運命に働きかけ確率や命中率を変動させる鬼の能力により、此方の攻撃は全て外れて彼方の攻撃は全て命中するような事態にも成りかねません」


 聞けば聞くほど、まるでアニメや漫画のような話が出てきて混乱するばかりだ。


「唯一可能性があるとすれば、あのクーデターの真の首謀者である蘆屋満彦が行ったように、同じような力を持つ者を呪いで使役して対抗するしか……」


「そんなこと、無理に決まっているだろ! な、なんだその同じ力とは!」


 実現不可能な手段を説明され、大津が怒り出した。


「何かないのか? 何か、彼女たちを封じ込める策は……」




 打って変わって陰陽庁長官室――――

 こちらは長官である晴雪はるゆきが、吉備きび真希子まきこと話をしていた。


「吉備君、報告御苦労」

「いえ、しかし困ったものですね。私の部署でも反対派が居るようでして。一体誰を信用して良いのやら」


 吉備真希子調査室長が土御門長官に話すように、庁内では楽園計画推進派と反対派とで意見が分かれゴタゴタが続いていた。


「殺生石集めも、当初は彼女らを使うことで陰陽庁に協力的だと知らしめて脅威論を抑えるはずじゃったのに、逆に脅威論を増やす結果になってしまうとはな……」


 晴雪が言う通り、良かれとして行ったことが、逆にその絶大な力により人々の恐怖心を増やす結果になるとは皮肉なものである。

 この陰陽庁のゴタゴタが、後に事件となって春近たちの身に降りかかるのだった。


 ――――――――――――





 ゴールデンウィークをゲームとアニメで過ごすと決めた春近だったが、さすがにずっと部屋にひきこもっていると、たまには出掛けたくなってしまうものである。

 人間とは不思議な生き物なのだ。


「駅前の書店でにも行こうかな?」

 そう言って春近が立ち上がった。


 久々に外に出ると、日差しが眩しく感じて目を細める。

 五月にしては夏日のような暑さで、少しクラっとする感じがした。


 春近が正門の所まで行くと、見知った顔と出くわした。

 そう、毎度おなじみ妹の夏海である。


「夏海」

「おにい」


 夏海は周囲をキョロキョロ見回して誰かを探す素振りを見せた。


「今日は彼女さんと一緒じゃないんだ?」

「そんなに毎日一緒にいるわけじゃないよ」

「ふーん、どうだか?」


 夏海が疑惑の目を向ける。


 だが、ルリや咲が夜中にコッソリ部屋に来てベッドに潜り込んだりしているので、夏海の認識が正しかったりする。

 当然、そんな破廉恥な行為など、妹には秘密だが。


「おにいは何処に行くの?」

「駅前の書店。夏海は?」

「私も駅前だけど……」

「じゃあ、一緒に行くか?」

「何で私がおにいと一緒に行かなきゃなんないのよ」


 くっ、落ち着けオレ!

 当たりがキツい気がするが、これが普通なんだ。

 リアル妹で、アニメの妹キャラのように『お兄ちゃん大好き』とか期待しちゃいけねえぜ!

 因みに今の妹ボイスはアリスの声で再生された。


 アニメの二次元妹を想像した春近は、気を取り直して道を歩く。



「おい夏海、何で一緒に歩いてるんだよ」

「おにいと行く方向が一緒なだけでしょ。勘違いしないでよね!」


 ふっ、口ではそんな事言いながら、本当はお兄ちゃん大好きなんだろ?


「おにい、今キモいこと考えたでしょ! やめてよねそういうの」

「くっ……やっぱりキツいぜ……」


 現実は厳しかった。

 この妹、兄の心でも読めるのかと思ってしまうほどだ。



 書店に入ると、漫画コーナーに珍しい組み合わせを見かける。


「あれ、杏子と黒百合と一二三さんだ。珍しい組み合わせかと思ったけど、三人とも漫画好きそうだから仲が良いのかな?」


「おにい、どうしたの?」

 ピッタリと春近の後ろを歩く夏海が聞く。


「おい、夏海……。キモいとか言っておきながら、結局書店までついて来たじゃないか。

「はあ!? そんなんじゃないし!」


 二人が言い合っていると、さっそく三人に見つかってしまった。


「あ、春近発見!」

 目ざとく春近を見つけた黒百合が近寄ってきた。


「やあ、黒百合ブラックリリー、杏子と一二三さんも」

「むむっ、そっちの子は? もしかして噂の妹?」

「うん」


 夏海を見た三人が急に襟を正し始める。春近の妹に挨拶しようとしているのだろう。


「私は伝説の黒百合ブラックリリー! 春近の交際相手ステディー! そこんとこヨロシク!」


 黒百合がヘンテコな決めポーズで自己紹介する。


「……比良一二三……春近の恋人・・……よろしく……」

 一二三は静かながらに確りと恋人アピールをする。


「あ、あの、わた、私は……鈴鹿杏子です……」


 杏子が初対面の人と話すのが苦手なコミュ障ぶりを発揮してしまう。コミュ障あるあるで、年下なのに敬語だ。


「あの、夏海です。よろしくお願いします」

 うっ、一気に三人も彼女が出てきた――

 まさか、学園の女子の大部分がおにいの彼女とかじゃないよね?

 もしかして、おにいってヴァンパイアによくある魅了の魔眼でも持ってるの?


 兄をオタク呼ばわりするわりに、実は夏海も漫画が好きだったりする――――



 春近は杏子が手に持っている漫画に目をやった。


「皆は何か買い物なの?」

「はい、新刊が出るので買いに来ました」


 さっきはあんなに緊張していた杏子が、春近と話す時は良い笑顔になっている。


「二人も漫画好きなんだ」

 黒百合と一二三にも話を振る。


「当然! 漫画は最高の文化!」

「……同意する……」

 二人も漫画が好きなようだ。


「杏子、オタク仲間ができて良かったね」

「は、はいっ! これも全部、春近君のおかげです」


 ガシッ!

 春近と杏子が、ガッシリと手を取り合う。


「春近、杏子だけでなく私にもサービスして欲しい」

「……勿論私も……」


 仲良さそうに握手をする二人に、黒百合と一二三がグイっと前に出た。


「あの、今はちょっと……」

「分かってる、今は妹の前だから、やめておいてあげる(ぼそっ)」

「……仕方がない……」

「みんな……」


 ちょっと変わった黒百合だが、意外と場をわきまえている。普段のエッチなイタズラするのとは大違いだ。

 元から大人しい一二三も控えてくれている。



「ふうっ、今日は比較的大人しい子たちで助かったぜ。あまり妹の前でエロいことばかりしていると益々嫌われてしまうからな。(ぼそっ)」


 小声で呟く春近だった。




「へぇ、良い人そう……」

 仲良さそうに話す兄と三人を見た夏海が呟く。


【毎度お馴染み、夏海好感度バロメーター】

 

 オタク:杏子先輩      良い人そう。むしろ、おにいに一番合ってる。

 普通 :咲先輩

 無口 :一二三先輩     大人しい子で害は無さそう。

 超怖い:渚先輩

 セフレ:天音先輩

 伝説級:ブラックリリー先輩 ちょとよく分かんない感じ?

 ギャル:あいちゃん先輩   ←話してみたら悪い人じゃなさそうでアップ。

 要注意:ルリ先輩

 問題外:ストーカー先輩



「じゃあ、私はこれで……」

「あれ、夏海もう行っちゃうの?」

「はあ? おにいと一緒にショッピングするわけないでしょ。彼女さんとの仲を邪魔しちゃ悪いし」


 ジト目で春近を見つめる夏海が、三人に向き直る。


「では、兄をよろしくお願いします。失礼します」

 そう言って夏海は書店を出て行った。



「春近と違って、よくできた妹さん」

「ちょっと黒百合ブラックリリー、オレを何だと思ってるの?」

「春近はムッツリでエロくてアレが凄い」


 黒百合は、そう言うと春近に抱きつき、あそこに手を伸ばしてくる。


「ちょっと、エロいのはどっちだよ!」

「ほれほれ、カッチカチやぞ」


 妹がいなくなった途端にこれである。


「……ずるい、私も触りたい……」

 一二三も反対側から積極的にアピールしてくる。


「ちょっと! 外ではダメだって言っただろ」

 必死に二人の攻撃を防ぐ春近に、後ろから杏子がささやく。


「そうです、周囲の視線があります。個室に行きましょう」

「杏子、それはそれでどうなんだ……」



 陰陽庁内でのゴタゴタも知らない春近たちは、イチャイチャで幸せな日々を送っていた。

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