第142話 南の島
果てしなく続く水平線に雲一つない真っ青な空が、まるで溶け合いそうに何処までも続いている。甲板に立ち潮風に当たっていると、まるで自分が映画の中の住人になったような錯覚をしてしまう。
春近は緑ヶ島に向かうフェリーの上にいた。
東京を昨夜に出発し、特等室のベッドで激しい夜を乗り越え、今こうして空と海とが溶け合う場所を眺めている。
「東京から遠く離れたもんだ……」
三日前――――
終業式の後、春近のスマホに陰陽長官である祖父から電話がかかってきた。
「おお春近よ、元気でやっとるか?」
「じいちゃん……また厄介事じゃないだろうな?」
「そう何度も事件が起きてたまるか。今回は南の島の旅行に招待じゃ」
「は? 南の島……楽園計画のことか?」
春近は、南の島を開発し特区にする計画を思い出す。
「やはり春近も実際に現地を見ておかないと不安じゃろ。今回は視察ということで陰陽庁が旅費を負担するから、思う存分遊んでくるがよい」
「南の島でバカンス……ごくり」
「問題は、予算的な都合や諸事情により、行けるのはおぬしを含めて四名なのじゃが……」
「おい!」
マズい……
俺の他に三人しか連れて行けないだなんて……
これ、絶対ケンカになるよな……
翌日、春近は皆を集めて事情を説明した。
「そういう訳で、緑ヶ島への視察に三名同行して欲しいのだけど」
キラァァァァァァァァァァァァァン!!
全員の目が美しい肉食獣のように光った。まるで美味しそうな
「これは、私が一緒に行くしかないよね。ハルは私と同じ部屋なのは決まりね」
真っ先に肉食系女子のルリが手を上げる。
「ルリ、まだ決まっては……」
「は、は、春近! あたしを選ぶわよね! これは命令よ!」
すでに旅先での夜を想像しているのか、渚が興奮して危険な状態だ。
「渚様、その選ぶのをこれから……」
「ハル君、絶対私だよね? 一緒に行けたらぁ、船の中でも島のホテルでも、お姉さんがいっぱい気持ちよくしてあげるからぁ」
ペロッと赤い舌を見せた天音が、完全に獲物を狙う目をして言う。
「天音さん、だから、まだ決まっては……」
「おい、は、ハルちゃん……勿論私だよな。あんなに恥ずかしいのを我慢して頑張ったんだ。少しくらい御褒美をくれても良いじゃないか……」
もちろん、最近特に暴走気味の和沙も名乗り出る。
「くら……和沙ちゃん、頑張るところを間違えてるような……」
「そうだよ、やっぱりこうなるよな。何で陰陽庁も全員分のチケットをくれないんだよ」
春近が愚痴る。当然の結果だろう。
「ハルチカに決めさせるのは酷というものです。クジで決めましょう」
何かを考えていたアリスが、不意にクジを提案した。
そして決定したのが、百鬼アリス、阿久良忍、比良一二三の三名だった。若干、誰かの陰謀を感じてしまう。
「アリス、あんた呪力使ったでしょ!」
「ハルぅぅ~」
「ハル君とのバカンスが……」
「アタシも行きたかったのに……」
当然、落選した者の
「あの、また今度旅行に行きましょう」
春近は、何とか皆をなだめようと旅行を提案するのだが――
「ハルぅ~離れ離れになるのは寂しいよ~」
「ううっ、ハル君に置いてけぼりにされるなんて。お姉さん悲しくて死んじゃいそう……」
「春近! あんた、あたしを置き去りにするなんて、後でどうなるか分かってるんでしょうね!」
「はあっ、はあっ、ハルちゃんの裏切り行為で、ううっ……私はどうにかなってしまいそうだ……」
「ハルはアタシのことなんて知らないんだろ。アタシは、こんなにハルが大好きなのに」
「はるっち、うちを忘れないでね」
「春近、許さない! 帰ってきたら
「あはは、春近君、相変わらずエッチだね。大人しそうな子だけ選んだんでしょ」
「御主人様! 南の島で初体験でありますか! 私も初体験したかったであります!」
「旦那様……どうして、わたくしはクジ運が悪いのでしょうか?」
「ルリ、良い子で待っててね。天音さん、少しの我慢です。渚様、帰ってきたらサービスしますから。和沙ちゃん、裏切ってないですから。咲、俺も大好きだよ。あいちゃんのことは絶対忘れないから。
律儀に全員に返す春近だ。
「マズい……皆の不満が爆発寸前で、帰ってきたら恐ろしいことになりそうなのだが……」
こうしてメンバーは決まったのだった。
前日――――
東京湾某所フェリー乗り場
春近たち四人はフェリーターミナルで乗船手続きをして、出発ロビーで乗船するのを待っていた。
「でも、アリスが来てくれて安心だよ。アリスは頼りになるからね」
春近は、横でちょこんと座るアリスに声をかけた。
「当然です。遊びに行くのではないのです。将来住む可能性が高いのですから、色々と確認しておかなければならないことが多いのですよ。その為に、わたしが行くことにしたのですから」
「えっ、もしかして……」
まさか、呪力でクジ運をイジったのか?
「まあ、彼女たちが同行しても、愛欲に塗れてばかりで現地を何も見てこないと困りますからね。私と、頼りになる忍と、天狗の子の中で一番冷静そうな一二三にしたのです」
「うっ、確かにルリたちだと心配だけど……。アリス、小っちゃいのに結構ワルだよね」
「小っちゃいは余計です!」
アリスが呪力を使いメンバーを決めたと知り、春近は愛が激しい彼女たちを思い浮かべる。ルリや渚など、元から肉食系女子も凄いのだが、最近は大人しそうだった子も過激化しているのだから。
前は一番常識人のようだった飯綱さんが、今はアリスの中で暴走エッチ女子の仲間入りをしているのが面白いな。
まあ、飯綱さん真面目な顔して凄いことをやってくるしな――
「おまたせ、じゃあ乗船しましょうか」
手続きを済ませた陰陽庁の
今回の視察に同行する担当者で、歳は三十歳くらいの堅物そうなメガネの女性だ。
「キミたちの部屋はシャワーとトイレ付ツインの特等室を取ってあるから。私は二等ベッド席に居るから、何かあったら声をかけて下さい」
「はい、ありがとうございます」
賀茂が春近を睨んでいるように見える。
「あの、何か?」
春近が何となく聞いてみた。
「これは余計なことかもしれないけど、学生なのに
「は、はあ……」
何なんだ、この人……
陰陽庁って変な人ばかりだな……
「さあ、乗船しましょう」
賀茂は先頭でタラップを歩いて行く。頭の中では春近たちに対して不満をぶちまけながら。
ちっくしょー!
何なの、この子たち!
私より一回り以上若いのに、毎日エッチで淫らな行為をパコパコパコパコやりまくっているのね!
私なんて毎日職場とアパートの往復だけで、休日はダラダラ寝てる干物女だというのに!
彼氏もずっといなくて、もうトキメキも忘れかけているというのに!
大体、私が学生の頃は、勉強ばかりで彼氏なんてできなかったのよ!
それなのに、この子たちは毎日エッチしまくって、おはようのチューとかしちゃって、御飯は『あーん』で食べさせてもらったり、お風呂で洗いっこしちゃったりしてるんでしょ!
もう、ホント腹立つ!
私だって……私だって……恋したりエッチしたりしたいのよ!
もおぉぉぉぉぉぉぉ!
とにかく、賀茂は不機嫌だった――――
春近たちの部屋はツインベッドで、シャワーとトイレとテレビも付いていた。船内なのに豪華装備である。
受け取ったチケットでは、春近とアリスで一部屋、忍と一二三で一部屋になっているのだ。
「けっこう良い部屋だね。アリス、窓から海が見えるよ」
春近がアリスに声を掛けるが、アリスはベッドに座ったまま俯いている。
「あれ?」
「ハルチカ……今夜はナデナデしても許すです……」
蕩けた表情のアリスが呟く。
学園から遠く離れ、二人きりとなった密室の中で、賀茂が想像するような淫らな夜が始まろうとしていた。
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