第140話 一枚上手
三月十四日――
春の到来を感じさせるように寒さも和らぎ、日差しも何処となく柔らかくなってきたこの頃。柔らかな日差しが射し込む教室で、一人緊張している男がいた。
どうしよう……
何だか緊張してきたぞ……
本当に、これで良かったのか?
世界のハーレム男は大富豪だったり権力者だったりと、何人もの妻を養えるだけの財力があるというのに、オレときたら満足なプレゼントもあげられないだないなんて。
こんなオレが、皆を幸せにできるのだろうか――
女子達の熱烈アタックでハーレムになってしまったが、今になって色々と不安になっている春近だった。
「ハル、おはよう」
「おはよ」
ルリと咲が登校してきて、春近に声をかける。
「お、おはよう」
ぎこちない感じに春近は返事をしてしまった。
「あれ、ハル、何か元気ないみたい?」
「大丈夫かハル、ぽんぽ痛いのか?」
「ちょっと、子供じゃないんだから」
「ハル、おっぱい欲しいの?」
「ほぉら、アタシが抱っこしてやんぞ」
二人は春近を甘やかしにかかる。ちょっとマニアックなプレイのようにも見えるが。
「うわぁ、子ども扱いは勘弁してー!」
バブみを見せながらニマニマする二人に、春近はダッシュで教室を飛び出した。
「もう、皆でオレを子ども扱いするなんて……」
皆の甘やかしから逃げ出し一人廊下を歩く春近に、後ろから優しそうで落ち着いたトーンの声がかかった。
「どうしたの、ハル君?」
「あっ、天音さん」
優しい笑顔で全てを包んでくれそうな天音の姿に、春近は悩みを相談しようか迷う。
うーん、同級生なのに何故かお姉さんオーラを出している天音さんなら、オレの悩みを聞いてくれるかも。
ちょっと相談してみようかな?
「――――と、いうわけなんですよ」
春近は、将来好きな子を養えるのかを掻い摘んで話した。
「ハル君、私のことを本気で考えてくれてるんだね。でも、ハル君はハル君のままで良いんだよ」
春近の予想通り、天音は優しく話を聞いてくれる。
エロ関係の時は怖いお姉さんだが、普段は話しやすく癒されるヒロインなのだ。
「でも、やっぱり好きな人には幸せになって欲しいし」
「嬉しい……でも、大丈夫。ハル君は何もしなくて良いんだよ」
「えっ?」
「大丈夫だよぉ♡ 私がハル君を養ってあげるから。ハル君はぁ、疲れて帰ってきた私を優しく抱きしめて癒してくれるの。えへへっ、それで私はハル君成分を補充してぇ♡ はあ、はあ、ああぁん♡ じゅるり……。そ、それだけで、私はどんな辛いことにも耐えられるの……。例え世界が地獄だとしても、私はハル君さえいれば幸せなんだよ。ねえ、早くハル君と同棲したい……」
「あ、あの……それはちょっと……」
完全にヒモ男製造機のようなヤバい女の天音に、春近も困惑気味だ。
天音さん、彼氏をヒモ男にしてどうするんですか……
ダメンズ製造機じゃないんですから……
やっぱり天音さんは心配だな。
放っておくと悪い男に騙されて酷い目に遭わされそうだ。
「天音さん!」
春近は、天音を引き寄せると強く抱きしめた。
ぎゅっ!
「えっ、えっ、ハル君?」
「天音さん、オレから離れないでね。オレが天音さんを守りますから」
「あっ、はぁああぁ♡」
「あの、天音さん?」
かぁぁぁぁぁぁ――
「うっ、ううっ、ハル君…………うれしいよぉぉぉぉぉぉ! えぐっ、えぐっ、うわあぁぁぁ」
天音が感極まって泣き出した。
「えええっ、ちょっと、天音さん」
廊下で騒ぎを起こして二人は注目の的になってしまい、ギャラリーから口々に勝手な噂話が飛び交う。
「おい、またハーレム王が何かやってるぞ」
「うわぁ、女泣かしてる……」
「なるほど……ああやって鬼畜攻めで女を次々と堕としていくのか」
「やだ、きっと変態プレイを強要して泣かしたのね」
「女の敵!」
「くっそ、アイツが何人も女を独り占めするから男女比が狂うんだ。俺に彼女ができないのはアイツのせいだ」
ちょっと、また変な噂が広がってるような――――
「で、何で『子供扱いするな~』って教室を飛び出して行ったら、天音ちゃんを泣かせて帰ってくるの?」
飛び出して行ったはずが、泣きながら抱きつく天音を連れて戻ってきた春近を、ルリはジト目で見つめている。
「ルリ、これには山より高く海より深い理由があるんだ……」
そう春近が説明しようとするが、当の天音は泣きながら春近に抱きつき、甘えるようにスリスリしている。
「だって、ハル君が私と結婚して一生守ってくれるって言うから」
そして爆弾発言だ。
「えっ、えええっ! あ、天音さん、ちょっと話が
相変わらず春近は気づいていない。たまに天音は腹黒だったり計算高いのだと。
「ハルぅ! 天音ちゃんと、そんな約束してたの?」
「へえー、アタシには言ってくれてないよな」
「土御門……私より天音を選んだのか……」
当然、天音の発言に、ルリと咲は威圧感を増す。
そして何処からともなく和沙まで現れて参戦してしまった。
「山より高く海より深しとは……
1221年(承久3年)
一方、朝敵となるのを恐れた鎌倉幕府の御家人たちは動揺し、士気が下がり逃げ出しそうな雰囲気になってしまう。
そこで政子は、『
政子の演説を聞いた御家人たちは感動し結束したという話だ。
「ハル、そういうウンチクはどうでもいいから」
「ハルって、たまに歴史の話をして誤魔化そうとするよな」
「土御門、天音とは結婚して私とはしないつもりか!」
「尼将軍キタァァァ!」
北条政子の演説は多くの御家人の心を動かしたが、ハルの演説は一名しか動かさなかった。
杏子だけに響いたようだが、他の人は承久の乱自体に興味がないようだ。
「――――と、いうわけで……」
結局、春近は皆を養えるのか不安を打ち明けた。
誤解も解けて、ルリたちの機嫌も直ったようだ。
「ふふっ、ハル、そんな事考えてたの」
「あははっ、笑ってゴメン、でも、ふふっ」
「ハル君、可愛すぎ」
「土御門、将来の事を真剣に考えるのは良い心掛けだな」
「御主人様、それ石油王とか資産家じゃないと無理ですよ」
彼女たちが口々に言う。
「何で笑うの! 真面目に考えていたのに、ううっ、だから言いたくなかったんだ……」
「ハル、大丈夫だよ。私もいるし」
「ふふっ、もうダメ。あははっ、ハル最高っ! あはははっ」
「ハル君は、そのままで良いんだよ。うふふっ」
「まあ、私のことも真剣に考えていたのなら許す。命拾いしたな!」
「御主人様も本気でハーレムを考えてきましたね」
嬉しいやら微笑ましいやら面白いやらで、彼女たちが笑いをこらえるので精一杯だ。
「何か、やっぱり子ども扱いされてる気がする」
「旦那様、わたくしの家に婿養子に入る手筈になっておりますから大丈夫ですわ」
途中から会話に参加してきた栞子が、何やら恐ろしい計画を暴露する。だが、秘密の計画も自ら暴露してしまうので、計画通りに進みそうにない。
「ちょっと栞子さん! 勝手に進めちゃダメですよ」
昼休み――――
春近は、学食に皆を集めて例のチケットを渡そうとしていた。
「えっと、実はこれなんだけど……」
本当に、こんなので喜んでもらえるのだろうか――
春近はテーブルの上に、十三人分の『何でもする券』を並べる。
「「「ん………………」」」
何でもする券を見たルリたちが息を呑んだ。
ザワザワと騒がしい学食の中で、春近達のテーブルだけ少しだけ静寂に包まれる。
えっ、皆黙っちゃったけど……
やっぱりダメなのかな……
「は、は、は、春近! これ本気なの!?」
凄い勢いで渚が迫る。顔が超近い。
「えっ、渚様……あの、一応本気ですが……」
「ハル君、ハル君、これ何でも良いの?」
天音が悪い顔をしている。絶対にエッチなことを考えているだろう。
「はい、天音さん。書いてある通りです」(裏面の超小さい文字の注意書きには触れず)
「ハルぅ♡ ありがとう。えへぇ、何に使おうかなぁ」
ルリはニコニコと嬉しそうだ。
「ルリ、喜んでもらえたならオレも嬉しいよ」
次々と喜ぶ彼女たちに、春近の緊張も解けた。
何だか、皆喜んでいるみたいだ。
これは良かったのかな?
ゴシゴシゴシ――――
そんな中、黒百合が、何やら裏面をボールペンでゴシゴシしている。
「あ、あの……
にへらぁ――
「あーっ、裏面を汚しちゃった。でも、裏は何も無いから問題無いよねー」
若干棒読みで黒百合が喋る。逸早く裏面の超小さい文字に気付いた彼女が、先手を打って対策してしまったようだ。
「あ、ああ……しまった……」
「ん? 何よコレ!」
「はは~ん、そういうことね」
「うわっ、凄い小さい字で『本番禁止』って書いてあるぞ」
ゴシゴシゴシ――――
速攻で皆にバレて次々と消されてしまう。
「表示を消しちゃうのは無効なのでは……」
春近は恐る恐る反論してみた。
「景品表示法で打消し表示というのがあり、消費者が見落としてしまうほど文字が小さかったり、本文から気付かないほど離れて表示されている場合は、打消し表示とみなされず無効になるはず。つまり、この注意書きは無効」
本当かどうかは知らないが、黒百合が法律を出して説明してきたので、もう春近は何も言い返せなくなってしまう。
「やったー! ハルに何でもしてもらえる!」
ルリの顔がニッコニコだ。
「ふふふっ、春近に何をしてもらおうかしら」
渚は鋭く美しい目を光らせる。
皆、頭の中でエッチな妄想をしているみたいだ。
「杏子ぉ~っ! どうしよう……?」
困った春近は嫁の杏子に泣きつく。
「御主人様、敵は一枚も二枚も上手だったようです。諦めましょう。ついでに、ふひっ、私は何をお願いしようかな。ふひひっ……」
「うわあっ、もうダメだぁぁ!」
最後の砦も決壊したようだ。
「でも、これは大事に取っておいて、後で使おうかな」
「えっ、ルリ……」
「だって、これは私とハルとの約束でしょ。これを持っていれば、約束はずっと有効だよね」
「ルリ……」
ルリは、何でもするチケットを二人の絆や約束のように捉えていた。
「そうね、あたしも大事に取っておこうかしら。いざという時に使えるように」
「渚様」
二人の話で皆も使わずに取っておくことになった。
何だか後が怖い気もするのだが、良い話のようになり一時的に春近の危機は回避されたようだ。
「あと、これも」
春近が、もう一つプレゼントを一人一人に渡した。
「安物で申し訳ないけど……チケットだけじゃダメだと思って。気持ちだけでも……」
「あ、ハンカチだ」
「ありがとう、ハル」
皆が笑顔で口々にお礼を言う。
春近は、持っている金をかき集めて全員分のプレゼントを買いに行ったのだ。今月は学食を食べる金が無くなりそうだが、皆の笑顔を見ていたら買っておいて良かったと思った。
とりあえず、食事は御裾分けを貰うことになりそうだが。
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