第135話 バレンタイン

 バレンタインを前日に控えた日曜日、それぞれが期待と不安を抱えながらドキドキワクワク心躍らせていた頃、ここに一人自らのエッチな行いにより苦悩する乙女がいた。


「あああああっ、私のバカバカ!」


 遥は、先週放課後の無理やり春近のアソコを見てしまう事件を起こしてしまい、恥ずかしさと後悔で何も手につかない状態なのだ。


「何が合格よ! 恥ずかし過ぎる! あれ、絶対変な子だと思われたよね!」


 遥は自分の罪状を確認する――

 ・無理やりトイレに連れ込む。

 ・無理やりズボンを下す。

 ・あれを見て合格とセクハラ発言。


「うわあああっ! 完全に痴女だぁぁ! ヘンタイ過ぎて懲役三百年だぁぁ!」

 

 普段は皆の暴走を止めたりエッチな行いを注意したりしているのに、まさか自分がエッチな暴走をしてしまうとは思いもしなかった。いや、暴走というのは違う気がする。



 あの時の遥は冷静だったのだ。

 気になって気になって確認せずにはいられなかったのだ。

 普段、抑圧的に自分の性欲を封じ込めている人ほど、内に秘めたドロドロとしたものは凄いのかもしれない。


「はああっ……もう、皆のことをアレコレ言えないよ……どうしよう……どんな顔して春近君に会えば良いの……」


 アソコ見せて事案発生から連休に入り、春近とはずっと顔を合わせていないのだ。


「そもそも春近君も悪いんだよ。あんな逞しくて……いくら私を助ける為とはいえ、あんな強引に…… それに、普段はヘタレなのに、たまにカッコよくなるし……あのギャップはズルいよ」


 春近のある部分を思い出しては、うっとりする危険な遥だった。


「もう、いつまでも悩んでいてもしょうがない、明日のチョコを作ろうかな」


 そして遥は、バレンタインで春近に渡すチョコを作り始めた。




 同時刻――――

 忍の部屋にルリと咲が集まり、チョコ作りを教えてもらっていた。

 ルリは以前の料理対決での敗北を受け入れて、料理上手な忍に弟子入りすることにしたのだ。


「えいっ!」

 ルリがチョコを鍋にぶち込む。


「ああっ、チョコは湯煎ゆせんで溶かして下さい。直接火にかけると熱で成分が分解しちゃうから……」

「えっ、そうなの?」

「はい、温度も高すぎないように気を付けて……」


 忍のレクチャーで料理下手なルリも少しずつ上達しているようだ。


「それにしても、完璧な女性に見えるルリちゃんにも欠点があったんですね」


 忍が素朴な疑問を呟くが、即座に咲がツッコミを入れた。


「ぷふっ! 忍って、ルリをそんな風に思ってたのかよ。ルリは欠点だらけだぞ」

「ちょっと、咲ちゃん!」

「あははっ」


 忍はルリのことを完璧なキラキラ女子のように思っているようだが、ルリは容姿以外は色々とダメダメな所が多かった。

 料理以外にも勉強も苦手だったり、授業中は殆ど寝ていたり、かなりズボラな性格で部屋が散らかっていたり、大体ぐうたらしているものぐさ女子なのだ。


 逆に忍は、本人が気にしている180センチを超える身長以外は(一部のマニア男子には大人気だが)、勉強も料理も運動もその他も完璧にこなし、性格も良くて穏やかで優しくて長所は多いのだ。

 普段は前髪で隠している顔も、髪を上げると実は美人だった。

 人というものは、隣の芝生は青く見えてしまうものなのかもしれない。


「でも良いじゃん、欠点だらけでもハルが愛してくれてるんだから」


 咲の言葉に、ルリはハルを思い浮かべて真っ赤になり手が止まる。

 咲と忍も同じように手が止まり、三人並んで『ほわぁぁー』っと夢見心地な顔をしていた。




 更に同時刻――――

 遥を除いた天狗の少女達は、駅前にチョコを買いに来ていた。

 バレンタインシーズンの連休とあって、街はバレンタイン一色だ。


 遥だけ来ていないのを天音が心配する。


「それにしても、遥ちゃんはどうしちゃったのかしら?」

「きっと、春近のアソコを思い浮かべて、部屋で一人イケナイコトをしている」

「ふふっ、なにそれ」


 黒百合が天音の話に適当に冗談を言っているが、実は大体当たっていた。


「……春近……喜んでくれるだろうか……」

 一二三が、可愛くラッピングされた包みを抱えて、初々しい乙女のように頬を染める。


「和沙ちゃん、いつまで選んでるの?」

 天音がチョコの前で考え込んでいる和沙に声をかけた。


 その和沙といえは、バレンタインギフトコーナーに入ってから、かれこれ二時間以上ああでもないこうでもないと悩み続けているのだ。


「ああっ……この私の内から溢れ出る真実の愛を、土御門に伝えるにはどうすれば良いのだ? こんなもので私の想いを伝えられるのか……? はあっ、はあっ、くそっ! 土御門め! こんなに私の心を惑わすとは罪な男だな!」


「何でも良いから早くしてよ……」


 三人は待ちくたびれていた。


 ――――――――






 くして、バレンタイン当日――――


 今年のオレはちょっと違うぜぇぇ! フオォォ!

 春近は、例年とは違う途方もない高揚感で変なテンションのまま登校してきた。


 下駄箱を開けて覗き込む。

 教室に入り、それとなく机の中を覗き込む。

 去年までも同様に貰える見込みも無いのに、つい下駄箱や机の中をチェックしてしまっていたが、それが男のさがなのだ。

 だが、彼女ができた今年の春近は、まるで進駐軍にギブミーチョコだった去年までとは全く違うのだ。

 もはや戦後ではないのだ。


 ううっ、無い……

 いやまて、まだ早い……土御門春近はクールに待つぜ!



「うぷっ、ふふふっ」

 咲が春近を見て笑っている。


「咲、何で笑ってるの?」

「だって、ふふっ、あははっ! ハルのリアクションが面白くて。そんなにそわそわしなくても、後でチョコあげるから安心しろよ」

「ええっ、そんなにバレバレだったのか……」


 そわそわしている春近の挙動が咲きのツボにハマったようだ。


 ――――――――






 昼休みに皆で集まって渡すことになり、それぞれがチョコを持って学食に集合した。


「はい、ハル! 忍ちゃんに教えてもらって作ったんだよ」

「アタシも一緒に手作りなんだからな。感謝しろよ」

 ルリと咲が綺麗にラッピングされた包みを渡す。


「ありがとう! ううっ、凄く嬉しいよ……」


 春近は、これまでバレンタインといえば、明らかに義理なクラス全員に配っている大袋入りチョコの一粒か妹からしか貰ったことがなかった。

 好きな子から手作りチョコを貰える日が来るなど夢のようである。


「うううっ、生きていて良かった……世の中捨てたもんじゃないぜ……」

「ハル、大袈裟だな……」


 咲にヨシヨシされている。


「春近くん、私からも」

 恥ずかしそうに頬を染めた忍がチョコを渡す。


「忍さん、ありがとう。嬉しいよ」

 感極まって春近が忍の手を握り、二人で真っ赤になってしまう。


「料理下手なポンコツ娘を御指導してくださり感謝致します!」

 春近が余計なことまで言い出した。まるでルリが出来の悪い娘みたいな冗談になってしまう。


「ハルぅ~その言い方って変でしょ!」

「え、えっと、ほら、料理が上達してルリは偉いって意味だよ」

「なら良いけどぉ」


 いつものように頭を撫でたら機嫌が直るのもルリらしい。



「ハル君、私からも」


 スッとさり気なく春近に近付いた天音がチョコを手渡す。チョコではなく天音から甘く良い匂いが漂い、春近が意識してしまう。これも天音マジックだ。


「天音さん、ありがとう」

「お返しは、ハル君の初めてで良いよ。ふふふっ」

「そ、それは……」


 いつの間にか春近の近くに来ていた一二三もチョコを出した。


「……春近……私からも……」

「一二三さん、嬉しいです。ありがとう」

「……私も、喜んでもらえて嬉しい……」


 当然のように黒百合は変な包みのチョコを出す。


「春近には、この毒々ファイヤーピリ辛チョコをあげる」

「さすが黒百合ブラックリリー、相変わらず凄いチョイスだな。でも、ちょっと美味そう」


 黒百合のチョコは、箱に唐辛子と悪魔の絵が描いてある摩訶不思議なチョコだ。


「うわぁぁ、相変わらず、おまえら変な好みだな。アタシの味付けが心配になってくるぜ」

 咲が変なチョコで盛り上がる二人にツッコんだ。



「土御門! これは、私の分身だと思って食べるのだ! このチョコの一粒一粒が私の血肉と同じなんだ! 覚悟して食べるのだぞ!」

 和沙が重い。


「鞍馬さん、怖いです……でも、チョコは大事に食べますから」


 そして杏子は変なテンションだ。


「御主人様、魔法少女ロリーミンドリーミンの限定チョコですよ。フオォォー!」

「おおおっ! これは、入手不可能といわれた限定の! フオォォー!」


 少しキモい感じに盛り上がるのが二人の仲の良さだろう。


「おい、土御門! 私の時より嬉しそうにしてないか……」

 二人の仲の良さに嫉妬した和沙の顔が怖くなる。


「く、鞍馬さん、そんなことはないですから。皆同じように凄く嬉しいです」



 重い女の和沙に気を取られがちだが、更にダークオーラを纏った女、栞子の存在を擦れてはいけない。


「旦那様……わたしくのも受け取ってくださいませ」

「栞子さん、ありがとうございます」

「旦那様……このチョコを作りながら、一つ積んでは旦那様のため……二つ積んでは旦那様のため……と、念を込めておきました……」

「栞子さん……情念がこもってそうで怖いけど、大事に食べますから呪わないで下さいね」



 最後に遥が大きな箱をテーブルの上に乗せた。

 ドサッ!


「最後に私だね。はい、これ」

「凄い、何か大きいですね」

「ブッシュ・ド・ノエルというケーキを作ったんだよ」


 春近が箱を開けると、中に長い丸太状のケーキが見える。


「この太くて長い所が、春近君のあれを忠実に再現して作ったんだ……って、私何言ってるんだろ! 疲れているのかな……」

「えっと……飯綱さん……」


 食べにくい……自分のあれに似せて作ったなんて食べにくいよ――

 春近は危険を感じあそこを手で隠した。



 二人の反応に天音は黙っていられない。


「え~と、遥ちゃん……」

「違うの! これは、春近君が逞しくて、それで……」


 天音の問いかけに遥が何か言おうとするが、余計に意味不明になってしまう。


 ルリたちは、どんでもない伏兵が居たものだと戦慄した。


「遥ちゃん……」

「やっぱり淫乱……」


「ち、違うから! あれが気になって眠れないだけなの!」


 言い訳すればするほど遥が自爆しているようだ。




「そういえば、渚様とあいちゃんとアリスが居ないけど、どうしたんだろ……」


 二人がこの場にいないのを気にした春近が呟いた。

 次回、『アリスの私を食べてニャン!』と「渚のドジっ子メイド』に続く――――(たぶん)

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