第128話 帰省

 駅の改札を抜けると、懐かしい光景が広がる。


 電車に揺られ、自分の生まれ育った街に帰って来たのだ。まだ一年も経っていないのに、とても懐かしく感じる。

 こんな気持ちになるのは、自分の生活が向こうに馴染んだ証だろうと春近は思った。


 あの桜舞う季節に駅で佇んでいた時は、あんなに陰陽学園に行くのを嫌がっていたのに、今では学園での生活が大切なかけがえのないものになっているのだ。

 春近は、懐かしい街並みを眺めながら実家へと歩いた。




「ただいま」

 見慣れた玄関の扉を開けて家に入る。


「おかえり」

「戻ったか、春近」

 両親が顔を出す。


 陰陽師に関連のある家系といっても、分家なので両親は普通のサラリーマンだ。特に陰陽術を使うわけでもなく、何の変哲もない普通の家庭だった。


「おにい、お土産は?」

 ちょっと生意気そうな少女がリビングから顔を出し言った。


「特に何も無いけど」

「はあ? しんじらんない! そんなんだから彼女できないんだよ」


 リビングに入ると、妹の夏海なつみになじられる。

 アニメの妹キャラは萌えるのに、現実リアルの妹は生意気なだけだった。


「どうでも良いだろ」

「良くないから。おにいがそんなだと私が恥ずかしいの」


 彼女が何人もできたのだが、そんな話をすると問題になりそうなので黙っていた。


「何か、このやりとりをすると、家に戻った感じがするな」


 春近は、リビングで家族に学園でのことや暮らしを差し障りのないないように少しボカして話すと、その後は暫く使われていない自室に入った。




 自室のイスに座り伸びをすると、学園での様々な思いでが甦ってきた。


 ルリの寂しそうな顔が忘れられない――――


 ほんの少し離れるだけなのに。それだけでも彼女の顔が頭から離れない。

 今すぐ学園に戻って強く抱きしめたい感情に駆られてしまう。


「ルリだけでなく他の子も、帰省もしないなんて帰る家はあるのだろうか……? 陰陽庁に利用されたり、事件に巻き込まれてしまったり……。本当は普通の女の子なのに、たまたま特別な力を持っていたからといって、利用されたり不当な扱いをされるなんて酷すぎる」


 ルリたちの顔を思い浮かべ、一人呟いた。


「あいちゃんは、全員嫁にしろっていってたけど、オレに皆の人生を背負う資格や覚悟はあるのだろうか……。一人でも大変なのに、なんな大勢の女の子を……」


 将来、新世界の王となるこの男、ハーレムでエチエチなはずなのに、意外と真面目で重く受け止めてしまっていた。

 今はまだ先の見えぬ不安の中にいるようだ――――


 ――――――――






 翌日、春近たち家族は新年の挨拶で本家に顔を出していた。


「おにい、ちゃんとしてよ。おにいがしっかりしてないと、私が恥ずかしいんだからね」

「分かってるよ」


 夏海は、何かと突っかかってくるんだよな。

 小さい頃は可愛かったのに。

 いつもオレの後ろをついて回って『おにいちゃん』って言ってたのに。



「ホントに分かってんの? もう、おにいは頼り無いんだから」


 口を開けば文句を言う夏海だが、内心は複雑な心境なのだ。


 おにい――

 ちょっと見ない間に、なんかカッコよくなった……?

 前は、あんなにヘタレなオタクだったのに。

 もしかして、彼女が……。

 なんか悔しい……私の許可無しに彼女なんて許さないんだから!


 妹心は複雑である――――




「やあ、春近、久しぶりだな」

 春近の従兄に当たる晴満はるみつが声を掛けてきた。


「あ、晴満さん、明けましておめでとうございます」

「ああ、明けましておめでとう。どうだい、学園の方は?」

「ぼちぼちやってますよ」


 春近はどこまで話して良いのか分からず、適当に話を合わせていた。


「本来なら僕が行くはずだったんだ。何だかキミが土御門家の代表みたくなっているけど、だからといってキミが僕より上というわけではないから誤解しないでくれよ」


「は、はい……」


 上から目線な感じで話す晴満に、春近はウンザリしていた。


 正直言って、この人苦手なんだよな。

 何かとオレをライバル視してくるんだから……。

 面倒くさい――




 新年の集まりもつつがなく終わり、春近が帰ろうとしていたところに祖父であり陰陽庁長官の晴雪が声を掛けてきた。


「春近よ、ちょっと庭でも歩かんか?」


 何だろう?

 じいちゃんの話って、だいたいろくでもないことになるんだよな。



「殺生石の件では迷惑をかけたの。ワシも、あんな事態になるとは思わなんだ」

「迷惑どころじゃないよ! 一歩間違ったら大惨事だったんだから!」


 毎回ルリたちを利用している陰陽庁には手厳しい春近だ。


「まさか玉藻前が復活するなど誰も考えておらなんだからの……しかも、あれだけの強い呪力を持つ嬢ちゃんたちが揃っておれば、誰もが簡単に解決出来ると思うじゃろ」


「せっかくだから言わせてもらうけど、作戦も行き当たりばったりだし、陰陽庁の担当官も役に立たないし、全部ルリたちに丸投げじゃないか。それに、玉藻前だけでなく蘆屋満彦まで脱走しちゃうし。陰陽庁も怠慢すぎるでしょ」


「これは手厳しいな」


 春近としては、妖怪が復活しようがテロリストが逃げようが関係ないが、ルリたちが傷付くのだけは見たくないのだ。


「そう言えば話は変わるが春近よ。日本列島の南東の太平洋上に緑ヶ島という不思議な島があっての。そこを莫大な資金をかけて特区を作る計画があるのじゃ。いわゆる治外法権じゃな」


「は? 何を言い出して……」

 まさか、ルリが言っていた交換条件って――


 春近の中でバラバラだったパズルのピースが組み上がって行き、疑惑が確信へと変わった。


「そこに、鬼の嬢ちゃんたちが自由に暮らせる街を作ろうというわけなんじゃ」

「それって……危険だから、ていよく追い出そうってことだろ……」


 春近の瞳が晴雪を真っ直ぐ見る。


「否定はせん。春近も見たじゃろ、あの恐ろしい力を。一人でも対処不能な程の強い力をもっておるのに、それが一斉に反乱でも起こしたら国家の存亡にも関わるのじゃ」


「国家の存亡って……ルリたちは普通の女の子なのに……」


「今は一般人に友好的だとしても、いつ玉藻前のように世界を呪って災厄となってしまうやもしれぬ……」


「そんな……ルリたちは何も悪いことをしてないのに……それどころか、クーデターの時も玉藻前の時も、皆を守る為に危険も顧みず戦ったというのに……」


 本当に人のために汗と血を流す者は、誰にも知られず感謝もされないと言うのだろうか。


「ごほん、これは嬢ちゃんたちも同意していることなのじゃが」

「ん?」


 張り詰めていた春近の表情が変わる。


「南の島を特区として独立させ、ある程度の自治を認めて自由にしてもらうということでな。もちろん開発して衣食住は取り揃え、光ファイバーケーブルでスマホやパソコンの電波もバリバリよ。おぬしのよく遊んでるピコピコじゃったか? ゲームも遊び放題じゃ」


「は?」


 途中から晴雪の話が、おかしな方向に行く。


「そして、なにより重要なのが、特区は治外法権が認められ日本の法律が及ばなかったり一定の免除が認められるということじゃ」

「それって……」

「つまり、重婚もオッケーなのじゃ!」

「はあああぁぁぁ!」

「全員嫁にしてハーレム作って、朝から晩までエッチし放題じゃ!」

「うわあああ……」


 こ、これだったのか――

 急にルリたちが殺生石集めを『やる』と言い出したのは!

 南の島のハーレムだと!


「これは悪い話じゃないぞ。政府も陰陽庁も、かなりの額の予算を付けて南の島をリゾート開発するのじゃから。表向きには公表できぬから、裏の予算で金を回すのに苦労したのじゃ。大学や資格などもリモートなどでできるようにしてあるし、ある程度の本土への外出許可もする方向じゃ。こちらも、かなり譲歩しておるのじゃよ」


「しかし……」

「春近よ、おぬしが一緒に住むのが条件になっておるのじゃ。一緒に緑ヶ島に行ってはくれぬか。いますぐとは言わんから」

「今すぐには答えられないよ……」

「悪い話じゃないと思うがの……組織の中には、もっと強硬論を主張する者も多い。これでも、ワシ頑張ったのじゃぞ」


 そうだ……もっと強硬論を唱える人だっているんだ……。もし、ルリ達が塀の中に強制隔離なんて事になったら。

 そんなことになるくらいなら、南の島で自由に暮らせる方が……。



「しかし、おぬしを学園に送って正解じゃったわい」

「鬼寄せとかいうスキルのことか?」


 何故自分が行くことになったのか?

 春近はずっと疑問だった。


「そんなものは切っ掛けにすぎぬ。鬼の嬢ちゃんたちが春近を慕っておるのは、おぬしが彼女らの心に寄り添っておるからじゃろ。おぬしは、ちょっと頼りなさげじゃが、相手の心を思いやる優しさはあるからの」


 ルリたち皆が幸せに暮らせるのなら――

 オレは大切な人を幸せにしたいだけなんだ。


「一番の問題は、あの人数相手にエッチして、春近の体が持つかが心配なのじゃが。やり過ぎ注意じゃ!」

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 最後で台無しである。


 こうして、楽園計画は着々と動き出した。

 果たして春近の運命は? まだ先の見えない荒野の中にいた。

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