第109話 法師再び

 春近達を乗せた車は、途中休憩で高速道路のサービスエリアに寄る。

 それぞれ車から降りて手足を伸ばしている中で、遥だけ浮かない顔をしていた。


「遥ちゃん、大丈夫? 車に酔っちゃったの?」

 ルリが優しく声を掛ける。


「いや、酔ったのは車じゃなく、キミらのエッチな声にだよ……」


 約一時間ほどもルリたちのイチャイチャエチエチな会話や嬌声きょうせいを聞かされ続ければ、遥かでなくとも疲れるというものだろう。これは一体何の拷問だよと言いたくなるくらいに。

 春近に好感を持ってた遥だけに、余計に腹が立ってくる。



「飯綱さん、大丈夫?」

「ふんっ、春近君なんか嫌い!」


 春近が心配して声をかけたが、冷たくされてショックを受けた。


「ううっ、また嫌われてしまった……」


「ハル、元気だせよ」

 咲が春近の背中をぺしぺし叩いて励ます。


「はぁ、オレこんなのばっかり……」


「アタシは久しぶりにイチャイチャ出来て楽しかったけどな。やっぱりハルとは毎日くっついてたいし」

 咲は春近の腕に抱きついてスリスリする。


「咲……」

「ハルっ」


 二人が見つめ合っていると、ちょうど時計の針が十二時を指し日付が変わったことを知らせる。

 春近は建物入り口にある時計を見て、日付が二十四日になったのを確認した。


「この分では今日中には戻れないな……。クリスマスパーティできなくて残念だったね」

「はぁ、ハルと一緒にクリパしたかったな。」



 始めて好きな人と過ごすクリスマスが消滅し春近と咲が感傷に浸っていると、何かの気配を察知した遥が声を上げる。


「気を付けて! 何か来る!」

「えっ、何っ?」

「強い呪力を感じるの。私の管狐くだぎつねが何かを感知したから」

「呪力? 殺生石じゃないのか?」


 レーダーのように伸ばしている遥の管狐の結界に何かが掛かったようだ。


「いったい何が。マズい、ルリがトイレに行っていていない。オレが皆を守らないと!」


 ルリがいなくなったのを狙ったかのようなタイミングに、春近の体に緊張が走る。



 スゥゥゥゥ――――


 それは、暗闇の中から突然現れた。

 想定外の場所で想定外の人物に再会である。

 そして、誰もが思った……最も会いたくない人物だと。


「くっくっくっ、其方そなたら久しいな」


 それは、見た目は若いようでいて話し方や仕草は老人のような、丁寧なようでいて不遜な態度のような、一度会ったら忘れられない印象の男――――



「なっ! 蘆屋あしや満彦みつひこ! 何故、ここに!」

 春近は咲を守るように前に出る。


「あ、ああ、蘆屋……満彦……」


 遥が恐怖からか足が震えている。呪いで使役された時の恐怖が甦ったのだろう。



 春近は一瞬だけトイレの方角を見てから、二人の少女を庇うように満彦と相対した。


 どうする……。

 ルリがいないと戦力が……。

 ま、まさか、こんな強敵が現れるなんて。


「おい、今回の事件はお前の仕業だったのか?」


 取り敢えず時間を稼がないと。春近はそう考え満彦に話しかけた。


「くっくっくっ、残念ながら我は関与しておらぬ。外が面白そうなことになっておったからな。牢を出てきたまでのことよ」


 どうなっているんだ……何でコイツが勝手に動き回っているんだ?



 ズドンッ! ボゴッ!


 その時、満彦の足元の空間が突如えぐられるような現象が起きた。

 満彦は後ろにジャンプしてギリギリでかわす。


「ほうほう、危ない危ない」



「ハル、大丈夫!」


 トイレから戻ったルリが駆け付けて前に出る。

 少し離れた所から、呪力で空間を制御し満彦の足を狙ったのだ。


「くっ、蘆屋満彦! ハル、コイツ潰そう!」

 ルリは満彦を睨んで攻撃態勢に入る。


「ルリ、ここは人が多い。派手に呪力を使うのはマズい」


 深夜とはいえ、まだサービスエリアには一般人や大型トラックのドライバーなど人が出入りしている。こんな場所で大立ち回りをすれば人の目について都合が悪いだろう。



「まあ、慌てるでない。我は敵対するつもりではないのでな。良ければ共闘してやっても良いと思っておる」


 満彦は予想外の言葉を発した。


「そ、そんな言葉には騙されないぞ! 協力すると見せかけて、石を奪って自分のパワーアップに使おうとか思ってるだろ!」


「ギクっ!」


「ちょまて、今、ギクっって言ったぞ。明らかに怪しい。やっぱり絶対信用できないな」



 戦うのか逃げるのか迷っているところに、ルリは予想外の暴露をする。


「ハル、今のうちに潰しとこうよ。コイツ、私のおっぱい触ろうとしたし」

「ななな、なんだとぉおおおおっ! ルリの、お、おっぱ……よし潰そう!」


 おっぱいの恨みで、ルリとハルの意見が一致した。ルリのおっぱいは誰にも触らせたくない春近なのだ。



「くっ……抜かったわ、この淫魔のような鬼の色香いろかに惑わされた己に腹が立つ」


 満彦は、己に腹を立てているようでいて、ルリを淫魔呼ばわりして何気に酷い。

 だが、ルリが淫魔サキュバスっぽい見た目をしているのは誰もが認めそうではあるが。



「おーい、キミたち! 大変だ! 今、本部から連絡が入って、蘆屋満彦が……って、ここにいたあああ!!」


 捜査課三善が休憩から急いで戻って来たが、目の前の蘆屋満彦を見て卒倒した。役に立たない陰陽庁職員のようだ。



「一体どうやってここに来たんだ?」

 春近は、卒倒した三善を無視して話を進める。


「そんなもの、高速バスに決まっておるわ!」

「は?」


 いや、そういうことじゃなくて、何でここが分かったのか聞きたいのに……

 高速バスで移動する陰陽師って何なんだよ……



「ふっ、我は一旦引くとするかの。また会おう」

 そう言うと、満彦は暗闇の中に消えて行った。



「何をしに来たんだ……今回の事件と関連があるのか……」


 誰に言うでもなく春近が呟くが、本来説明するはずの三善は腰を抜かしたままである。




 春近は卒倒している三善を起こして状況を説明した。


「三善さん、何でアイツが勝手に出歩いているんですか?」


「そ、そうそう、そうれんだよ。先程本部から連絡が入ったんだけど、蘆屋満彦が陰陽庁の特殊監獄から脱走したそうだ」


 三善の話によると――――

 クーデターの件では満彦の名前は公表されず、通常の裁判などは開かれずに陰陽庁管轄により投獄されていたとのことだが。

 満彦は呪術的犯罪者を閉じ込める特殊な牢から、自力で結界を破って脱走したというのだ。

 メモ用紙に自分の血で書いた呪符を作り、その呪符の式神で牢の中に身代わりを置き発見を遅らせていた。


「うーん、これは杜撰ずさん過ぎる。脱走して何時間も気付かないなんて」

「その件は申し訳ない。殺生石の件で人手を取られていたようで……」


 三善に言っても仕方がないが、愚痴の一つも言いたくなるものだろう。



「殺生石の件で大変な時に、あんな厄介なヤツまで出てきてしまって、どんどん状況が悪くなってるじゃないか……」


 でも、さっきはオレも潰そうなんて言っちゃったけど、ルリには人を傷つけて欲しくないんだよな。

 普通の女の子で居て欲しいから――――




 再び車に乗って高速道路を走りだす。

 蘆屋満彦の登場により、最初のエチエチ気分は何処かに吹き飛び、今は皆静かに車に揺られている。


「蘆屋満彦は平安時代の強い陰陽師の力を受け継いでいるから……彼くらいの呪術使いになると呪符や式神を使って私達を尾行するくらいできるのかも」


 静かだが確かな口調で遥が言う。


「じゃあ、今も後をつけられているのか?」


「私も管狐で一応周囲を警戒しておくけど」


 管狐の探索範囲を更に広げたのか、遥は何かを念じるようにしている。


「飯綱さん、あまり無理はしないでね」

「うん、分かってる」



 飯綱さん、さっき怖がってたもんな。きっと、クーデターの時に怖い目に遭ったからだと思う。

 やっぱりオレが……オレに力があれば。



 皆が沈黙して重苦しい車内に、恥ずかしそうにモジモジした咲が呟く。


「ハル、どうしよう……アイツに呪術で尾行されてたなら……。アタシがエッチなおねだりしてたのとか見られてたかも」


「ぶふぁっ! そ、それは大丈夫じゃないかな? そこまで詳しくは見られないと思うよ。知らないけど……」

 咲、すでに飯綱さんや三善さんに見られてるよ――


「ハル、私もエッチなことは我慢するね!」

 ルリが元気に宣言する。


「すみません、エッチは帰るまで我慢して下さい」


 運転している三善に釘を刺された。



 春近たちはエッチを我慢したまま、殺生石の封印地点に向かう――――


 本来なら、皆で楽しく冬休みやクリスマスを満喫しているはずだったのだが、運命はそれを許さず試練ばかりを与えてくるようだ。

 今年の残り一週間が、いまだ混迷を深めた闇の中へと向かっていた。

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