第98話 ピンクのツインテール
文化祭も終わり、再び日常が戻って来た。
が――――
戻って来ていない人が一人。
そう、鞍馬和沙であった。
「私は……公衆の面前で……なんて、破廉恥なことを……」
恋愛には人一倍関心が強いが古風な考えを持ち、人前でイチャついたりするなど言語道断だと思ってきた和沙である。
自分は絶対に軽薄な人間にはならない。そう自分に言い聞かせてきたのである。
それが、多くの人が見つめる檀上で、有ろう事かキスをしてしまったのだ。
和沙は、羞恥心と自己嫌悪の中を
「ああああああ……」
何度叫んでも時間は戻らない。
「お、おはよう……鞍馬さん」
春近が教室に入り挨拶をする。
「うわあああっ! つ、土御門……」
「そんなに驚かなくても」
「ううっ、貴様なんてことをしてくれたんだぁぁぁ」
「したのは鞍馬さんでしょ」
「そうだったあああっ!」
混乱気味の和沙だ。
鞍馬さん……何だか壊れ気味だけど、大丈夫かな……?
キスシーンの演技でテンパってしまい、あんな事をしてしまったんだよな。
何とか元気づけてあげたい。
春近は彼女を元気づけようと考える。
「鞍馬さん、大丈夫だよ。この学園は校舎内でキスしまくってる子がいっぱいいるから(主にルリや咲や渚様だけど)」
「うわああっ、私も同類だったのかぁぁぁ」
逆効果だった――――
「和沙ちゃん、やっぱりハルが好きだったんだ」
ジト目のルリが言う。
「アタシの言った通り、もう堕ちてただろ」
そこに咲まで参戦してしまう。
「違うから、そんなんじゃないからぁぁぁ!」
やっぱり和沙は走って逃げてしまった。
やめたげて! 鞍馬さんのHPは、もう限界なんだよ!
――――――――
昼休みの屋上。和沙は景色を眺めながら溜め息をついている。
何度か天音と二人で並んで見た景色だが、今は三人で並んで眺めていた。
「はぁ……どうしてこうなった……」
和沙は何度目か分からない溜め息をつく。
「あはっ、まさか和沙ちゃんまで彼を好きになっちゃうなんてね」
天音が
「ちがっ、違うから! 好きになってなんか……」
「ムキになる所が余計に怪しいのよ」
「ううっ……」
天音に言い負かされてしまう和沙。あんなキスを衆人環視の中でしてしまったのだ。何も反論はできない。
「………………」
並んでいるもう一人の一二三は、さっきから黙ったままだ。
「一二三はどうなんだよ?」
「……ん」
和沙の問いかけに、一二三は肯定なのか否定なのか分からない返事をした。
「ルリ達が騒いでたぞ。お化け屋敷で土御門を取られたって」
もう一度、和沙が問いかけてみた。
「…………彼は、好印象……威張らないし、優しい……」
「あれっ、やっぱそうなのか? というか、一二三変わったよな。土御門と会ってから喋るようになったし」
「……そう?」
「そうだよ」
一二三、自分で気付いてないのか? 前は必要事項以外は全く喋らなかったし表情を顔に出すことも無かったのに、あの件からは普通に喋るし彼と会っている時は微かだが表情が変化しているじゃないか。
あんなに楽しそうに話す一二三なんて、今まで見たことがなかったぞ。
和沙は色々と言いたいことがあるが、口には出さなかった。
「あーあ、まさかこんなにライバルが増えるなんてね。失敗しちゃったな。何であんなことしちゃったんだろ」
天音が
最初が最悪だった。
ちょっとからかってやろう、彼の初めてを奪ってやろう。純粋な男子を私が汚してあげたい……。そんな理由だったのに。
まさか、本気になってしまうだなんて思っていなかった。
天音としては、タイムマシンで過去に戻って、もう一度出会いからやりなおしたい気分なのだ。
「はあ……」
和沙の隣で天音も溜め息をついた。
三人が屋上で物憂げに景色を眺めている頃――――
思い人の春近は学食にいた。
「ふっ、今日は週一回の特別な日。なんと、あの限定の納豆アボカド鯖カレー丼定食の日だぜーっ!」
変なテンションで春近が食券を買おうとする。
「うえっ、あれメッチャ不味いって評判なのに、やっぱりハル変わってんな」
ウッキウキの春近に、すかさず咲がツッコミを入れる。
個別に食えば美味しいのに、何故全部混ぜてしまったのだと言わんばかりだ。
「何言ってんの、あの刺激的で独創的な口の中で混然一体となるハーモニーが良いんだよ」
「ハルが変態すぎて付いて行けねぇ……」
春近が券売機のボタンを押そうとすると、納豆アボカド鯖カレー丼の所に売り切れのランプがついていた。
「あれ? 押せないぞ。え、売り切れ……?」
「ごめんねぇ、今売れた分で無くなっちゃったのよ。元々不人気なので少ししか用意できなくてねえ」
調理場のオバサンが声をかけてきた。
「えっ、売り切れ……オレ以外にアレ食べる人がいたんだ……」
「おい、ハルがそれを言うのかよ!」
これには咲も呆れた顔だ。
しかし、呆然とする春近の前で、納豆アボカド鯖カレー丼定食を受け取る女子の姿が目に入った。
「えっ、あのピンクのツインテールに不思議なアクセサリーを付けた髪型……一度見たら忘れられない変な女子は」
目の前で納豆アボカド鯖カレー丼を持つ少女に、つい春近は本音が漏れてしまう。
「変とは失礼」
ピンクのツインテール女子、
「ご、ごめん……納豆アボカド鯖カレー丼が売り切れたショックでつい」
「アナタもコレが好きなの? ふふっ、変な人」
「おい、それはお互い様だろ」
おかしな流れで一緒に昼食をとることとなるメンバー。
普通のカレー丼を注文した春近なのだが、目の前で納豆アボカド鯖カレー丼を食べる黒百合が気になって仕方がない。
むむむ、食べられないと思うと余計に気になるな。愛宕さんが美味しそうに目の前で食べているのを見ているだけだなんて。
次に食べられるのは一週間後なんだよな……
あれ、何か愛宕さんが、オレの方をチラチラ見ているような?
「ふんっ、さっきからジロジロ見られて食べにくい!」
黒百合に文句を言われた。
「ごめん。確かに食べるところをジロジロ見られたら食べにくいよな」
「そんなに食べたいのなら、一口だけ食べさせてあげる」
そう言って黒百合はスプーンを春近の前に差し出す。
「えっ、えっ、これって……か、間接キッス」
今まで何度もルリたちとキスしまくっているのに、間接キスの一つや二つでドギマギしてしまう春近なのだ。それがドーテーというものなのである。
「ハルぅ、これはどういうことかな?」
横で咲が春近を睨む。
「えっ、これは、やましい気持ちは無くて、純粋に納豆アボカド鯖カレーを……」
「もうっ、面倒くさい! 早く食べる!」
黒百合は無理やり春近の口にスプーンを押し込んだ。
「もがっうぐっ、おおっ! この芳醇な味わい! まろやかな
「そう、この鯖にアボカドが溶け合いカレーの香辛料と合わさった美味なる味わい。納豆の粘り気も加わった
春近と黒百合が二人で不思議な食レポを繰り広げる。
「何だ、コイツら……」
咲は二人の変態チックな味覚に付いて行けない。
「おまたせ~ あれ?」
おかしな食レポの真っ最中に、ルリが遅れて合流してきた。
かつてない不思議な組み合わせに戸惑う。
「あっ、ルリ、券売機の所で愛宕さんと一緒になったから」
「ふーん……」
少し警戒感を持つルリだ。
「ふふんっ、今日は天音がお熱の春近と話せて良かった。予想通りの変な男で気に入った」
黒百合がドヤ顔で胸を張っている。
変と言われるのは嫌なのに、春近の事は変な男だと思っているようである。
「えっ、天音さんが」
「いつも春近の話ばかりしている。誤解されやすいけど、根は良い子なので優しくしてあげて欲しい」
それとなく天音のフォローをしているのを見るに、奇抜な見た目の割に性格は良さそうだ。
「うん、分かってるよ」
「あっ……そういえば、春近の貞操を狙ってるみたい。良かったね」
「「「ぶふぉっ!」」」
黒百合の発言に、三人揃って吹いてしまった。
ルリと咲は、とんでもないライバルが参戦してきたと警戒感を新たにする。
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