第71話 転校生

 楽しかった夏休みも終わり、今日から新学期に入る。クラスの中でも、夏休み明けから付き合い始めた者、何かを急にデビューしてしまった者など、色々と変化の生じる季節なのだ。


 春近は我が身を振り返り、ルリだけでなく渚にまで告白してしまい、このままでは本当にあいちゃんの言うように全員と付き合う事になるのではないかと思ってしまう。

 本当にこれで良かったのかと自問しても、もう後戻り出来ない所まで来てしまっている気がするのだ。


 そんな事を考えていると、担任が教室に入って来た。


「突然ですが、今日は転校生を紹介します」


 んっ? 急に転校生だと?

 何で、こんな時期に……



 担任に呼ばれて入って来たのは、男女二人もの転校生だった。

 特に先頭で入ってきた男は、見るからに怪しい風体をしている。


蘆屋あしや満彦みつひこと申す、其方そなたら見知り置くように!」



 見た目は若者なのに話し方は時代劇のような男だ。

 背が少し高めで痩せており、目つきが鋭く何やら怪しい雰囲気をしている。


 なんだコイツ?

 やけに偉そうだな。

 喋り方も変だし……


鞍馬くらま和沙かずさです。よろしくお願いします」


 もう一人は女子だった。

 見た感じで、活発そうというか生命力溢れるというか、不思議な印象の少女だ。

 少し日焼けした体にショートヘアが似合っている。

 最初の男子とは、色々と正反対に見えた。



「転校生か……」

 春近が呟く。


 こんな時期に転校生だなんて怪しすぎる。陰陽庁と繋がりのある学園だけあって、やはり何か訳アリなのだろうか……。

 特に、あの男は……何だか分からないけど嫌な雰囲気がするぞ。


 ――――――――





 休み時間になると、栞子が緊急と称して皆を集め屋上へ連れて行く。

 少し重苦しい表情をして歩く栞子の後ろを、ルリ達と一緒に付いて行った。

 屋上に出ると、他の子も集められていて全員が揃う。



「皆さん、十分に気を付けて下さい」

 屋上に入ると、栞子が突然話を始めた。


「今回の転校生……陰陽庁絡みで何か裏が有るようです。A組に蘆屋あしや満彦みつひこ鞍馬くらま和沙かずさの二名。B組に大山だいせん天音あまね愛宕あたご黒百合くろゆりの二名。C組に比良ひら一二三ひふみ飯綱いづなはるかの二名。これが偶然とは思えません。女子生徒は酒吞さん達のように、何らかの力を持っていると見ていいでしょう。そして、蘆屋という男……確証は有りませんが、嫌な予感がします」


 確かに、同時に六人もの転校生というのは不自然すぎるだろう。


「現在、陰陽庁の方も意見の相違により内部分裂状態にあるらしく、今回の転校生も長官のあずかり知らぬ所で勝手に行われているようなのです」


「えっ……また何か問題が」

 春近が呟く。


「今回は今までとは違って、目的が不明なだけ危険性が高いのです。わたくしや四天王にも何も知らされておりませんから……」


「陰陽庁が内部分裂状態って……目的や正体不明の転校生……何でこんなことに。せっかく穏やかな学園生活が送れると思った矢先に……」


 心配する春近に、ルリが自信満々で胸を張る。


「大丈夫だよハル! 何かあっても私がいるから」


「ルリ……」


 確かにルリは凄く強い。

 どんな敵が来ても軽く潰してしまうかもしれない。

 でも、ルリには普通の女の子として幸せになってほしい。

 陰謀や争いに巻き込まれて、ルリが傷つくのは見たくないんだ。




 それから教室に戻り授業を受けるが、内容は全く頭に入ってこない。

 春近は、栞子の話が頭から離れずにいた。


 夏休みは、あんなに楽しく過ごせていたのに、新学期初日からこんな気分になってしまうなんて――――



 

 放課後になり春近が寮の自室に戻ろうとしていると、ルリが一人で校舎側に歩いて行くのを見掛ける。

「ルリ、どうしたんだろ? こんな時間に……」




 ルリは一人で何とかしようとしていた。

 春近たちに危険が及ばぬよう、自分一人で解決しようとしたのだ。


「あの、蘆屋とかいう男……ずっと私を見ていた」

 ルリが呟く。


「たぶん、私を狙っている。ハルや咲ちゃんを巻き込むわけにはいかない。私が一人で倒しちゃえば解決するんだから……」


 視線を感じる……

「そうだ、あの時と同じように裏庭に行こう……あそこなら人も居ないし……」



 ルリが裏庭に入ると、待ち兼ねていたかのように蘆屋満彦が立っている。

 まるで、知らず知らずのうちに、この男の意図によって誘導されていたかのようだ。


「くっくっくっ、お待ちしていましたよ、最強の鬼!」


 蘆屋満彦がルリに語り掛ける。

 ルリが鬼という事も知っているようだ。


「もうっ、何なの!」


「其方には悪いが……我が大願成就たいがんじょうじゅの為、最強の鬼の其方はにえとなってもらう」



「なに言ってるのか全然わかんないけど、敵対するってことなら倒しちゃうから!」


 会話は嚙み合っていないが、危害を加えようとしていることだけはルリにも理解できた。



 ズバババババッ! バチッ! バリッ!

 ルリは呪力を開放した。

 周囲の空間が歪みプラズマのような青い光が迸る。

 これは逃れようのない完全な決定された勝利だ。


 ルリの前に立ち、ルリの声を聞き、ルリの瞳で見つめた!

 空間を支配し、呪力の乗った声と視線、もはや蘆屋とかいう男に一片の勝機も無い!


 そのはずだった――――


「ほほう! これは凄まじい! ここまで強大な呪力とは! くっくっくっ……ふはははははっ!」


「そ、そんな……」

 動いている……この男は、私の呪力を受けて動いている……


 蘆屋満彦は呪文のようなものを唱えながら近づいてくる。

 この男は普通じゃない! 普通の人間じゃない! 私の呪力を打ち消す別の呪力? 魔法? 何か不思議な力を使っている!

 まずい、今までは相手を殺さないように手加減していたが、この男相手には手加減している余裕は無い。

 本気で戦わないと。


「くっ! 本気で行かせてもらうから!」



 その時、別の転校生の少女が何かを引きずって現れた。

「満彦様、この女が仲間を呼ぼうとしていたので捕まえました」


 ルリが視線を向けると、引きずられているのは栞子だった――――

「なっ……」


 栞子は隠密スキルでルリの後をつけていた。ルリが蘆屋満彦と戦闘になったところで四天王を呼んで加勢させようとしたが、転校生の一人である大山天音に見つかって捕縛されたのである。


「なんだ其奴そやつは! 邪魔だ、始末しろ!」

「はい!」


 ルリと栞子に緊張が走る。

「い、いや! やめてえ!」

 栞子が叫ぶが、大山天音は手を栞子の額に当て何かの呪文を唱える。


「やめろ!」

 ルリが止めようとするが、蘆屋満彦が呪文のような力を向けてきて、それを食い止めるのに精一杯で動けなくなる。


「やめてぇぇぇ! いやぁぁぁ!」

 大山天音は、泣き叫ぶ栞子にだけ聞こえるように小声で「大丈夫、殺さないから。少し眠ってて」と言うと、神通力を使い栞子の頭を打つ。


 スパァーン!

「ひぐぅ!」

 栞子は動かなくなり、硬直した体勢のまま地面に倒れた。


「満彦様、始末しました!」

 何食わぬ顔で事を終わらせた天音が蘆屋満彦に報告する。



「う、ううっ……うわああああああああ!」


 ルリは激怒し、その男を攻撃する。

 空間を捻じ曲げるほどの呪力を乗せて拳を突き出した。捻じ曲げられた空間と共に、周囲の物質が破壊されるほどの本気の攻撃だ。


 ギュワァアアアアァーン!

 ズドドドドドドドドドドドドォォォォォン!!


「ぐおおおおぉぉぉぉ!」

 蘆屋満彦は強烈な呪力を正面から受けた。





 春近は寮を飛び出て走っていた。

 何か胸騒ぎがする――――

 校舎側に一人で歩いて行くルリを見て、何か嫌な予感がしたのだ。

 何故だか分からないけど、今追いかけなければルリに二度と会えなくなるような気がした。


 ルリ、何処に行ったんだ!

 その時、校舎の裏庭辺りから悲鳴が聞こえた。

「何だ、今の悲鳴は……」


 春近は悲鳴の聞こえた裏庭へと走った――――





 ズゥゥゥゥゥゥーン!


 土煙が巻き上がる。

 凄まじい衝撃波で周囲の木々が折れ校舎のガラスが割れた。


 ルリは今まで使ったこともない強い力を行使した。

 それは、ダンプカーのような大型車両でも簡単に破壊しそうな、住宅なら簡単に倒壊させそうな、いずれにせよ人間に使えばバラバラの肉片になるであろう力だ。

 栞子が倒れるのを見て、ルリの中のリミッターは完全に外れていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 やったか? 殺してしまったのだろうか……?



 土煙が収まると、そこには服がボロボロになった蘆屋満彦と、それを守るように前に立ち塞がる三人の少女が現れる。


「くっくっくっ、よくやった、我の使役する天狗たちよ!」


 満彦が天狗と呼んだ少女達、鞍馬和沙、愛宕黒百合、比良一二三、の三人が満彦の前に立ち、天狗の神通力を行使してルリの超強力な呪力を防いだのだ。



 事ここに至り、ルリは理解した。

 ハメられた。

 最初から私たちと同じような強い力を持った少女を何人も用意して、私を一人で誘き寄せる計画だったんだと。


 ルリは圧倒的に不利な状況に追い込まれ立ち尽くした――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る