第70話 花火大会

 強い日差しがジリジリと照り付け、道路のアスファルトの熱で陽炎かげろうが揺らめいている。

 街行く人々も暑さを避けようと、涼を求めて足早に店や建物に入って行くようだ。


 春近は、ルリと咲を連れ駅前商店街に買い物にきていた。

 とにかく猛暑日で歩いているだけで疲れるが、ルリが楽しそうにしているのを見て春近は来て良かったと思っている。


「ハルぅ、これ面白いよーっ!」


 ショッピングセンターに入ると、色々と珍しいグッズを求めてルリのテンションも上がっているようだ。何やら変なキャラクターのマグカップを選んでいる。



「ハル、ルリが楽しそうで良かったな」

 横にいる咲が話し掛けてきた。


「うん、そうだね。居なくなった時は本当に心配したけど、また皆でこうして遊べるようになって良かった」


 咲は、春近の言葉に、昔を思い出すような顔になる。

「ルリは……小さい頃、こんな風に遊んだり普通の人が当たり前にやってきたことができなかったから……」


「咲……」


 咲の言葉に、春近は胸が締め付けられる思いがした。

 これまで辛い子供時代を歩んできたルリに、これからはずっと笑っていて欲しいと思う。




 買い物も終わって、春近達はフードコートで休憩をすることにした。

 ルリは色々と買い物をしたようで、何やら袋の中をゴソゴソとやっているようだ。


「はい、ハルにプレゼント!」

 ルリが綺麗にラッピングされた袋を手渡してきた。


「えっ、ありがとう。あれ、誕生日ではないけど?」

「いつもお世話になってるから、お礼の気持ちだよ」

「あ、ありがとう。嬉しいよ」


 嬉しい……ルリからプレゼントを貰えるなんて。

 女の子からプレゼントを貰えるなんて、今まで殆ど無かったから嬉しすぎる。

 それが、好きな子からのプレゼントだと思うと喜びもひとしおだ。



「はい、咲ちゃんにも」

 ルリが咲にもプレゼントを渡す。


「えっ、アタシにもくれるの?」

「うん、三人でお揃いだよ」


 袋を開けてみると、先ほどルリが選んでいたマグカップだった。同じデザインで三種類のキャラクターが、それぞれ描かれていている。


「ありがとうルリ。大切にするよ」

「へへぇ、ありがとな、ルリ」


 春近も咲も喜んでいて、皆で笑顔になった。

 心の中に温かいものが込み上げてきて、幸せな気持ちでいっぱいになる。


 ――――――――






 学園に帰ろうと商店街を歩いていると、ルリが何かを見つけて立ち止まる。


「ルリ、どうしたの?」

 ルリは地元の花火大会のポスターを見つめていた。


 春近は、咲の言った『普通の人が当たり前にやってきた事が出来なかったから』という言葉を思い出す。


 そうだ、そうだよな――

 ルリには今まで出来なかった事を、思う存分に経験して欲しい。


「花火大会やるんだ。皆で一緒に行こうよ」

 じっとポスターを見つめるルリに、春近が声をかけた。


「行きたいっ!」

 ルリのテンションが上がった。


「いいな、アタシも行きたいと思ってたんだよ」

「咲ちゃんも一緒に行こっ!」

「ああ、浴衣とか良いよな」

「私も浴衣着たい」


 二人が乗り気になって、浴衣で盛り上がっている。


「良かった……喜んでくれて……」


 春近は楽しそうにはしゃぐ二人を見守っていた。


 ――――――――





 そして花火大会当日――――


 街には数多くの提灯が飾られ山車だしが練り歩き、道沿いには色々な出店が並び美味しそうな匂いが流れて来る。


 通り過ぎる人達も、皆浴衣に身を包み楽しそうに歩いて行く。子供達が、お面を頭に付けリンゴ飴や綿菓子を持って、笑顔で親に手を引かれて歩いて行く。


「こういうのもたまには良いよな……」

 今まで、こんな何の変哲もない日常の風景など気にも留めていなかった春近だが、今日は不思議と通り過ぎる人達を見ながら感慨深い気持ちになってしまう。



「ハル、どうかな?」

 ルリが浴衣をヒラヒラと見せてくる。


「凄く似合ってるよ。可愛い」

「ハルぅ!」

 抱きつかれた。


 ルリは赤い椿の柄の浴衣を着ている。胸が大きいので胸元の谷間がクッキリ深く見えていて、目のやり場に困る。



「おい、ルリばっか見てんなよ」

「さ、咲も可愛いよ」

「どうせアタシは……え、かか、可愛い……うん、ありがと」


 咲は照れて真っ赤な顔になり、春近の袖を掴んできた。ピンク地に撫子の柄の浴衣は、普段のヤンチャな感じとは違ってお淑やかで可愛く見える。



「まっ、あたしが一番よね!」

 ここに自信満々で浴衣の袖をひらりとさせる美女が一人。言わずと知れた女王渚である。


「ななな、渚様! とっても可愛いです」

「は、はは、春近……そんなにあたしを興奮させて……どうするつもりよ!」


 何だか興奮して壊れ気味な渚だ。


 赤い牡丹が描かれたゴージャスな浴衣を着ている。ただでさえ派手な見た目な渚が、更に豪華絢爛ごうかけんらんに見えて目立ちまくりだ。



「はるっち、うちの浴衣はどぉ~?」

 大胆に脚を出した変わった浴衣を着ているのがあいだ。


「あいちゃんも似合ってて可愛いよ」

「ありがと、はるっちぃ」


 あいの浴衣は、最近の流行りなのか和洋折衷わようせっちゅうっぽい見た目でドレスのようになっている。

 これまで浴衣は伝統的な物に限ると思っていた春近だが、あいの可愛い浴衣姿を見て『アレンジも良いな』と思ってしまった。



「アリスは……可愛いね」

「今、子供っぽいって思いましたね?」

「可愛いから良いじゃん」

「それ子供っぽいのは認めてるですよ」

「ふふっ」

「笑うなです。まったく」


 アリスの浴衣は、トンボ柄が似合っている。お人形のように可愛いのだが、本人はやっぱり小さいのを気にしているのだろう。



「土御門君、わ、私の批評もお願いします」

 いつになく積極的な感じで杏子が顔を出す。


「ええっ、批評って」

「ほらほら、何かあるですよね」

「そうだなぁ」


 杏子の浴衣は、伝統的な七宝柄の落ち着いたデザインだ。

 彼女の落ち着いた感じの容姿と浴衣が完全に合っていて、髪をいつもよりアップにしてうなじが見えているのと、更にメガネ女子な所が妙に色気を出している。


「う~ん、エロい……」

「はっ、え、エロい……ちょ、なに言ってるんですか」

「あ、ごめん……変な意味じゃなく、妙に色気が出ているような」

「も、もう、土御門君ってば……」


 杏子は顔を真っ赤にしてしまった。

 普段は、こんな表情をしないので新鮮な感じだ。



「わ、私は……」

 控え目に忍も聞いてくる。


「忍さんも似合ってますよ」

「お、お世辞でも嬉しいです……」

「お世辞じゃないです! 忍さんも可愛いし、似合ってます」

「は、はい」



 菖蒲しょうぶ柄が入った紺色の浴衣を着た忍。

 最初はサイズが無いからと普段着で行く予定だったが、栞子が何処からか長身女子用を入手して貸してくれたそうだ。


「完全に忘れていたけど、栞子さんってお嬢様なんだよな……」


 その栞子だが、陰陽庁の仕事が入ったとやらで欠席になってしまった。

 誘った時は大喜びして、『旦那様から誘っていただけるなんて恐悦至極』などと言っていたのだが、行けなくなった時の彼女の落胆ぶりが不憫でならない。


「いつもツイてない栞子さんに、たまには良い事がありますように……」

 春近は夜空に願っておいた。




 このメンバーで街を歩くと、周囲の人々から凄い視線を感じる。


 それは男性だけでなく女性までもが見入ってしまっているようだ。一人一人が魅力的で個性的な彼女たちが七人も集まれば、まるで美しき戦乙女ワルキューレが行進しているかのように圧巻な眺めなのだろう。



 ルリは他人からジロジロ見られるのを嫌がっていたのだが、隣に目立ちまくる渚がいることで人の視線が分散されているようだ。ルリも少しだけ気持ちが楽になっているのかもしれない。



 ヒュ~~~~~~ドォォォン!

 花火の打ち上げが始まった。

 少し開けた場所を確保した春近が、持ってきたシートを広げて皆で座った。



「キレイ……」

「うん」


 花火は夜空に大輪の花を咲かせ、音と光が人々を幻想的な世界へと誘う。

 ルリも次々に咲き誇る光の幻想に見入っているようだ。


 ぎゅっ!

 春近がルリの手を握ると、ルリも握り返してきた。


「ハル……私、今日の事は絶対忘れないね」

「うん、オレも絶対に忘れない。そうだ来年も一緒に来ようよ」

「行きたい。また、ハルと一緒に花火を見たい!」

「うん」


「ちょっと、あたしも行くから!」

 渚が割って入る。


「じゃあ、皆で行こうよ」

「そうね、春近はあたしのモノだけど、皆で行くのも良いかもね」


 少しだけ優しくなった渚の頭をナデナデすると、体がビックンビックンとなってから春近に掴みかかる。


「あふっ♡ も、もうっ! だから、あたしをこんなに興奮させてどうするつもりよ! 我慢してるのに!」


 渚のリアクションが面白くて、一同に笑いが起きる。

 なんだか後が怖そうな気がするのだが、今は皆で楽しい時間を共有できて良かったということだ。



「そうだよな。そうだよ、来年も再来年も、また皆で一緒に……あ、今度は栞子さんも連れて……また皆で来れたら良いな」



 春近は願う。

 この穏やかで何気ない日々がずっと続けば良いのにと――――

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