第46話 それぞれの想い

 この学園で春近と出会った彼女たち。

 それぞれが複雑な感情でいっぱいだった。

 それは、今までの世間から向けられる偏見や恐れではなく、胸を締め付けるような甘く苦しい感情であり――――



 阿久良忍は悶えていた。


「ううっ……恥ずかしい……何であんな事しちゃったんだろう」


 ベッドから出て洗面台に向かった忍は、昨日の行為を思い出していた。

 冷静になって考えると、あんな恥ずかしい恰好をして、更に自分のお尻を初近に乗せるなんて破廉恥なことをしてしまったのだ。

 思い出しただけで恥ずかしさのあまり体が勝手にクネクネしてしまう程だ。

 一晩中ベッドの中でクネクネして、身体が火照ってしまい殆ど眠れなかった。


「はあああぁ~っ。どんな顔して春近くんに会えばいいんだろう……」


 もう恥ずかしさで爆発してしまいそうだ。


「でも春近くん、あんな事をしてしまったのに、優しく私を慰めてくれた」


 忍は春近の事を考えるだけで、身体の奥の方がウズウズして火照ってしまう。

 昨夜も、ふしだらな妄想をしてしまった。

 もう、春近への想いは止まりそうにない。


「はあぁ……エッチな子だと思われたらどうしよう……」


 こうして忍の悶々とした日々が始まる。




 百鬼アリスは考える。


 最近付きまとっている春近を、何度か遠くから観察してみたのだ。

 ハーレム王などというあだ名を付けられているが、無理やり女性を従わせているようには見えない。

 むしろ、ヤンチャな女子に無理やり迫られているようにも見える。


「でも、変態さんなのは本当だったです」

 ジト目になったアリスは呟く。


 たまたま空き教室の近くを通りかかった時、中から変な声がしたので覗いてみたら、まさかあんな変態プレイをしているなんて。

 しかも相手は、あの地味で大人しい阿久良忍だった。


「破廉恥です」


 クラスメイトの阿久良忍が、あんな事をするなんて思わなかったのだ。

 しかも、最強の呪力を持つ何人もの鬼の転生者が、春近に惚れているように見える。


「うっ……もしかして、彼には鬼の転生者を淫乱にする不思議な力があるのかもです」


 自分がエッチなことをする想像をし、すぐにそれを掻き消した。


「わたしは、あの男の毒牙にはかからないです!」


 そもそも、自分に近付く人間は、特殊な呪力で皆不幸になってしまう……

 それで、これまでも極力他人を寄せ付けないで生きてきたのだから。


「しかし、あの男も変わっている……強力な呪力を持つ鬼と関わっても不幸になるに決まっているのに――――」


 自分に言い聞かせるように、アリスはそう呟いた。




 茨木咲は夢見ている。


 出会いは最悪だった――――

 ルリに付きまとう悪い虫だと勘違いして、いきなりケンカを吹っ掛けてしまったのだ。

 しかも、足で踏んでしまうという、とんでもない事をしてしまった。


 何故だか分からないが、ハルを見ていると踏みたくなるようなウズウズする感覚になるのだ。


「ほ、他の女子にも踏まれてたし、きっと踏みたくなるオーラでも出しているハルが悪いんだぞ」


 とりあえず、踏みたくなるのは春近のせいにしておく。


「あああぁあ! ハルが頭から離れねぇ」


 四天王の渡辺豪に呼び止められた時、庇ってくれたのは本当に嬉しかった。

 咲は、そう思っている。

 それから何度も感情を揺さぶってくるのだから。


『何だかムカつくのに好きになってしまう』

 そんな感情なのだ。


 ゴールデンウィークの旅行では良い雰囲気になった。

 このまま付き合って、将来一緒に幸せな穏やかな暮らしが出来たのならと夢見てしまう。

 そこにはルリも一緒に居ても良いと思っている。

 ルリの不幸な生い立ちを知っている自分には、ハルを独り占めしてルリを見捨てるような事は出来ないから――――


「ううっ、アタシどうしよ……」


 大好きなのに悩み多き咲だった。




 酒吞瑠璃は焦っていた。


『どんどんハルを好きな人が増えてゆく』


 これまで、仲の良い幼馴染の咲となら三人で付き合っても良いと思ってきた。

 咲は、幼少の頃からずっと一緒だった大切な人だからだ。

 しかし、最近はライバルが増えてきて、誰かにハルを取られてしまうのではないかと焦っている。


 ルリは、昔から強力な呪力が漏れ出ていて、周囲からは恐怖や偏見の対象とされてきた為に愛情に飢えているのだ。

 最強の鬼である自分を受け入れてくれたハルに、偏執的なまでに愛情を求めてしまう。


「ハル……私は……」


 ハルの前では可愛い性格でいたいと思っているが、本当の自分は時折暗い感情に圧し潰されそうになる。

 これが鬼の呪力のせいなのか、それとも元々自分の性格なのかは分からない。


 認識操作の呪力でハルを洗脳してしまえば、ハルは自分だけのものになるかもしれない――――

 だが、それではハルはハルで無くなってしまう。

 ハルは誰に対しても優しい。

 その優しさを自分だけに向けさせたい。


「こんな事を考えてる私を、ハルには絶対知られたくない……」


 まだ彼に見せぬドロドロとした感情。ルリは悩んでいた。

 そして、それは更に強くなってゆくのだ。





 それぞれの想いが交差し、春近を廻る関係は混迷の度合いを深めてゆく。


 陰陽庁新長官である春近の祖父が提唱した、特級指定の鬼の転生者を虜にして調伏ちょうぶくするという計画も、成功するか否かも誰も分からないままである。



 陰陽庁が特に恐れているのは、ルリや渚のような精神に作用する呪力を持つ者と謎の呪力のアリスであった。

 もし、国家中枢に関わる人物が洗脳や強制で操られたら、国家転覆や戦争にもなりかねないと思われていた。


 果たして、鬼の少女達の恋愛がハッピーエンドを迎えるのか、はたまた悲恋で終わるのか、この時の誰もが予想さえ出来なかった。


 そして、季節は青空と白い雲とのコントラストが強い初夏へと移っていた――――

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