第10話 幼き日の記憶
春近はルリと咲を連れ、人の居ない校舎裏まで移動した。
栞子や杏子からの話を自分なりに
ついでに『オレは変態じゃないよ』と釈明した春近なのだが――
ニヤニヤ笑っている咲と、何だか笑いをこらえているような表情のルリを見ると、完全に変態だと思われているみたいだ。
生徒も居なくなった校舎裏まで行き、春近は話を切り出した。
「実は話があって……」
「なんだよ、急にマジな顔して」
咲が怪訝な表情をする。
「先日の渡辺先輩との件にも関係するのだけど……」
「えっ……」
咲が身構える
「聞いたんだ。先輩たち四天王と鬼の末裔の事情を……」
静かに春近が話し出す。
「――――聞いちゃったんだ……アタシらが鬼の末裔だって事を」
咲の表情が急速に曇っていく――――
そうだ、いつもそうだ、アタシが鬼の家系だと知ると、皆こぞって離れていく……
一方ルリは虚空を見つめ幼き日の記憶を思い出していた。
十年前
千年の廻り合わせによる運命で、鬼の転生者として強力な呪力を持ち生まれた幼き日の酒吞瑠璃は、その強大な呪力を制御できないが故に家の中で外に出ることなく育ってきた。
座敷牢のような部屋が彼女の世界だった。
そんな狭い世界で、たまに訪ねてくる同じ鬼の転生者の咲だけが友達だった。
咲は、外の世界の事を色々と話してくれた。
夏は水を飲まないで走り回っているとネッチュウショーになってしまう事、冬は道に張った氷を踏むと滑る事、トラックに気を付けないと異世界に行ってしまう事……
ある日の事
「駅前にショッピングモールができたんだって。そこのケーキがすごくおいしいんだよ！ ルリちゃん！ いっしょに行こう！ ほら、おこづかいをためてお金もあるよ！」
「でも、外に出ると怒られるし……」
ルリは親の言いつけを守ろうとする。
「だいじょうぶ！ こっそり出れば分からないよ」
それは咲なりの優しさだったのだろう。
いつも部屋の中で寂しそうなルリを元気づけようとしたのかもしれない。
二人は屋敷を抜け出しショッピングモールまで出掛けた。
呪力が漏れ異様な雰囲気のルリを見て、街行く人々が奇異な視線を向けてくる。
「ちょっと、アレ、噂の鬼の子じゃない？」
「あの丘の上の屋敷の？」
「えぇ～恐い……」
人々の噂話が聞こえてくる。
「ほら、あそこの店だよ」
咲に連れられ店の前まで行く。
かわいい店構えのショーウインドウに、美味しそうなケーキの写真やサンプルが並んでいた。
「おいしそ～」
ルリは見た事もない数多くのケーキが並ぶ光景に興奮する。
「入ろっ！」
突然、店主の女性が出てきて二人を遮った。
「あ、あんたたち、ダメだよ！」
「えっ…… お金もってるよ……」
咲は貯めたお小遣いを見せる。
「と、とにかく入っちゃダメだんだよ」
――――呪いがかかったらどうするんだい！恐い子たちだねぇ！
「早くアッチに行ってくれ」
店主に追い出されてしまう。
二人は店に入る事も出来ず、来た道を手を繋いで戻る――――
現代でも人間は呪詛や怨霊を恐れる人は多い。
鬼の転生者と噂され異様な妖気を放つ彼女は、世間から恐れや偏見の目を向けられてしまうのだ。
「ケーキ食べられなかったね……」
ルリは悲しそうな顔で
「ぶぇっ、ぐすっ、うぅ……っ、ごめんルリちゃーん！」
咲が顔をくしゃくしゃにして大泣きした。
「うぁぁぁーん」
「あああぁぁぁーっ」
二人で大泣きした。
家に戻ったら親が大騒ぎして娘を探していた。
泣いている二人を見て、親は怒らずただ抱きしめるだけだった。
しかし、夜更けに両親が泣いているのを聞いてしまい、ルリは自分のせいで両親を悲しませてしまっているのだと知った。
「どうして私たちの子が……」
母親が泣きながら声を絞り出す。
「もう何百年も鬼の力を持った子供なんて生まれていなかったのに……どうしてあの子が……」
父親も頭を抱え嘆いている。
「私のせいで……」
――――幼いルリはつぶやく
虚空を見つめていたルリの目が、再びハルの顔へと戻る。
咲もハルを見つめて、彼の一挙手一投足を見守っている。
校庭に植えられた桜の花びらが風に舞う午後の日差しの中で――――
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