第100話




 この無数の岩の中から、たった一つの岩をみつけるなど、考えただけで気が遠くなりそうだ。隣で広隆が頭を抱えた。広也も途方に暮れかけたが、ふと違和感を感じて首をひねった。

 なんだろう。はっきりとはわからないが、何か間違っているような気がする。

 広隆は手前の岩から順に触ったり叩いたりしているが、どれもなんの変哲もない岩でしかない。見分けなどつかない。それを眺めながら、広也は何か見逃していはしないかと考え続けた。

(そもそも、この中に器があるのだったら、あの子供はとっくにそれをみつけているはずじゃないか?いや、そもそも器がないから幻としてさまよっっているんだ。器は失われたんだ。ここにあるはずがないんだ)

 根本的な間違いに気付いて、広也は岩の大群を睨みつけた。この岩の大群はまるで自分達を惑わせるためにあるようだ。トハノスメラミコトの器でないのなら、この岩達はただの岩か、あるいは——岩を装った化け物か。

 広也は静かに刀を引き抜くと、広隆が探っている岩の真正面に立った。

「兄さん、離れて」

 そう言って刀を振りかぶる広也に驚いて、広隆は後退った。

 広也は目の前の岩に向かって力一杯刃を振り降ろそうとした。だが、それより一瞬早く目の前の岩がぐにゃりと歪んで、瞬く間に姿を色あざやかな衣をまとった乙女に変えた。

 乙女は今しも斬りつけんばかりの広也から身をよじって逃れ、絹を裂くような悲鳴をあげて他の岩と岩の間に逃げ込んだ。すると、乙女のひるがえる衣に触れた岩もまた、同じように乙女に変わり悲鳴をあげて逃げ惑う。その衣がさらに別の岩に触れ——

 無数に立ち並んでいた岩が次から次へと乙女に変わり、広也と広隆の周囲を細い悲鳴をあげて走りまわる。

 やがて、乙女達は一体一体すうっと煙のように消えていき、全ての乙女がいなくなった時、あれほどたくさんあった岩は一個も残っていなかった。一気にガランとしてしまった広い空間に立ち尽くし、広也は刀を下げ、広隆は唖然としていた。

「器は失われたんだ。ここにはない」

 広也はゆっくりとそう呟いた。そうして、自分の言葉に激しく憤った。

(器はないだって? じゃあどうやってトハノスメラミコトをよみがえらせればいいんだ? トハノスメラミコトをよみがえらせるためには僕達が彼をみつけなきゃいけない。でも、そのためには幻に器を与え、実体を持たせなければいけない。なのに、器がないなんて!)

 広也はむき出しの刀を握ったままその場にうずくまった。考えすぎて頭が痛くなってきた。一体どうすればいいというのだろう。

「わからないよ。トハノスメラミコトをみつけるなんて、僕達には無理なのかもしれない」

 答えには近付いているはずなのに、後一歩でたどり着けないでいる今の状況が苦しくて、広也は泣き言を言った。



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