第39話
一人になると、ときわは急激に心細くなった。よろよろとたき火のそばに座り込んだ。同時に激しい後悔が胸を突き上げて、ときわは膝に顔を埋めて丸くなった。ひどいことを言った。秘色を傷付けた。殴られた頬が痛かった。誰かに殴られたのも、殴られる程誰かを傷付けたのも、生まれて初めてだった。
ゆらゆら揺れる炎が洞穴内に不気味な影を落とす。ふと、ときわはまたあの感覚に襲われた。一人だけ取り残された、不安と恐怖——。
知らぬ間に、ときわは泣いていた。そうして、泣いていることに気が付くと、どういうわけか心細さがいや増した。ときわは後から後からこぼれ落ちる涙を必死でぬぐった。さびしくてさびしくて、気が狂いそうだった。早く秘色に帰って来てほしい。
しかし、秘色はなかなか戻ってこない。もしかしたら、彼女に何かあったのではないかとときわは不安に駆られた。
(もしも、秘色がこのまま戻ってこなかったら……)
そしたら、自分はこのわけのわからない世界で、本当にたった一人になってしまう。その時のことを考えて、ときわはあらためてぞっとした。ぞっとするのと同時に、ときわは立ち上がって洞穴の入り口に駆け寄った。顔を出して、辺りを見回してみる。闇の中に立ち並ぶ木の影しか見えなかった。
ときわはごくりと唾を飲み、恐る恐る洞穴の外に出た。足音を殺して少しずつ歩を進める。
「……秘色ぅ……」
小さく呼びかけたその声に答えたのは大きな悲鳴だった。ときわは硬直した。またしても少女の声だった。緋色か——秘色か。
「秘色っ」
いてもたってもいられず、ときわは森の奥に足を踏み込んだ。
「秘色っ、どこっ」
その時、辺りを見回すときわの目に小さな明かりが飛び込んだ。秘色の持つ火に違いなかった。ときわはそちらに駆け寄った。
「ときわっ!?」
案の上、木の影から飛び出して来たのは真っ青な顔をした秘色だった。ぎんぎんに見開かれた目が必死さを物語っている。
「バカッ! なんでこんなところに来たのっ」
秘色はときわの腕をひっつかんで走り出した。
「走って、早くっ。あんた達も早くっ」
秘色が後ろを振り返って叫んだ。そのとき初めて、ときわはすぐ後ろをかきわと緋色が走っていることに気付いた。そして同時に、全身が凍りつくような恐怖を覚えた。
あの狒狒のような生き物が、一匹や二匹ではない、群れとなって彼らを追ってきているのだ。
ときわはたまらず悲鳴をあげた。
「走って、しっかりっ」
秘色の叱咤が飛ぶ。ときわは走りながら秘色の腕にすがりついた。
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