(6)

 ★人さらい


「失礼します! 頼まれていました参加者名簿を……、あっ、すみません」


 仮眠を取っていた私を起こしてしまったことを気にしたのか、部屋に入って来た若い兵士は申し訳無さそうに頭を下げた。報告に来てくれるのはいつも彼だな、と私は心の中で笑みが溢れる。その後ろには、初子が生まれたという兵士の姿もあった。


「いや、構わない」


「ノックをするべきでした」


「頼んで間もないのに、眠った私にも責任がある。昼寝を起こされて怒るほど子どもじゃないよ」


 そう言ったものの、真面目そうな若い兵士は何度か頭を下げていた。あまりくどく言えば、逆に気にするだろうと思い、私は手渡された名簿に視線を落とす。載っているのは、今夜の舞踏会に参加希する者の名前、年齢、住所だ。今夜は二番街の住人が招待されているため、記載されている住所は二番街以降のものになっている。


「ざっと百人ほどか」


「それでも少ない方です。最近は人さらいの影響で、住人は夜に出歩くことを避けるようになっていますから」


「家にじっといてくれるなら結構なことだ」


 強盗紛いな報告は上がって来ていないから、家に押し入って拉致するといったことはないと私は踏んでいた。「どうして、参加者名簿など?」と初子の兵士がこちらを除き込むようにして訊ねた。


「獣の袖引きは舞踏会の日、それも催される番地で起きている可能性が高い」


「私たちがしていた噂のことですか?」


「いや、もちろんそれもあるが……」


 私が言葉を詰まらせると、若い兵士が補足するように話はじめた。


「その見解も間違いではないと思います。兵士の中でもそういう噂は流れているからというわけではなくてですね……。犯人が何食わぬ顔で街に紛れ込もうと思えば、賑わう晩というのは都合の良いものに思えますので」


 彼も噂を真に受けることなく、論理的な思考で結論を導き出したらしい。それを上司の考えの補足として提示しているのだから、実に謙虚なことだ。


「そういうことだな。となれば、被害者は自宅と城との往来途中に行方をくらましているということになる」


「確かに、そのように考えるのが自然です」


「今回は参加者の入場と退場を徹底的に管理する。往来に使う道もなるだけ限定するんだ。等間隔で兵士を並べれば、さすがに手出しは出来ないだろう」


「確かにそうですが、」


 若い兵士が不服そうなのは、これがとても攻めの一手には思えなかったからだろう。彼の言いたいことは分かる。守っているだけでは限界が来るのだ、と。


 獣の袖引きが神隠しなどではなく、人が行っていることだとするなら、捕まえるには犯行現場を抑えなくてはいけない。防ぐだけでは犯人は一向に捕まらないのだ。つまるところ彼には、私が神隠し的なものを畏れているように見えたのだろう。


「ただ、上への報告はいい」


「女王様には報告しないのですか?」驚いたのは初子の兵士だ。彼は女王の性格をよく知っている。


「警備の方針の報告をしろと命令されたことはないからな。その辺りは委ねられているんだ」


「でも、いえ……分かりました」


 隊長に意見することは出来ないらしく、初子の兵士は押し黙ってしまう。威圧的な咳払いを私はした為だろう。一方、若い兵士はすんなりと受け入れてくれた。隊長の立場を利用するというのは気持ちの良いものではない。けれど、簡易で手間が省けるメリットもあった。


 当然ながら女王の話はデマかせだった。女王は細かい報告を望んでいたし、私の策に口出しすることもあった。それでも舞踏会の日はパーティで気が緩むのか、はたまた他国から来る貴族の男たちに夢中になるせいか、軍のことに口出しする数は減ることが多い。名簿のことを後々に詰められても誤魔化しようはいくらでもある。


「そういえば、君は先日、子どもが生まれたと言っていたな」


「そうです」


「今日は当直か?」


「いえ、この時間までです。……兵士が足りないなら喜んで残ります」


「いや、次の舞踏会が終わるまで休暇を取るといい。生まれたばかりなら大変だろう」


「ですが、」


「隣国との情勢は日に日に不安定になっていくばかりだ。次の舞踏会以降に休みの保証は出来ない。戦争になれば、国の警備に回っている兵も、かなりの数を戦場におくらなければいけないようになるだろうからな。高くはない給与で、この国の為に働いてくれている兵士たちへのせめてもの気持ちだ」


 そこまで言われると断りきれなかったのか、彼は深く頭を下げて礼を口にした。



 *



 夕方になり舞踏会が始まった。私は女王の護衛の任務のために、舞踏会の最中は彼女の近くを離れるわけにはいかなかった。今まさに人さらいが起きているかもしれないというのに、貴族たちが女性と優雅に踊る姿をずっと眺めなければいけない。女王にとって国民の命は、その程度のものなのだ。


 もちろん、一国の主が危険に晒されるようなことがあってはならない。女王の元には他国の貴族たちが挨拶にやって来る。貴族たちのそばには護衛がいて、彼らは武器を携帯している。良からぬことを計画している者がいない保証はなく、それを未然に防ぐのが軍の仕事だ。それでも、彼女が本当に守るべき存在なのかどうか疑ってしまうのは、私が人間で在るがゆえだ。軍の隊長としての義務は私の希望ではない。義務とは自分の身を守ってくれるもの。私が守りたいものは他にある。だから、義務の中で生きるのはとても居心地が悪い。


 それでも、随時報告は私のところに入って来た。こちら側が作った帳簿と参加者を照会して、参加者全員の城への入場を確認した。帰宅をするためにはもう一度、その帳簿と帰宅者の照会が必要になっている。


 その後、町の警備をしている兵士から変わったことが起こったという報告もなく、舞踏会は無事終了した。


 城の使用人たちが祭りの後片付けを行う中、若い兵士が血相を変えてやって来た。ちょうど、この間も三番街の事件を報告に来てくれたのも彼だったから、すぐに事件が起きたのだな、と私は気づいた。


「やはり起きたか」


「……はい。獣の袖引きです。でも、どうして?」


 事件が起きないようにあれほど警備していたのに、私があまり驚かないことを兵士はとても不思議がっていた。私は自分の推測が正しいことを確認したくて、「どこでだ?」と少し意地悪な質問をしてしまう。


「どこで……と言われましてもですね」


 兵士の反応は私の望んでいたものだった。満足そうな私の顔を見て、「どういうことですか?」と彼は困惑する。


「獣のしっぽを掴めるかもしれない」


「と言いますと?」


「御伽噺なんて信じなくていいって話だ」






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