第3話 正式取得

 


 小さな影が入っていった部屋へ静かに近付いて行く。


 下の階に個室がなかったのでおそらくあの先にある部屋は普通の部屋なはず。下の階にあったようなドアが沢山ある、逃げやすい部屋ではないはずなので、あそこに行けばあの影がどんな存在なのかがはっきりする……はず。

 うーん。希望的観測が酷い。


 まあ、あの影がどんな存在なのかはおおよその見当は付いているのだけどね。今追いかけているのはどちらかというと、話を聞きたいからという面が強い。


 さっき影が入っていった部屋の手前にある部屋を確認したいところだけど、確認している隙に逃げられてしまう可能性があるので後回しにする。


 なるべく相手を驚かせないよう大きな音を立てないようにゆっくりと廊下を進んでいく。


 本当に下の階とは打って変わって明るい内装だ。木の香りがするわけではないけれど、それでも何となくリラックスできるような印象を受けた。


 もしかしたらそういった効果のある素材が使われているのかも。サンライズシープの羊毛を使ったアイテムには安眠の効果が付くらしいし、似たような効果が付く素材はあっても不思議じゃないよね。現実でも木の香りにはリラックス効果があるわけだし、特別おかしなことでもない。


 そんなことを考えながら奥の部屋の入り口の前に着いた。正確に言えば部屋のドアは半開きになっているので、部屋の中が見えるか見えないかのギリギリの位置だ。


 音を立てないようにドアの隙間から部屋の中を覗き込む。

 部屋の中を確認すると中は書斎になっていた。外からの光がよく入っているのか大分明るい。部屋の左右には壁に沿って棚が置かれており、その上段には本がぎっしりと詰め込まれている。下段は戸棚になっているが、木製の戸だったので中に何が入っているのかはわからない。


「? 居ない?」


 部屋の中をゆっくりと見回してみると、いると思っていた存在は見当たらなかった。

 これは気づかないうちに逃げられてしまったのか、それともどこかに隠れているのか。


 とにかく、覗き込んでいるだけでは探すことはできないので部屋の中に入る。


 中に入ればあらためてわかる光がよく入る書斎。この部屋の木も廊下と同じ素材で作られているのか、明るくも落ち着いた雰囲気の部屋。

 現実だと本や書類が痛むから光はあまり入らないようになっているものだけど、保護魔法があるからなのかその辺はあまり気にしていないようだ。

 そして、やはりというか、下の階と同じように家具など部屋に置かれているものが傷んでいる様子は一切見られない。


 軽く部屋の中を見渡すもやっぱりあの影の存在は見つからなかった。別の場所へ移動してしまっていなければどこかに隠れているはずなのだけど。


 この部屋で隠れられそうな場所は、両脇に置かれている棚の中、あとは書斎机の下かな。

 机は正面からだと足元が見えないタイプのものだし、一番隠れやすそうな場所がそれくらいしかない。棚の中だと、パッと見えたあのサイズでは結構狭いと思う。中にものが入っていれば中に入れるかどうかも怪しいし。

 隠れるだけを考えれば狭い方が隠れやすくはあると思うけど、私がきたタイミングを考慮すれば棚の中に隠れるほどの時間があったとも思えない。

 そうとなれば机の下かな。


 隠れている場所に当たりをつけて書斎机に近づいていくと、その向こうあたりからひょっこり小さな頭が見えた。


「!! だ、誰です!?」


 それに私が気づくと同時に、その存在が焦ったような口調で問いかけてきた。今私から見えているのは頭と机の角にかけられている小さな手だけ。

 頭身次第でサイズは変わるだろうけど、たぶん40センチくらい? 某黄色いネズミと同じくらいのサイズか、それよりもちょっと小さいくらいかな。まあ、見ての通り妖精だよね。顔の造形はかなり整っていて結構可愛い感じ。性別はよくわからないけど。

 家の中に居るってことはシルキーかブラウニーか。どっちだろう?


 しかし、これはどう答えるべきなのだろう? 普通にプレイヤーNAMEを名乗るべきなのか、これからこのハウスの持ち主になる存在だと名乗るべきなのか、それとも異邦人と言った方がいいのか。


「えっと……」


 適当に名乗っても問題ないような気もするけど、なかなか難しい質問だと思う。まあ、こういった会話の自由度が高いのがフルダイブ型RPGの醍醐味ではあるんだけどね。


 一応、昔のゲームらしく選択肢が目の前に出てくるタイプのゲームもあるらしいのだけど、没入感が減るとか何とかで賛否が分かれる感じ。

 その気持ちもわかるけどね。でも、私みたいに会話が得意ではない人向けに補助システムみたいな、設定しておくと選択肢が目の前に出て来るやつを導入してほしい。


 とりあえず答えるとしたら、NAMEかギルド登録しているJOBの錬金師か。でもNAMEを言ったところで誰だって話だし、JOB名を言われても同じだよね。となれば、プレイヤーの設定どおり異邦人って答える方がいいかな?


「異邦人…?」

「私は貴方なんて知らないです! どうしてここに入って来れたです!?」


 あ、これ、どう答えても同じ言葉が返ってくるやつだ。深く考える必要なかったのね。でも今度の問いならそれほど考える必要はない。このハウスに入れたのはあれがあったからだし。


「これ、持っているから」


 インベントリから[古きヴァンパイアの日記]を取り出してそう答える。するとその本を見た妖精が机の影から出てきて一気に距離を詰めて来た。まだ警戒している相手の側に近寄ってくるほどこの本はこの妖精にとって重要な物のようだ。


「どうしてこれを持ってるです! それはあの人が持っていた物のはずです!」


 ああ、今度はそれを答えないといけないのか。

 うーん。これはいっそのこと、先の質問を予想してまとめて答えた方が楽なのかな。さすがに何度も同じことを聞いてくるようなことはないだろうし、上手くいけば一々答えていかなくてもいいから楽に済むはず。


 そんな感じで、この本は廃屋の中で見つけて、この本の今の所有者は私になっている。ここにいるのはこの本の中に条件に合った相手にこのハウスを譲ると書いてあった。そして私がその条件に合致しており、このハウスを譲りうけることにしたためここにいる。

 といった感じの内容を一気に説明した。言葉だけだと信じてもらえないかもしれないから、日記の中を見せながら説明もしている。


 すると妖精は今までの忙しない様子を一変させ「そうなのですか」と静かにそう言葉を返してきた。どうやらこの説明の仕方でも問題はなかったようだ。


 しかし、さっきの様子とは打って変わって、落ち着いているというよりも現実が見えて落ち込んでいる? 様子の妖精に少し戸惑う。


 この様子だと、前の持ち主が帰ってくるのをずっと待っていた感じ……なのかな。庭を綺麗に管理して、ハウスの中も綺麗な状態を保って健気にずっと100年間。


 100年ずっとという部分にちょっと狂気を感じるけど、どこかの忠犬みたいな感じなのかな。それに妖精の寿命とか長そう、というかあるかどうかも謎だし、感覚的にはそれほど長い間待っていた感覚は無いのかも。


「わかってはいたのです。もうこのハウスはあの人の物ではないのは理解しているのです。ここに入って来れるということは貴方が次の持ち主だってこともです。それにあの人が最後にこの家を出て行った時にこれをもらったのです」 


 そう言って妖精は頭にかぶっていた帽子に手を伸ばした。その帽子はハウスに置かれていた物とは違いかなりボロボロでくたびれているのがよくわかった。

 

 ん? あれ、ちょっと待って。これ、帽子じゃなくて靴下だ!? あ、ってことはシルキーじゃなくてブラウニーなのか、この子。


 靴下、というか衣類を貰う伝承はシルキーにはないし、人がいない間に家を綺麗にするのはブラウニーだったはず。

 ただ、伝承のとおりなら靴下を貰った段階で、このハウスからいなくなっているはずなんだけどその辺は違うのかな? でも、この妖精の様子からして元の家主に凄く懐いていたというか慕っていたみたいだし、そういう理由でとどまったのかも? 


 ……まあこれはゲームだし、全部伝承のとおりにキャラクターやRACEを設定する必要はないよね。使いやすいようにアレンジするのはよくあることだから、気にし過ぎるのは楽しめなくなるからよくないよね。


「もうこのハウスの持ち主はあの人ではないのです。今の持ち主はその本の所有者である貴方なのです」


 妖精はそう言うと、懐かしそうに私の持っている日記を眺めながらどこか吹っ切れたような表情になった。そして私の方に向き直す。


「お願いがあるのです」

「うん?」


 妖精も私がこのハウスの持ち主であることを認めてくれたので、これでようやく正式にこのハウスが手に入ったと思ったのだけど、まだ話しに続きがあるようだ。


「私をここに居させて欲しいのです。これからもこのハウスを管理していきたいのです。駄目です?」


 そうあざとい感じで妖精が首を傾けながら聞いていきた。


 流れ的にむしろずっといると思っていたのだけど。あぁでも、ハウスの所有権が変わるからまだ居続けるには契約とか何かそういったことが必要になるのかな。


 それにこういうハウスキーパー的な存在が必要ないプレイヤーにとってはこういった選択肢は有り難いよね。この妖精の今までの様子を見て断れる精神をしていればだけど。

 というかこれ、この妖精の見た目が中性的でかなり整った可愛い外見をしているから、断れるプレイヤー殆どいないのでは?


 ううーん。まぁ、最初の感じで迫って来るのが続くなら嫌だけど、今の状態が普段の状態ならいいかな。あと単純に断り辛いし。

 それにこういう存在が居るってことは、放っておくと次第に汚れたり物が劣化していくってことだろうから、ハウスの管理をしてくれるなら助かると思うのだよね。ずっとここに居続ける何てことはそうないだろうし。

 という訳で許可を出す。


「ありがとうです!」


 妖精は私の返事を聞いて、とても喜んだ様子で両手を上に伸ばし、満面の笑みでそう返してきた。



<アナウンス

 ハウスを正式に取得したため、システムウィンドウ内にハウジング機能が解放されました。

 詳しくは、ヘルプもしくはハウジング機能内にある説明を参照してください>


 うん。アナウンスも出たし、これで正式にハウスを手に入れることができたようだ。

 さて、それじゃあ、どんな感じなのか確認してみよう。





 ―――――

 妖精との会話は適当に返答していても進んで行く仕様になっています。ただ、返答内容によっては初期の友好度に差が出ます。アユの返答は最上ではないですが、プラス回答に該当します。※マイナス回答をした場合最後のお願いのやり取りはなくなります。

 なお、このような妖精が居付いている家は他にも存在し、似たようなやり取りをすることがあります。

 ついでに、後に妖精ガチャなるハウスリセマラが流行ったとか流行らなかったとか…





 


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