第38話 変わっている人
ガルスの工房に弟子入りした翌日。
昨日はあの後、工房についての説明をしてもらったところでログアウトの時間が近付いていたため、そこで一旦そこで切り上げた。
今日はレシピについて説明してくれる予定になっていたのだけど、私が到着した時からなかなか
待ちぼうけと言っても、他の作業をしているので完全に棒立ちという訳でもないのだけど。
ガルスの工房は大型の装備を作ることがあるようで結構な広さがある。
10メートル四方以上の一室に水道などの固定された物を除けば、大き目の机が2つ、壁の近くに普通サイズの机が1つ。後は壁際にいくつか棚があるくらいで、結構さっぱりした工房だ。大きな机の上には素材がいくらか載っているので何か装備を作っている途中なのだろう。
お店側の扉の反対側には同じような扉が2つあるけど、これは素材をストックしておく部屋と住居部分に繋がっている感じなのかな。
UWWOでは結構な場所でインスタンスエリアが存在していて、この工房もその1つのよう。インスタンスエリアはどうやら通常エリアとは異なるサーバーなのか、別空間扱いのようなので外部からその中を確認することは出来ない。その逆もしかり。そのため、工房側からお店側の状況が確認出来ないので、ショップ内にプレイヤーが居るのか居ないのか、後どれほど待てばいいのかもわからない。
手っ取り早く工房に入ったらすぐにレシピを覚えられれば良いのだけど、それだと弟子入りする意味がほとんどないし。中にはASで買えるレシピもあるらしいけど、それは今のところ
とりあえず、熟練度上げの時に手に入れたQuの低い素材を錬金で合成してQuを上げていく。
合成すると素材の数が減ってしまうけど、Quが低い素材を使うと出来上がったアイテムの性能も下がってしまうから、使うのは避ける。
そんな感じでちまちまと作業を進める。
素材の合成を初めてしばらく。インベントリに入ってい低Quの素材の合成を終えてもガルスが工房側に入ってくることはなかった。もしかしたら面倒なプレイヤーに捕まっているのかもしれない。
まあ、お店を開いている時間は基本的にそっちに居るらしいから、私の方がついでなのだろうけど、これはもう少し待たないと駄目かな。
そんなことを考えたところで工房に誰かが入ってきた。
「失礼しま…す。……どうも」
「…どうも」
工房へ入って来た白トラの猫系獣人 ――セントリウスのギルドで何度か見たことがあるプレイヤーでNAMEはもちもっち、今も頭上に表示されているので間違いない―― が私に気付き一瞬間をおいて頭を下げて来た。それに合わせて私も頭を下げる。
まさかガルスではない人が工房の中に入って来るとは想定していなかったのでとても驚いた。でも、そう言えば昨日の話の中で既に1人弟子を取っているとガルスが言っていたので、その1人というのがこの人なのだろう。
気まずい。
たぶんあっちも同じく私がここに居るとは思っていなかったはずで、同じように気まずいと思っているのかあまり音を立てないようにしているのがわかった。
うーん、これ私が一旦外に出た方が良いのかな。ガルスも来そうにないし、仕切り直しということで間を空けてから来た方が良いのかもしれない。
私がああだこうだと考えている内にもちもっちは生産用の道具や素材を用意していく。
やっぱり外に出た方が良いのかもしれない。ギルドでも私と同じように殆ど他のプレイヤーに絡まないような人だったし、もし神経質な人だったら邪魔になってしまうかも。
「あの」
「あ、はい」
工房から出て行こうと道具をまとめているところでもちもっちが声をかけて来た。
ここで声をかけて来るということは何か用があるのか、もしかして出て行こうとしていることがばれて引き留めようとしているのかもしれない。
「ガルスさんから伝言」
「伝言?」
「先に済ませないといけない用事が出来たから、申し訳ないが指導の方は姉弟子にあたる私に任せると」
「えっと」
ガルスに用事が出来たから予定していたことが出来なくなったのはわかった。でもプレイヤーがプレイヤーに工房のレシピを教えるのは良いのだろうか? 不安とかではなく、工房の在り方として有りなのかどうかっていう意味で。
まあ、兄弟子や姉弟子が、新しい弟子を指導するのは変な事ではないのかな。現実だとむしろ工房主に直接指導される方が珍しいかもしれない。あくまでも私のイメージだけど。
「突然、ガルスさんではなく私が指導すると言われて戸惑うのはわかる。かく言う私も困惑しているし、いきなり言われても困る。そもそも私は【調合】の熟練度がそこまで高くないから教えるのはちょっと」
「えぇと」
想像していたより話すのかこの人。今までの様子から私程じゃないにしても、口数は少ない方だと思っていたのだけど、そうではなかったようだ。
今日は調合の方のレシピを教えてもらう予定だったから今日は裁縫メインじゃないのだよね。もちもっちはギルドでも裁縫の作業を良くしていたから裁縫メインのプレイヤーっぽいし、この工房に入れたということは鍛冶も取得しているだろうし、それが2番目に熟練度が高い生産スキルなのかな? 今の感じからしてこの工房に入るまでは調合には触れてもしていなかったのかもしれない。
「あの、私は後日でも問題ないので……」
「おっと、ごめん。別に嫌というわけではないので気にしないで大丈夫。それに貴方の事は前から気になっていたから」
「え…それはどういう」
「あぁ、変態的な意味合いではないよ。さすがにそれはない。あくまでも同じ生産者として気になっているという意味。それに私はダンフォーレさん以外のプレイヤーは殆ど興味ないので」
私の表情が一瞬曇ったのに気付いたのかもちもっちはすぐに深い意味は無いと訂正した。
ああ、そういうことか。私と同じようにギルドで作業しているのを見ていてちょっと気になっていた程度ってことかな。
でも、ダンフォーレってどこかで聞いたような。どこだったかな。
「先ほどもまさか貴方がここにいるとは思っていなかったから、驚いてガルスさんからの伝言を伝えるタイミングを逃した」
「そ、そうですか」
まあ、見たところ同じJOBでもない顔見知りが同じ工房に居るなんて普通は想定しないよね。私は全く知らないプレイヤーよりは良かったと思ったけど、驚いたのは間違いないし。
「では、指導…と言ってもレシピを教えるだけなんだけど、今からでも大丈夫?」
「大丈夫です」
私が何処かへ行こうとしていたのに気付いていたのか、やんわりとこの後の予定を聞いてきた。
指導って大雑把に言えば教えるだから、そこからレシピを伝授するにつながる感じなのかな。基本的なレシピなら、レシピ情報を見せ合うだけで覚えられるのだけど、ガルス経由でレシピを覚えようとしたらもうちょっと手間はかかりそう。工房で手に入るレシピが同じように行くかどうかはわからないけど。
「それじゃあ、布素材強化枠のレシピはっと、その前に注意点があったのを忘れていた」
「注意点?」
「はい。注意点は工房で教えられるレシピは通常のレシピとは違ってすぐに覚えられないこと。レシピを完全に覚えるには何度も製作しないといけないから、それまでは何かにメモをするなどして忘れないように。まあ、忘れたらガルスさんか私に聞けばいいんだけど、それをすると完全に覚えるまでの時間が増えるらしいから気を付けて」
「なるほど」
ガルス経由とかプレイヤー経由とか関係ないものだった。
基本レシピとは覚え方が違うのか。まあ、工房で教えられるレシピなのだからそう簡単にはいかないよね。それにプレイヤー経由で簡単に教えられたら弟子入りするメリットがほとんどなくなるし。
それと、何度もレシピについて聞くと登録までに時間がかかるということは、レシピを覚えることも修行の一つということなのだろうね。
そうして最初に覚えるのはこれから、ということでもちもっちから2種類の強化剤のレシピを教えてもらい、製作する際に必要な素材も自力で集めないといけないらしいので、そのレシピに必要なアイテムを取りに行くことにした。
―――――
アユは第1回目のランキングを軽くしか確認していないのでダンフォーレのNAMEをまともに見たことがあるのは掲示板のみです。イベント1位のNAMEを出されても誰? って感じになる
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