第21話 漁夫犬。お前マジ許さない

 特殊行動の咆哮と思われる攻撃のノックバック効果により、私は一時的に行動不能状態になってしまった。UWWOでのノックバックは吹き飛ばしと硬直を含んだものだ。


 今、熊がしてきた咆哮はおそらく吹き飛ばしはそんなに強くない。実際に私はほとんど後退していないし、体が浮いたということもない。問題は吹き飛ばしが強くないということは硬直が強くなっている可能性が高いということだ。実際に硬直4sと半透明のカウントが視界に現れている。


 4秒はまずい。スラッシュの硬直時間の1秒ですら嫌なのにこれはダメだ。

 え、熊何するの? と、飛び掛かってきたぁあ!? あ、これ食らったら確実に死ぬ。硬直早く解けて、早く!


 解け、たぁ! 避けな、いやこれ間に合わな…あっ!


「シャドウダイブ!」


 ギリギリのところで影に潜って攻撃を回避する。そしてほぼ同時に熊の攻撃が激しく地面を揺らした。川辺に溜まっていた拳大の石を弾き飛ばし、下ある砂利の層の一部が顕になった。


 あぶなっ。シャドウダイブ間に合ってよかった。チャージの時間0.5秒じゃなかったら確実に間に合ってなかったよあれ。


 さてここからどうしよう。咄嗟に熊の影に逃げ込んだけど、出られなくないかなこれ。


 熊はいきなり私を見失って周りを見渡しているけど、どのタイミングで出ればいいんだろうか。影の伸びている方向からして今出たらおそらく熊の顔の先に出てしまうだろうから、熊が反転しないと出るに出られない。しかも影に入っている間はずっとMP消費し続けるから早めに出ないとMPが切れて戦うどころじゃなくなる。


 熊はきょろきょろ周りを確認した後、私が完全にいなくなったと判断したようで森の中に帰っていこうと体の向きを変えた。このまま森に入ってしまうのは私にとってはあまり良いことではない。足場が不安定なことでアドバンテージを得てギリギリ勝てそうになっていたのだから、それがなくなったら勝ち目はなくなる。そう判断した私は熊の影からそっと抜け出した。


 影から出てすぐに距離を取る。私が移動したことで音が出たのでその音に気付いた熊がこちらに振り返った。残りのMPは64。ダークボールをチャージしてすぐに放つ。不意打ち判定は出ていないようだけど背後からの攻撃がバックアタックしたことになったらしくダメージアップのエフェクトが出る。


 私を見失って非戦闘状態となっていた熊は攻撃を受けることで再び戦闘状態となったようでうなりながら私の方へ走ってくる。


 熊のHPバーは回復している感じはない。うん、よかった。

 ゲームによってモブモンスターは非戦闘状態となるとHPが全回復することがあるけど、UWWOではそんなことはなかったらしい。私としても実に嬉しいことだ。もしかしたら微妙に回復していたかもしれないけど。


「パラライズミスト」


 影に入っているどうするかと考えていた時、ポイズンミストは霧の範囲を広げると霧の密度が薄くなったことを思い出した。広げたら薄くなるのだから、狭めたら濃くなるのではないかと思い、実行してみる。

 できるだけ熊の行動を阻害したいのでパラライズミストを使ったけど、先にポイズンミストの方がよかったかもしれないけど、まあ過ぎたこと。


 範囲を狭めて濃度を上げた霧を熊の顔の前に持っていき接触させる。これもUWWOでは川とか水の中に落ちると溺れるということから思いついたことだ。


 単にプレイヤーが溺れて死に戻ったという話だけど、溺れるというのは呼吸をしているから起こること。これはプレイヤーだけでなくモンスターなども同様の仕様になっているのではないかと言う考えから来たものだ。特に毒とかは皮膚に触れるよりも体内に入った方が重症化しやすい。


 特に私が使っている霧系で状態異常になるタイプは吸い込んだ方が効果は高いはずなのだ。実際、今回の戦いで何度かミスト系を使ったけど直接顔に当たっていた時の方がスタック値は多く溜まっていた。


「グオォッ!?」


 そして結果として熊に微麻痺(14)が付いた。


 私の予想は当たっていたらしい。しかも微麻痺のスタック値が10を超えたことで状態異常が悪化したらしく、熊は先ほどとは違い非常に動き辛そうにしている。


 やっぱり一定値以上スタックを溜めないと効果がないタイプだったのか。でも完全に動けなくなっている訳じゃないから、本来ならもっと溜めた方が良いんだろうな。今はMPも時間もないからこれ以上はできないけど。


 上手く動けなくなっている熊に出来る限り攻撃を放つ。シャドウダイブを使った上にパラライズミストまで使ってしまったためMPがもう20を切っている。ここからはMPを多く消費するような攻撃はできないし、おそらく微麻痺のスタックが10を切れば熊はまた前と同じように動き出すと思う。それまでにHPは削れるだけ削らないといけない。


 たまに来る攻撃を食らわないように熊に近づいていく。現状、ダメージを与える方法がMP消費の少ないダークボールとそもそもMPを使わない【短剣術】しかないので、どうしても近づかないと攻撃の回数が少なくなってしまう。


 熊の背後に回りナイフで切りつける。ダメージはやっぱりほとんど入っていない。一応バックアタックになっているけど10入っていればいい方かもしれない。


 CTが解けたと同時にダークボールを放つ。後はひたすら熊の微麻痺が解ける前までナイフで攻撃を加えていくだけ。ああ、【短剣術】のスキルを使ってみるのもありか。こういう状況じゃないと硬直時間があるから使いたくないし。まあ、今も動けなくなっている訳じゃないから、絶対安全という訳でもないけどね。


「スラッシュ」


 熊が腕で私を振り払おうとしたのを躱し、その後の隙に熊の首にナイフを突き刺す。スキルの説明には斬撃を強化とは書いてあるけど、厳密に言うと【短剣術】で扱える武器の刃部分での攻撃を強化するという事らしい。だから今みたいに刺してもそれにスラッシュの効果は乗る。


「グッゴオォ!?」


 ん? 何か熊が変な感じの声を出した。え、HPバーがすごく減ってる!? さっきまで20%近くあったよね? 何で数%くらいまで減って、…もしかして首を攻撃したから? 


 とりあえずスラッシュの硬直が解けたから、ナイフで切りつける。うーん、さすがにこれでは死なないか。


 そろそろ微麻痺が解けるので熊から離れる。距離を取りながらCTの解けたダークボールをチャージする。熊は微麻痺が解けたようでこっちに向きなおし、唸っている。


「ダークボール」

「グオォォ…」


 熊は私のはなった攻撃を躱そうとしたようだけど、間に合わずにダークボールを食らった。そしてその攻撃を最後に熊は小さい声で唸った後にポリゴンとなって消えていった。


 やっと終わった。勝利の余韻に浸りたいところだけど日差しが徐々に強くなってきているから早めにドロップしたアイテムを拾って建物に戻ろう。



 熊のドロップは皮と爪、後肉。他はなさそう…? 何か横で音が…っ!? 


 音がした方を振り向くとそこには口を大きく開けた犬が眼前まで迫って来ていた。

 あ、やめっ、犬! ん? あ、漁夫ぅー!!


『HPが全損したため、当アバターは死亡しました。周囲に蘇生が可能なプレイヤーがいないため、蘇生待機時間を短縮します。最も新しいリスポーン地点に転送します』

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