13
「きゃっ!」
「おっと」
危なげなく抱き止められたのは王子の腕の中で、さあっと胆が冷える。
「ごめんなさい、わたくし…っ」
「うん、大丈夫?」
視界の端で中途半端に伸ばされたルチアーノの腕が見えた。なによ。
アドリアン王子から離れようとした一瞬、腕の力が強くなる。そしてこっそり耳元で囁かれた。
「…そのドレス、ルチアーノの『色』だね」
―――そうだ。その通りだ。
バナナイエローにメロンクリームソーダ色。
それはルチアーノの琥珀色の瞳と天鵞絨色の髪の色合いを意識してのものだった。けれど改めて指摘されるとものすごく恥ずかしい。
「す、みません、ありがとうございます…」
自分でもわかるほど頬が熱い。
くすっとアドリアンが笑ったのかわかり、レイラは口を尖らせた。なによー。
その後すぐにアドリアンとマルセルは王宮へと帰って行った。
金髪の軍人を目指す少年と、水色の髪をした本物の王子様である少年。
レイラの頭に久しぶりにあの乙女ゲームの画が浮かび上がった。そして今日、同じ場所に同じ色合いをもつ5人が揃っていたことに思い至る。
美人系の紫ロングヘアーに、元気系オレンジ頭、クール系緑頭、筋肉系金髪、王子様系水色ヘアー。
―――まさかね…。
レイラはぶんぶんと首を振って、おかしな雑念を追い払う。
横から奇妙なものでも見るような視線を感じたと思ったら、トマとルチアーノだった。失礼な。
レイラ・モンタールドの誕生日パーティーは、王子の来訪をピークに徐々に閑散としはじめ、夕方になる前にはお開きとなった。
エマたちご令嬢方とは、改めてお茶会に誘う約束をして別れた。今度はゆめかわいいものをたくさん紹介してあげようと思っている。
賑やかだったモンタールド邸も日常に元通り。
残されたのはパーティーの残骸と重たい疲労だけ…なんてうそ。レイラ宛の誕生日プレゼントが山積みにされている。
御礼状書かないとな…明日からでいいかな…。
レイラはサンルームに置かれたベンチに、ルチアーノと並んで座っていた。
ルチアーノはアドリアンが帰った後からレイラの傍を離れなかった。いつにない行動に戸惑って、そして、少しだけ嬉しかった。
「ラズベリーの木、たくさん実がついたんだ?」
「…そうよ。ケーキも作ったのよ。食べた?」
「いや…レイラ、眠い?」
「うん…ちょっとだけ…」
隣に座っているのに、少しだけ空いた距離がもどかしい。ゆらりと傾いだ頭がことんとルチアーノの肩に収まった。
「っ、レイラ…!?」
戸惑った声のルチアーノがおかしいったら。
ふふっと微笑ったつもりだけど、心地よい微睡みに招かれて、レイラはその後のことを覚えていない。
**sideルチアーノ**
父様の生ぬるい視線を全身に浴びながら自宅に戻り、ぼくを待ち受けていたのはあいつからの呼び出しだった。
やっぱりな、とどこかで予測していたので素直に向かう。
その途中、ぼくの肩に頭を預けて眠ってしまったレイラのことを思い返して、胸がとくんと音を立てる。
くぅ、と愛らしい寝息を立てて全身を預けてくるレイラはとても可愛かった。
完璧なラインを描く眉も、すっと通った鼻筋も、長いまつげも、形のいい唇も、なにもかもが完璧で人形めいた顔立ちなのに、あどけない寝顔はただただ可愛らしかった。
ずっとこのまま眺めていられる、と思いながら眠気につられてとろんと瞼が落ちかけたところに、父様がやって来たのだ。ぶち壊しだった。
思い出したらいらいらしてきた。
あいつの部屋の扉を苛立ち混じりに勢いつけて開ける。
「おお怖い。男の嫉妬はみっともないよ」
「うるさいな、なんだよ」
「…レイラ嬢、可愛かったな?」
にやにや言われて、ちっと舌を打つ。
そのままあいつの向かいのソファーにどかりと腰を下ろした。
「なんで来るんだ、なに考えてるんだよ」
「ふは。わかってたことだろ?」
あいつの言葉にふんと鼻を鳴らす。
「ところでさぁ、オレ、モンタールド侯爵から睨まれたよ」
「おまえが?」
ちょっとびっくりして顔を上げると、あいつは憮然と頷いた。
「やっぱ噂通り手厳しいよなー」
「そうだな…」
「いや、オレよりむしろおまえだろ、ルチアーノ。将来のお義父さまじゃないか」
う…っ、と思わず潰れた声が漏れる。
近頃、父様からのプレッシャーがすごいのだ。
なんでもいいからとにかく成果を出せ、と漠然とした指令を出されて困惑していたら、その後に続いたのは『そうじゃないとモンタールド侯爵に認めてもらえないんだぞ…』という若干疲れたような言葉だった。
今日やっと婚約発表もしたのになんだそれ。
首を捻るが、モンタールド侯爵と顔を合わせる度に背後に得体の知れないものが見えそうで、でも見えなくて、いつも冷や汗をかいていた。
本人は常に柔和な表情をしているので、なんだか余計に…空恐ろしい。
「二人の婚約発表なのに、レイラ嬢の誕生日にあわせて表明するっていうのが、モンタールド侯爵の思惑を感じるっていうか…」
ぼくの微妙な顔を見て悟ったのか、あいつは「あ、そうそう!」と急に話を変えた。
「モンタールド邸の番犬たち見たか?揃いのベストを着ていたな」
「ああ、あの水色のベストな…妙に出来がよかった」
「かわいらしいとご婦人たちには好評だったそうだ。それから、そんな彼女たちの気を引きたい殿方にも。すぐにみんな真似をし出すかもな」
「あれもレイラが考えたことらしい」
「はは、レイラ嬢は面白いことを考えるな」
「ああ、だからモンタールド侯爵の求めるハードルも上がって…」
「…………」
「…………」
話が戻ってきた。なぜだ。
「レイラ嬢のドレスも斬新なデザインだったよな」
「トマとロイドが考えたらしい」
「なんだ、妬いてるのか。あれはお前の色じゃないか」
「…え?」
「まさか、気付いてなかったとか言うなよ?お前が青いジャケットにベリー色のチーフを選んだように、レイラ嬢も黄色と緑の組み合わせを選んだんだろうが」
「……っ!?」
本当に気付いていなかった。
だって自分はあんなかわいらしい色じゃない。
だけど熱くなる顔を止められなくて、手で口を覆った。
「ばかだねーもう。もっとよく考えた方がいいよ」
「…うるさい」
「うるさいとか言っちゃうところがだめだよね、モンタールド侯爵が不満に思うのもわかるや」
「え、ぼく怒られてたのか?…え?」
目を丸くすると、あいつは「はああ~」とこれ見よがしにため息をついた。…なんだよ。
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