12

「ルチアーノ様は素敵な方ですね」


「そうよね」


「お二人はとてもよくお似合いですわ」


「そうかしら、ありがとう」



レイラはパーティー会場であるモンタールド邸の庭で、エマとテーブルを囲んでいた。


本日の主役であるはずなのに、そこにレイラがいなくてもパーティーは滞りなく進む。

まあこんなものよね、とレイラは肩を竦めた。


その代わり、レイラはこの席でかなり新鮮な体験をしている。



「レ、レイラ…様、このケーキすごくかわいくて、食べるのがもったいないです…」


「レイラでいいわよ、せっかくお友達になったんだから。それからイリス、かわいくてもケーキだから、食べないともったいないわよ?」


「レイラからもったいないって言葉が出るのはなんだか違和感があるわね。でも本当に美味しい。ぜひ食べた方がいいわよ、イリス」


「あなたは遠慮がないわね、リーサ」



いまこのテーブルにいるご令嬢は全員で4人。


すこし臆病でおっとりとしているのがイリス、はっきりと物を言うのがリーサ。二人ともエマの友人だというので紹介してもらった。

エマとイリスが同い年、リーサがひとつ年上だ。



「クリームにラズベリーが混ざっているのね、レイラの髪と同じ色だわ」



赤みの濃いピンク色のプティケーキをエマがまじまじと眺める。


ケーキに使われているラズベリーは、ルチアーノから贈られた木に実ったものだ。

はじめはあまり実もつかなかったし、酸味も強かったが、年々たくさん実るようになった。こうしてケーキに使えるくらいに。



「ご婦人やわたくしたちのような子供でもたくさんの味が楽しめるように、小さなサイズでいろんな種類のスイーツを用意したの。お気に入りはあったかしら?」


「わたしは、あの、ティラミスが好きです…」


「わたくしはさっき食べたジュレというものね」


「やっぱりラズベリーのケーキかしら、でも」



口々にあれが好き、これが美味しいと言って、けれど最後は「どれも選べないわ!」と落ちがつく。


女同士の会話はどの世界でも同じね、とレイラは久々に『私』の記憶を思い返して、すこし笑った。『私』もスイーツバイキングやカフェで同じようなことを言っていたもの。



「お嬢様、お友達ですか?」


「あらロイド」



通りかかったロイドに声をかけられ、ご令嬢たちがきゃあ!と華やかな声を上げる。



今日のロイドはシルバーのスーツを着て、藤色の髪を背に流し、まるでどこかの王子さまのよう。


作業の邪魔になるからか、いつもは髪を上げているのでなんか新鮮…とそこまで考えて、そうだ。いつもはマリーがロイドの髪を結っていたんだ、と思い至る。



「マリーならいないわよ。いまは給仕の方を手伝っているはずだわ」


「そう、ありがとう。お嬢様、そのドレスとってもよく似合ってるわ。ところであのお話はお友達にしてくれてる?」



ロイドの女性言葉に微妙な顔をしたご令嬢たちだが、『あの話』というキーワードにあからさまに目を輝かせる。



「あの話ってなあに?レイラ」


「えっと、じつはロイドと共同でブランドを立ち上げることになってね。あ、ロイドのことは知ってる?」


「当たり前よ!ロイド様といえば、宮廷芸術家の麗しの究極作品と有名じゃない!」


「なんとなく下品な響きがするのは私の思い過ごしかしら…?」



「ブランドっていうと…レイラ様みたいなドレスをわたくしたちにも誂えてもらえるんですか…?」



イリスにじっと見つめられて、しばし考え込むレイラ。



「そうねぇ…まだ決めてなかったんだけど、でも頼まれたら作ってみようかしら?」



「「「本当!!?」」」



ご令嬢たちの声が揃ってレイラは目を丸くした。



「わ、わたし、レイラ様みたいなドレスが着たいです…!」


「またこんな美味しいケーキが食べたいわ」


「レイラの回りのものってなんかかわいいのよね。色々知りたいわ!わくわくしちゃう!」



レイラとロイドは顔を見合わせて、同時にふふっと笑った。



「なら、あなたたちにはぜひお得意様になっていただかないと」



レイラがぱちりと片目を瞑ったそのとき、会場が大きくどよめいた。

なにごとかしら?と振り向く前に「レイラ!」とルチアーノの声が響く。



人垣の向こうから現れた彼らに、レイラは反射で立ち上がった。



気づけば傍にいたロイドも、ご令嬢たちも、最敬礼の形を取っている。



「突然ごめんね。ルチアーノがやっと婚約を発表するって言うから見に来ちゃった。レイラ嬢、誕生日おめでとう」



やって来た水色の髪の少年がにっこりと笑顔で言う。



「もったいないお言葉です。この度はご来訪ありがとうございます――アドリアン王子殿下」



レイラはゆっくりと礼を取りながら、必死に頭を巡らせた。



王子殿下の傍には、金髪の軍人然りとした少年とルチアーノがいて――そうだ。ルチアーノは王子の乳兄弟で側近候補だ。


おまえか、ルチアーノ。

ちょっと恨めしい気分になる。


遠くからトマが駆け寄ってくるのが見えた。



「レイラ嬢に一度会ってみたかったんだよ」


「そうですか、光栄です…」


アドリアン王子はにこにこと話しかけてくれて、レイラはなんだか変な汗が出てくる。だってルチアーノがぎりぎり音が鳴りそうな程渋い顔をしているのだ。イケメンが台無しである。



「王子、王子殿下。アドリアン。あまりレイラに絡むな」


「え~、だって~」



仲悪いのかな、なんて深読みしてみたが、そんなことはなさそうだ。むしろ仲良さげだ。



「王子殿下、お久しぶりです」


「やあトマ。久しぶりだね」



追いついたトマがアドリアンに礼をして、すぐにレイラを振り返る。



「レイラ!なんかおかしなことしてないよな?」


「わたくしはなにもしないわよ。それよりトマは殿下と面識が?」


「ルチアーノ様と剣術とか馬術とか習うときにご一緒させてもらってたから。マルセル様もだぜ」


弟のご学友が豪華すぎてびっくり。お姉ちゃんちっとも知らなかったわ。

レイラは気が遠くなりそうだった。



マルセルというのは、ルチアーノの反対側で無言で佇んでいる金髪の少年だ。


マルセル・ロッソ。

将軍の息子で、自らも軍人になるべく鍛えているとか。ひとつ年上のはずだが、確かに頭ひとつ飛び抜けて大きい。こちらも王子の側近候補だ。


それにしても微動だにしない。

目を開けたまま寝てたりして、とレイラが観察していると、きょろりと眼球だけが動いてレイラを見た。――あ、起きてる。



「かわいらしいドレスだね。花の髪飾りもよく似合っている」


「え?あ、ありがとうございます…?」


急にアドリアン王子に褒められて、レイラは戸惑った。ちっ、と間髪いれずにルチアーノが言う。



「…ケーキみたいだよな」



かちん、とした。


確かにすこし甘めなデザインのドレスなのは否めないが、ケーキみたいってなんだ。

そもそもなんでルチアーノが機嫌を損ねているのか理解できない。レイラの誕生日なのに。


無意識に一歩踏み出そうとして、甘めゆえに少し大人っぽさを演出しようと、いつもより高いヒールをはいていた足元がかくんとぶれた。



「っ、!?」

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