11

ドレスの仕上がりにレイラはご満悦だった。


上半身はバナナイエローで、腰元からメロンクリームソーダ色に変わるツートーンドレス。柔らかく薄い生地のため、たっぷり布を重ねても軽やかに見える。


クリームイエローの肘まである長い手袋と、カラーレスのアクセサリー。ゆるく編み込んだラズベリー色の髪は、いつもより大人っぽく見えるようダウンスタイルにした。


評価は上々。


母は「レイラかわいいわ!」と両手を合わせ、父は「お姉さんっぽくなったねえ」と眦を下げ、トマは「いいんじゃないの」とちょっと頬を染めて横を向いた。


「お嬢様、素敵です!お可愛らしい!」


マリーは手放しで称賛する。いつものように。



そしてこの人も――。



「…きれいだな…」



思わず口をついてしまったのか、ルチアーノは顔を赤くして口を押さえた。


レイラは「ふふ」と笑う。


取り繕われるより、無意識に零れた言葉ゆえにルチアーノの本心に触れた気がした。



「ルチアーノ様もとっても素敵ですわ」



レイラの婚約者として紹介されるルチアーノも、その日はしっかりとめかし込んでいた。艶やかな青色のジャケットに、ベリーカラーのチーフ。美少年ぶりにますます拍車がかかっている。



レイラが両手で彼の腕を取ると、ルチアーノは照れたように微笑んだ。



「レイラがたくさんこだわっているから、今回はぼくも生地から色々選んでみたんだ」



あまりに自然すぎて、レイラもルチアーノ本人も、昔のようにぼくと言ったことに気づかなかった。


そしてレイラも、嬉しさのあまり口が滑った。



「本当に素敵…。でもこのドレスも負けていないでしょう?トマが選んだ生地でロイドにデザインしてもらったのよ」



「ロイドさんに、トマだって…?」



ルチアーノの笑顔が固まる。



「もちろんわたくしもいっしょに考えたわ」


「…ふぅん?」



先程まで照れたように微笑んでいたルチアーノが、急によそよそしくなった気がした。


笑みを浮かべる横顔もなんだか作り笑いのようで、モンタールド邸ですれ違う度にお互い交わしていた当たり障りのない視線と変わらない。



「…ルチアーノ様…?」



「お嬢様、ルチアーノ様、そろそろお時間です」


「ああ、わかった」



マリーの呼びかけに応えたルチアーノは、「これをレイラに」と小さな箱と花束を取り出す。



「誕生日おめでとう」


「ありがとう、ございます…」



受け取りながらレイラは少し視線を下げた。

祝ってくれるなら、さっきみたいな自然な笑顔で言ってほしかった。



「開けてみて」



ルチアーノに促されて小箱を開けると、宝石をうすく削って作られた見事なバラのブローチがあった。



「きれい…!」


「いま人気の細工師に作ってもらったんだ。レイラの髪と同じ色だよ」



でも…とルチアーノは歯噛みする。

そして花束から白いミニバラの花を摘むと、レイラの髪にいくつか差し込んだ。



「こっちの方がレイラに似合う気がする」


「ルチアーノ様…」



切なげに微笑むルチアーノに、レイラは胸が締め付けられる思いがした。



「お嬢様、ルチアーノ様、」


「いま行くわ、マリー」


マリーに急かされてレイラはルチアーノを振り返る。


「行こうか」



差し出された腕に指を絡めて、二人で大きく一歩足を踏み出した。




***

レイラ・モンタールドの11歳の誕生日パーティーは盛大なものとなった。


モンタールド外務大臣の娘とサルヴァティーニ宰相の一人息子の婚約が正式に表明されたのだ。両家にあやかりたいと考える貴族たちがこぞって祝いに駆けつけた。



「レイラ嬢、お誕生日おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「この度はご婚約おめでとうございます」


「ありがとうございます」



上座中央にあつらえたお誕生日席で、レイラは笑顔で同じ言葉を繰り返す。


今日の主役はレイラのはずなのに、客人たちは定型の挨拶を交わすと、すぐに父やサルヴァティーニ公爵の元に赴くか、レイラの背後に立つルチアーノに親しげに声をかける。



ちなみにこのお誕生日席は、それは立派な一人掛けの椅子で、レイラが張り切って飾りつけたものだ。



ルチアーノは護衛騎士よろしく背後で姿勢よく立ち続けており、レイラの気分が萎びていく毎にその落差が明確になっていく。

視線だけで「わがままなご令嬢を婚約者にしてしまいましたね」とルチアーノに問いかける訪問者たちに、レイラはますます気分が下降していった。


こんなことならルチアーノの椅子も用意するか、はじめから二人掛けにしておくんだった。

今さら思っても後の祭り。


こっそり謝れば、ルチアーノは「レイラの誕生日パーティーなんだから気にしないで」と首を横に振るばかり。



レイラはいっそう溢れそうになるため息をなんとか丸飲みした。し続けた。



「はじめましてレイラ様。素敵なパーティーにお招きいただき、ありがとうございます」



流れが変わったのは、同じ年頃の令嬢が挨拶にやってきたときだ。



「素晴らしいお庭ですわね。それにレイラ様のそのドレスも素敵!お料理やお菓子もかわいらしく盛りつけられていて、それにわんちゃん!わんちゃんたちが揃いのベストを着ていてすごくかわいくって、わたくしとってもわくわくしてしまいましたの!」


「あ、ありがとう…?」


「お父様が侯爵様とお話ししていたとき、今日のパーティーはレイラ様の采配だとおっしゃってましたわ。本当なんですの!?」



きらきら輝く瞳で詰め寄られて、レイラは唖然としてしまった。そしてすぐに笑いが込み上げてきた。



「ふふっ、うふふふ…っ!」


「あら、どうして笑うんですの?」


「ごめんなさい、嬉しくて。あなたのお名前を伺っても?」


「わたくしとしたことが名乗りもせず、失礼致しました。エマと申します。エマ・パヴァリーニです」


「エマ。わたくしはレイラ・モンタールド。よろしくね」



レイラはにっこりと微笑む。



「エマ、わたくしが我が家の庭を案内するわ」


「いいんですの?」


「ええ。いいわよね?ルチアーノ様」



背後のルチアーノを見上げると「もちろん」と頷いてくれる。


レイラもにこりと笑みを返して立ち上がった。

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