第86話 初めての……
「フアンさん、街道脇、右前方、あの茂みの陰に盗賊らしきものがいます。どうしますか?」
あたしの指摘にフアンさんは目を細めてあたしの指摘した場所を見ている。
「あそこか?お、わずかに枝が不自然に揺れたな。確かにあそこに何かがいるのは間違いなさそうだが。天使ちゃん、よく気づいたな」
「あたし達目は良いので。で、どうします?それとあたしは朝未です」
「うーん、あそこだと矢を射っても枝が邪魔であまり効果なさそうだしな。天使ちゃん確か攻撃魔法使えたよな。あそこに爆発系の魔法を放り込んでくれないか」
「え?いきなりですか?多分盗賊だとは思いますが違ってたらまずくないですか?」
「大丈夫だ。あんないかにも隠れていますという場所に居る段階で盗賊じゃないなんて言い訳は聞けない。となれば殺されても文句は言えないってことだ」
「あーそういうものなんですね。あたしまだ人は殺したことないのでちょっと抵抗感あるんですが……」
「……。気持ちは分からんではないが、あいつらを放置すれば別の善良な人間が理不尽に殺されることになる。ここは目を瞑って協力してくれ。爆発系の魔法を何発か放り込んでくれるだけでいい。近接戦闘で直接手を下すよりまだ心理的にらくだろう。あとは俺たちが始末をつける」
フアンさんはそういって離れていったわ。
「私もやろう。朝未だけに負担を掛けるわけにはいかないからな」
「わたしも、アサミ様の僕として引き受けさせていただきます」
「ふふ、瑶さんもマルティナさんも、大好き。一緒に頑張ろうね」
目標までの距離残り30メートル。瑶さんとマルティナさんに補助魔法をかける。そして、
「いきます。ファイヤーボール」
魔力マシマシの初級火属性魔法を投げ込んだ。
「な、無詠唱?天使ちゃん、あんた」
「呆けてる暇はありませんよ。突入しないとうちのパーティーが全部頂いちゃいますよ」
「おっと、いかんな。天使ちゃん馬車の護衛を頼むな。よし、全員突撃、盗賊を逃がすな」
瑶さんとマルティナさんが突撃していく姿にフアンさんが慌てて声を上げ、貫く剣のメンバーが駆け込んでいった。
あたしは馬車の直掩に入っているんだけど、さっきから探知魔法に後ろから近づいてくる反応があるのよね。
「マルタさん、後ろから別働隊が来ます。あたしが相手をしますので、とりあえず馬車の中に入っていてください」
数は3。魔法をあまり長距離から撃っても避けられて魔力の無駄遣いになるだけだから、もう少し引き付けてから多分ファイヤーアローを2発で2人は斃せる。残り1人は近接戦闘するしかないわね。
迎撃ポイントまであと10メートル、あと5メートル。あたしは深呼吸をして覚悟をきめ腰の短剣に右手を添える。あと1メートル。ゼロ。
「ファイヤーアロー」
「ファイヤーアロー」
2連射したファイヤーアローが両端の盗賊の胸に大穴を開けた。
そのままあたしは短剣を引き抜きファイヤーアローで両側の仲間をいきなり失い驚いている残りにダッシュで接近して首を狙う。
ゴロリと転がった首が光の無い目であたしを睨んでいた。
「朝未、大丈夫か?」
「大、丈夫です。ただ、少し、休ま、せてください」
前方の戦いも終わったらしく、吐き気をこらえてうずくまっていたら瑶さんが労りの言葉をかけてくれたけど、ちょっと今はそっとしておいてほしいわ。
そんなあたしの想いに気付かないのか瑶さんがあたしの横に腰を下ろしたのが感じられた。
「朝未」
気付いた時には、あたしは瑶さんに抱き寄せられていたの。
「無理をしなくていい。13歳、いやそろそろ14歳か。それでもそんな年の女の子が平気なわけがないことくらいは私でもわかる」
そういうと、あたしの頭をそっと撫でてくれる。その手はとても温かくて、気づいた時にはあたしは瑶さんの胸に顔をよせていた。
どれだけの時間がたったのかしら。あたしはいつの間にか落ち着いて瑶さんの胸から顔を上げた。
「瑶さん、ありがとうございます。もう落ち着きました」
「うん、顔色も戻ったね。無理はしなくていいから」
「アサミ様、ヨウ様。後始末が終わりました。そろそろ、移動です」
後始末をしてくれていたのだろうマルティナさんが声をかけてくれた。あたしと瑶さんは顔を見合わせ、立ち上がる。
「マルティナさん、後始末を押し付けてごめんね」
「いえ、アサミ様はこういった本当の対人戦闘は初めてとのこと。むしろ戦えただけでもご立派です。このくらいはさせていただきます」
「それで、本当に相手は盗賊だったということで間違いないのよね」
「はい、賞金首3人を含む盗賊団でまちがありませんでした。アサミ様が心を痛めておられるのは理解しますが、アサミ様は、これから罪もない旅人が命を散らすのを防いだのです。あれらは、人ではありません。魔獣以下の存在です。あまりお気になさりませんよう」
「ん、マルティナさん、ありがとう」
「ん、天使ちゃん、もう大丈夫か?もう少し休んでいってもいいぞ」
「そうですよ、アサミ様。特に後方からの盗賊への対応は初めての盗賊討伐で近接戦闘ですからね。私達は助かりましたけど、まだお若いアサミ様の心にはご負担だったと思います。もう少しなら時間も余裕があります。まだお休みいただいて構いませんよ」
フアンさんもマルタさんも気遣ってくれるけれど、これはお仕事だもの、甘えすぎてはいけない。
「お気遣いありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
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