第52話 後始末と後の憂い。
「ジ、ジルベルトがやられた!?」
「も、もうだめだ、逃げろぉ!」
倒した、という余韻に浸る間もなく、情けない悲鳴が響く。
ジルベルトという切り札を失った中年男やその手下達は、雪崩を打って我先にと逃げ出した、のだが。
パチン、とメルツェデスが指を鳴らせば、潜んでいた密偵が二人、男達の逃げようとした先に立ち塞がった。
逃げ場を失った男達が右往左往しているところに、メルツェデスの声が響く。
「そこの男には用がありますから、生け捕りにしなさい。
それ以外の者は、手向かうならば斬って捨てて構いません」
「かしこまりました、お嬢様」
密偵達が隠れて出てこなかったのは、この為。
当然事前に打ち合わせはしていたのだが、敢えてこの場で改めて口にした。
確認、のためではない。
メルツェデスの言葉を聞いた男達の中には、数人、剣を取り落としがっくりと膝を衝く者がいた。
もはやこれまで、となった時に、抵抗すれば殺されると言われれば諦める者も当然出てくる。
十人もいない状況でそれは、当然影響が大きい。
それでも諦めない者もいるが、散発的な反抗にしかならず、プレヴァルゴの密偵をどうにかできるようなものではない。
「ハンナ」
「はい、お嬢様」
抵抗する者がほとんど討ち取られたところでメルツェデスが声を掛ければ、返事と共にハンナが中年男の背後へと現れた。
ヘビのように音も無く彼女の腕が男の首に巻き付き、きゅ、と締め上げれば、頸動脈を抑えられ脳に血液が行かなくなった男は、ものの数秒で気を失ってがっくりと崩れ落ちる。
「流石ハンナですわね」
「お褒めに預かり恐縮です、お嬢様」
鮮やかな手並みを見せるハンナを褒めれば、キリッとした顔のままハンナが頭を下げた。
……その内心では狂喜乱舞しているのだが、メルツェデスはそのことから目を逸らし、スルー。
粗方片付いたと見て剣を鞘に収めたところで、バタバタと複数人がやってくる音がする。
「プ、プレヴァルゴ様、これは一体何事ですか!」
慌てて駆けつけてきたのは、この地域を警邏する衛兵隊。
先頭に立つ隊長は、色々とあって顔なじみになっている男だ。
だからメルツェデスは、いつものように笑顔を作って応対する。
「あら隊長さん、ご苦労様ですわね。
何事、と言われると、話せば長くなるのですが……」
そう言いながら白扇を取り出し口元を覆いつつ、ちらりとクリスに視線をやれば、クリスも小さく頷いて返した。
それを確認すると、改めて隊長へと向き直り、小さくため息を一つ。
「今夜も中々に暑気が残っておりますでしょう?
ですから、お友達をお誘いして夜の散歩と洒落込んでいましたら、何やら怪しげな集団を見つけまして」
困ったような顔でスラスラと嘘を垂れ流すメルツェデスに、思わずリヒターがギョッとするが、クリスがそれに無言で小さく首を振る。
その意図するところがわかったのか、リヒターも口を噤み、メルツェデスが何を言い出すのか見守った。
「つい退屈の虫が騒いで覗いてみれば、妙な儀式を始めようとしたのですよ。
ほら、私五年前のことがございますから、そういったことは見逃せなくて……それで声を掛けましたら、問答無用とばかりに襲いかかられたので、仕方なく返り討ちにしたのです」
「……なるほど、仕方なく」
「ええ、仕方なく」
もの言いたげな隊長へと、笑顔で押し切るメルツェデス。
隊長が知る限り、今までの騒動でメルツェデスが人を殺めたことはなかった。
となれば、今回はそれだけ大事だった、のだろう。
しかし。
仕方ない、でこれだけ斬ることができるのも、それはそれでどうなんだ、と思わなくもない。
それも、全員一太刀で見事にばっさり。
薄々わかっててはいたが、このお嬢様ご一行はとんでもない凄腕のようだ。
「なるほど、それならば仕方ないですな」
伯爵家の令嬢である彼女がそう言うのであれば、しがない衛兵隊長でしかない彼は反論のしようもない。
まして、今までの付き合いで人格もわかっている、そしてこれだけの腕を持つ彼女が言うのだから。
どうやら色々飲み込んでくれるらしいと見れば、白扇の内側でメルツェデスは、小さく安堵のため息を零す。
それから、表情をまた作り直して。
「それでは隊長さん、後はお任せしてよろしいかしら。
余計な時間がかかってしまいましたし、あの方々を早くお送りしなければ心配をかけてしまいます」
「ああ、それは……そうですな、わかりました、お任せください」
あの方々、と言われてちらりと視線をやれば、隊長はあっさりと頷いた。
ほとんど表に出ないヘルミーナは知らなかったが、公爵令息であるリヒターの顔は知っていたらしい。
うかつに首を突っ込めばややこしいことになる。
今までのことを考えれば、貴族方面のあれこれはメルツェデスがなんとかしてくれるだろう。
そこまで判断した隊長は、長いものに巻かれることにした。
そしてメルツェデス達が立ち去った後。
衛兵達が遺体の片付けや現場検証をしているところを、物陰から遠巻きに見ている男がいた。
マントに付いているフードを深く被り、周囲の様子を気にしながらも視線は倉庫の中へと注がれている。
「くっそ、何がどうなったのかはわからんが、嗅ぎつけられて踏み込まれたってのか」
苛立たしげに言いながら、ぐしゃりと頭をかいた拍子に垣間見えた顔は三十手前くらいだろうか。
本来ならば整っている顔立ちなのだが、今は怒りと、何か暗い感情で歪んでしまっている。
「だがボス、ジルベルトがいたんだろ? あいつらだったらジルベルト一人でどうにかできたと思うんだが」
「言われて見れば、そうだな。だったらなんで……ちっ、これが強制力ってやつかよ」
部下らしき大男に言われてしばらく考え込んだボスと呼ばれた男は、何か考えついたのか舌打ちをしながら顔を上げた。
納得したらしいのに、その顔の歪みはさらに酷くなっているのだが。
「ボス、なんだその強制力ってのは」
「何でも無い、お前は気にしなくていいことだ」
怪訝な顔をする部下へと、ボスは手を軽く振って答える。
仮に説明したところで理解はされないだろうから、とあしらわれることに慣れているのか、部下もそれ以上は何も言わなかった。
「それよりも、急いでアジトや祭壇を引き払うぞ。
連中のことだ、明日どころか今夜に襲撃があってもおかしくねぇ」
彼の指示に頷いた部下は、闇にできるだけ隠れるようにしながら元来た道を戻り始める。
ボスと呼ばれた男もその後に続きながら、ぶつくさと小さく文句を呟いていた。
「ジークの時はできるだけ最高の暗殺者を用意したってのに失敗した。
イベントはイベント通りになるのか、と思ってゲームになかった襲撃計画を作ってみりゃぁ潰される。
マジで優遇されてんな、登場キャラどもは……」
その小さな呟きは誰にも聞こえなかったし、聞こえたところで意味がわかるものはこの場にはいない。
ひとしきり文句を呟きながら、男もまた闇に隠れるようにその場を立ち去った。
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