第19話 招かれざる客。
そうやってすっかり打ち解け、話も弾み、お茶もお菓子も随分と消費した頃だった。
ふと、メルツェデスがこの中庭へと続いている通路の方を見やる。
「あら、どうかしましたか、メルツェデス様」
「いえ、その……あちらの方が、何やら騒がしいような?」
言われてフランツィスカも令嬢達もそちらを見やるが、何か変わった様子は見られない。
しかし、メルツェデスの感覚は確かに何かざわついているものを感じ取っていた。
そうしている内に、向こうから何やら言い合いをしている集団がやってくる。
「……本当に、何やらあったようですわね……私、様子を見て参りますわ。しばし失礼いたしますわね」
そう言って立ち上がったフランツィスカは三人へと向かって頭を下げると、すぐに身を翻して通路の方へ向かう。
だが、フランツィスカが辿り着く前に、騒いでいる集団が中庭へと顔を出した。
どうにも気の強そうな少女と、その後ろに二人、強気な中に若干卑屈さのある少女。
「……あれは……ギルキャンス公爵令嬢様では……?」
「ギルキャンス公爵令嬢様、ですか? ですが、確かギルキャンス公爵家は……」
「ええ、貴族派の筆頭、のはずですわね。なのになぜ、国王派であるエルタウルス家のお茶会に……」
声を落とし、顔を少しばかり寄せ合いながらメルツェデス達は不思議そうに声を交わす。
それもそのはず、ギルキャンス家とエルタウルス家は犬猿の仲。というより、ギルキャンス家が一方的にエルタウルス家を敵視している間柄だ。
ギルキャンス公爵家は、かつて建国王の王弟が臣下に降ることで興った、由緒ある家柄。
それ故に多大な権益を手にし、随分と幅を利かせてきた家であった。
だが、初代はともかく、時代が進むにつれて家柄に甘えて驕り昂ぶるようになっていく。
そのせいで少しずつ人心が離れていき、さらに国王への集権化が始まって勢力が縮小していった。
そこで真っ当な努力をすれば良かったものを、同様の貴族達を集めて権益を守ろうとしだしたのが現在の貴族派、だと聞く。
今来ているのは、年格好からして恐らくそのギルキャンス公爵家の次女なのだろう。
確か名前はエレーナ・フォン・ギルキャンス……と思い出した途端、脳裏に前世で見たゲーム画面が浮かぶ。
エレーナもまた、ゲームに出ていた。とあるイベントで一回だけ、ではあったが。
その時に見たエレーナそっくりの緩くウェーブした茶色の髪とどうにも意地悪な印象の強い緑の目。それをそのまま小さくしたような令嬢が、中庭の入り口でフランツィスカと揉めている。
「これはこれはギルキャンス様、突然のご来訪、いかがいたしました?」
「あらお久しぶりね、エルタウルス様。いえね、何やら面白そうなお茶会をしていると聞いて、つい立ち寄ってしまいましたの」
先程までとは違ってどこか硬い口調のフランツィスカに対して、エレーナは余裕たっぷりの笑みを見せる。
そう言えば、フランツィスカは自分のことを頭が固いと言っていた。
もしかして突発的な出来事への対応は得意ではないのだろうか。
そんな危惧を覚えながら、メルツェデスは動向を見守っている。
「なるほど、左様でございましたか。けれど、ギルキャンス様は本日お招きいたしておりませんわよね?
あいにくと、お招きさせていただいた皆様分のテーブルと椅子しかございませんの」
ですからお引き取りを、と続けようとしたところに、エレーナが言葉を被せてきた。
「あ~ら、ご心配なく。目的を果たせば、すぐにお暇させていただきますわ」
楽しげに笑うエレーナへと向けるフランツィスカの表情が一瞬険を帯びそうになるが、それをすぐさま飲み込む。
この国での貴族の会話において、相手の発言を遮って自分の言葉を重ねるのは、相手の言うことなど聞く価値がないと言外に言うようなもの。
つまり、相手を見下していると表明するにも等しい行為だ。
それを招待した客人の前でやらかすなど、フランツィスカの面目を潰そうとしていると取られてもおかしくない。
言ってしまえば宣戦布告にも近い行為なのだが、ここで逆上してしまうのは恐らく相手の思うつぼ。
そうでなくとも、折角来てくれた客人達に不快な思いをさせてしまうだろう、とぐっと堪える。
「まあ、招待もなく、このような騒ぎを起こしてまでの目的とは、一体何なのですか?」
招待無しに押しかける、制止を聞かずに踏み込んでくる。
相当に無体で無礼な行為なのだが、どうも彼女はそれがわかっていないらしい。
形式的な序列だけで言えば、王家に次ぐ公爵家筆頭。
その家の令嬢とあれば、どんな無礼も許されると思っているのだと、その顔には書いてある。
だから、問われて返した答えは、この上もなく失礼なものだった。
「今日はこちらに、あのプレヴァルゴ様がいらしているのでしょう?
どのようなお顔になってらっしゃるのか、是非とも拝見したくて」
途端、空気が凍る。いや、一部では火が付いたような熱を帯びる。
今日この場で知り合い、その人柄に触れた令嬢達は、全員メルツェデスに好意的になっていた。
その彼女の、令嬢として致命的な傷を負ったと伝え聞くその顔を見物に来た、と言い放ったのだ、彼女は。
中でも、彼女を客として招き、友人として迎えたフランツィスカにとって、それは許せない発言だった。
「お帰りください」
きっぱりと斬り捨てるような言葉の強さに、エレーナの口が止まる。
普段の穏やかな顔はどこへやら、じぃ、と見つめるフランツィスカの瞳の強さに、エレーナは思わずたじろぎそうになる。
「今、なんとおっしゃいました? 私に、帰れとおっしゃいましたの?」
「ええ、申し上げました。どうぞこのままお帰りください」
繰り返して、エレーナは一歩も引かぬとばかりにすっくと立つ。
「メルツェデス様は、私の大事な友人です。その彼女を、見に来たと。見世物として差し出せとおっしゃるのですか?
そんな要求など、到底受け入れることはできません。お引き取りください」
その言葉に、そしてその立ち姿に、中庭にいる令嬢達は、ほぉ……と感嘆のため息を吐いた。
今日初めて会ったばかりの友人だというのに、その名誉を守るために決然と立ち塞がるフランツィスカの姿は、神々しくさえある。
かばわれた当事者であるメルツェデスなど、思わず目が潤みそうになってしまった。
だが、残念なことにエレーナには感じ入る心根がなかったらしい。
「んなっ! た、たかが伯爵令嬢ごときのために、この私に逆らうというのですか!
この、公爵家筆頭であるギルキャンス公爵家の令嬢である私に!」
「ええ、逆らいます。受け入れられないご要望は、お断りいたします。
メルツェデス様は、不幸な事件があった後もたゆまぬ努力をなさっている、素晴らしいお方。
そんな素敵な友人を見世物に差し出すなど、この私の、そしてエルタウルスの誇りが許しません!」
こんなことを言われて、泣き出さずに堪えられた自分にメルツェデスは感心する。
ほんの一時間二時間の間に、こんなにも自分のことをわかってくれる人が居た。
それはこれ以上なく涙腺を刺激してくるのだが、今泣き出すわけにはいかない。
彼女にとっても大事な、素敵な友人が戦っているのだから。
だから、ぎゅっと唇を引き結んで顔を上げた。
ここまで言われたエレーナは、口をパクパクとさせて反論がろくに出てこない。
それを投了と見たフランツィスカは、もう一度帰るよう促そうとしたのだが。
唐突に歪んだ笑みを見せたエレーナが、口を開いた。
「な、何が誇りよ、そんなみっともない体型で! 偉そうに語る前に、まずご自分をなんとかなさったら!?」
その言葉にフランツィスカは固まり、令嬢達は息を飲んだ。
言い合いで敵わぬと見ての、唐突な身体への攻撃。
それはあまりに醜く、しかし反論もしがたいものだった。
もちろん、それはただの論点ずらしでしかないのだが、そのことを指摘できる程にはフランツィスカも老成していなかったらしい。
しん、と静まりかえった中庭の空気を見て、得意げにエレーナが言葉を続けようとした、その時だった。
「オ~~~ッホッホッホ!
オ~~~ッホッホッホ!!」
突如響き渡る高笑い。
何事かと皆が見やれば、すっくと立ち上がる令嬢が一人。
「黙って聞いておりましたら、また随分と面白いことをおっしゃいますわね。
この場で最もみっともない方が、よりにもよってフランツィスカ様をみっともないなどと……片腹が痛すぎて、思わず笑ってしまいましたわ」
ゆるりと向き直れば、ニヤリと見せる不敵な笑み。
そう、誰あろう、メルツェデスである。
その威風堂々たる立ち姿に、エレーナと取り巻きは思わず一歩下がってしまう。
「なっ、なんなのですかあなたは!? 見れば少なくとも侯爵以下……目上の者に対していきなり話しかけるなど、失礼ですわよ!」
エレーナとて公爵令嬢として教育を受けている身、公爵家・侯爵家令嬢の外見は全て覚えている。
そのいずれとも一致しないのだ、有象無象の令嬢だろう、と侮って声を上げたのだが、相手は全く堪えていない。
むしろ、笑みを深めるばかりだ。
「失礼、ですか。ふふ、このわたくしには無縁の言葉でございますわね」
「な、なんですって!? あ、あなた一体何を言ってますの!?」
相手を指さす、という失礼な行為をしながらエレーナが問いかければ、ずい、とメルツェデスは一歩踏み出す。
一歩、もう一歩、二歩、三歩。
十分な間を取り、相手へと重圧をかけながら、それでいて淀みなく滑らかに。
「あら、おわかりになりませんの? 伯爵令嬢風情が、公爵令嬢であるあなた様に対してこうも口を聞くことの意味が」
伯爵令嬢、というヒントでわかったのか、メルツェデスへと向けられた指先がプルプルと震えている。
それを見たメルツェデスの笑みは、どうにも楽しげで……獰猛だった。
「ま、まさか、あなたが……」
気付いたらしいエレーナの言葉に、メルツェデスの唇の端が上がる。
と、帽子のつばに手をやれば、一気にそれを、天へと向かって放り上げる。
その勢いでばさりと髪をなびかせれば、額に輝く深紅の三日月。
「これぞ、あなた様がご所望なさった『天下御免』の向こう傷!
恐れ多くも国王陛下より賜った『勝手振る舞い』の証、とっくとご覧あそばせ!!」
そう言い放つ威風堂々たる立ち姿は、さながら高名な画家が描いた一幅の絵画のよう。
それに打ち据えられたか、誰も言葉を発することができなかった。
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