第17話 接近遭遇。

 そしてしばらくの後、お茶会当日。

 ハンナを伴ってエルタウルス邸へと訪れたメルツェデスへと、弾けるような明るい声が掛けられる。

 目に飛び込んで来たのは、昼過ぎの明るい日差しをキラキラと反射させている、見事な縦ロールの金髪。

 火の加護を持つからか赤いドレスを好む、というハンナの事前情報通り、凝った意匠の赤いドレスの少女。

 ちなみに、今日のメルツェデスは深い紺色のドレスである。 


「まあまあプレヴァルゴ様、ようこそお越しくださいました!」

「こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます、エルタウルス様」


 エルタウルス家のエントランスにまで迎えにきたフランツィスカへと、恭しく頭を下げながらメルツェデスは思った。

 間に合った、まだいける、と。


 メルツェデスを出迎えた彼女は、確かにふくよかではあった。

 しかしまだ、ふくよか、あるいはぽっちゃりと言える範囲であり、ゲームに出てきたような丸いシルエットではない。

 ニコニコとした明るい笑顔が合わされば、十二分に愛嬌があり、思わずこちらも笑顔になってしまう。

 

 と、何か気付いたらしいフランツィスカが、はっとした顔になる。


「そう言えば、こうしてきちんとお話するのは初めてですわよね?

 フランツィスカ・フォン・エルタウルスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「これはご丁寧にありがとうございます。

 メルツェデス・フォン・プレヴァルゴでございます。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 互いに自己紹介をしながら、スカートの裾を持ち上げるカーテシーを披露すれば、顔を上げるや否や、お互いににっこりと微笑みを交わした。


 この子、できる。


 期せずして、互いに思った事は同じだった。

 メルツェデスのカーテシーが安定しているのは言うまでもないが、フランツィスカのそれもまた、ブレや乱れのない、お手本のようなもの。

 それぞれの努力を認め合った二人の間に去来するものは、強敵と書いて「とも」と読むような感覚だった。


 互いに挨拶を済ませて姿勢を正せば、メルツェデスは被っているツバの広い帽子に手を当てながら、申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


「それから、本日は日差しが強うございますから、このような格好で参りましたことお許しください」

「あら、本日は屋外でのお茶会ですもの、お帽子を被るなど当然のことですわ。そのようなことお気になさらないでくださいまし。

 木陰の席にご案内する予定でございますが、木漏れ日もございますので、どうぞそのままでご着席くださいませ」


 それを受けたフランツィスカは、気にした様子もなく、むしろ当然とフォローまで入れてきた。

 やはり、できる。メルツェデスは改めて思う。

 

 恐らくだが彼女は、メルツェデスが本当は、日よけのために帽子を被っているのではないことを見抜いている。

 周囲の人に気を遣って額の傷が目立たぬようにしている、と理解した上で、その気遣いを無にしないよう差配してくれているのだ。

 当然だが、普通の十歳にできることではない。

 

「お気遣いありがとうございます。でしたら、皆様と一緒に、心からお茶会を楽しむことができそうですわ」


 メルツェデスの返答に、フランツィスカは達成感を滲ませた笑みを見せた。

 自分の気遣いがメルツェデスに通じた、と理解したのだろう。

 晴れ晴れとした心からの笑みに、メルツェデスも釣られたのか、笑みがいつもより柔らかい。

 一層嬉しそうな笑顔を見せたフランツィスカが、メルツェデスの手を取る。


「さあ、どうぞこちらへ。こんなに素敵なプレヴァルゴ様に来ていただいたのですから、皆様にもご紹介しなければ!」


 そう言いながらメルツェデスの手を引き、邸内へ向かおうとする。

 皆様。わかってはいたけれども、複数人が来ているお茶会。

 一瞬だけメルツェデスはためらった。

 

 けれど。

 伝わってくる手の温もりに。

 何よりも、輝くような明るい笑顔に。

 背中を押されたように、一歩、また一歩と踏み出してしまう。

 

 なんとなく。

 この先に、退屈な日々と少しだけ違う何かが待っているような、そんな予感があった。

 それが本当かどうかはわからないけれど、確かめてみるのもいいかも知れない、などとも思ってしまう。


「……きっと、退屈しのぎにはなりますわ」


 小さく口の中で呟けば、引かれるままに案内されていった。



 

 お茶会の会場である中庭へと出れば、既に来ていた令嬢達の視線が一斉にメルツェデスへと向けられる。

 転生してから今日まで割と引きこもりがちだったメルツェデスには、中々にプレッシャーではあったのだが……なんとか狼狽えず、微笑みながら受け止められた、のではないだろうか。

 こちらを窺うような令嬢も居れば、隣の令嬢と何やらヒソヒソと言い合っている令嬢もいる。

 それらの反応は予想してはいたので、顔に出さずに済んでいた。


 と、意を決したのか、あるいは好奇心が勝ったのか、一人の令嬢が歩み寄ってきた。


「あの、フランツィスカ様。そちらの方とは初めてお会いしますので、よろしければご紹介いただけませんか?」


 ちらちらと窺うような視線には、若干値踏みするような色。

 ある程度正体に見当はついているが自信はない、というところだろうか。

 それを受けたフランツィスカがチラリと視線でメルツェデスに問いかけてきたので、小さく頷いて返す。


 一瞬だけ心配そうな顔になったフランツィスカを見て、メルツェデスは確信した。

 ああ、この子は良い子だ、と。

 ならば、そんな彼女がお招きくださったこのお茶会、見事乗り切ってみせよう。

 何匹でも猫を被り、なんなら女優にもなってみせよう、と。

 

 そんなメルツェデスの覚悟を知ってか、フランツィスカは殊更声を張り上げ、中庭中に響けとばかりに紹介する。


「こちら、プレヴァルゴ伯爵家のご令嬢、メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ様ですわ。

 皆様もお名前はお聞きになったことがあるかと思いますけれども」


 半ば問いかけのようなフランツィスカの言葉に、その場に居た全員が頷いて返した。

 何しろ『勝手振る舞い』を許されたという情報は、ほとんど全ての貴族に伝達されている。

 当然その当主が一族へと更に伝達する義務があり、この場にいる少女達は全て真っ当な家のご令嬢だったらしく、きちんと伝わっていたようだ。


 そして。向けられてくる視線は、肯定的な物と否定的な物、それぞれ半々、だろうか。

 

 王子のために身体を張った令嬢への、ある種の羨望。

 王家の覚えもめでたい伯爵令嬢への、ある種の嫉妬。


「ご紹介いただきました、メルツェデス・フォン・プレヴァルゴでございます。

 初めてお会いする方ばかりでございますが、今後どうぞよろしくお願いいたします」


 それらの視線を受けながら、メルツェデスは堂々たるカーテシーを決めて見せた。

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