第16話 あるいは、仲間意識。
「あら、エルタウルス公爵家のフランツィスカ様から、ですか。
聞くところによれば快活な方だそうですし、お嬢様とも気が合われるかも知れませんよ?」
「流石ハンナね、どこからそんな情報を仕入れてくるんですの。
それはともかく……快活な方、ね」
呟き、少し視線を落として考え込む。
フランツィスカ・フォン・エルタウルスは、『エタ・エレ』において第一王子エドゥアルドルートの婚約者であり、そのルートで主人公の前に立ちはだかる壁として厳しく叱咤してくるライバル令嬢だ。
金髪縦ロール、碧眼で威風堂々とした態度。
陰険ないじめなどはなく、常に正々堂々、正面から正論と努力と根性と教養で殴りにくる、悪役とは言いがたい存在なのでライバル令嬢と呼ばれている。
……まあ、正々堂々であっても、ゲームのメルツェデスのようになれば悪役と呼ばれるのだろうが。
フランツィスカの場合は、魔法学園の授業における模擬戦闘以外での暴力沙汰は発生しない。
ちなみにその時は、強力な攻撃魔法と油断できない近接能力を駆使してバランス良く立ち回ってくるため、攻略には中々苦労をする。
いや、このゲームの悪役・ライバル令嬢に一筋縄でいくキャラはいないのだが。
そんな彼女であれば、確かに気が合うかも知れない。
「少なくとも、誰それが好きだのの色恋話や、誰かの陰口に終始するようなお茶会にはならなさそうね」
「お嬢様がお茶会に難色を示してらっしゃるのは、やっぱりそれですか」
「ええまあ。巡り合わせが悪かったのかも知れませんけど、ね」
やっぱり、と呆れたようなハンナへと、若干困ったような苦笑を向ける。
元々の性格も、メルツェデスの性格も、集団でつるむことをあまり好まない。
集団の中で空気を読んで、それに合わせて会話することは貴族社会において重要であることはわかっているし、その気になれば立ち回ることもできるのだが、性に合わないのは合わないのだ。
そこにこの額の傷だ、それを口実にお茶会などは出来る限り断るのもありかな、と思っていたのだが。
「でも、このお茶会には、参加してもいいかも知れませんわね……」
「ええ、よろしいかと思いますよ。エルタウルス公爵家は我がプレヴァルゴ家と同じ国王派。親しくしておいて損はありませんし」
メルツェデスの呟きに、ハンナは肯定の言葉と共にコクリと少し深めに頷いて見せた。
このエデュラウム王国は、大きく分けて国王派と貴族派の二つの派閥に分かれている。
国家運営の効率を上げるために中央集権的な体制づくりを推し進めようとする国王派。
伝統的な封建制度を維持し、貴族の発言力を保たせようとする貴族派。
現時点では国王派が主流だが、貴族派の発言力も失われてはいない。
何しろ国王クラレンスその人が、理があると見れば貴族派の意見も採用しているのだから。
そのため貴族派も、己の利権を紛れ込ませられる程の誤魔化しを含めて良く練り上げた、国家の為の提言を積極的に発信している。
まあ、その提言から利権をある程度削って、最終的に一番美味しい形に落とし込むクラレンスが一番の狸なのだが。
そんな政治の世界に首を突っ込むつもりは毛頭ないが、公爵令嬢と仲良くすることが家の為になるのであれば、それは悪い選択ではないだろう。
「そうですわね、お父様のお役に立てるなら何よりですし……流石にわたくしも、この歳でお友達がいないというのは少々よろしくありませんしね」
ハンナに応じると、メルツェデスは小さくため息を吐く。
五歳の頃に剣を手にした彼女は、いわゆる普通のご令嬢との付き合いは面倒、退屈なものとして忌避してきていた。
また、ご令嬢側としても、言葉遣いこそ淑女然としているが、やることなすこと男勝りなメルツェデスについていけるわけがない。
結果としてメルツェデスは、この歳で友人と呼べるような相手はいなかった。
強いて言えば、ハンナのことは友人のように親しく思っているのだが……当のハンナが頑として受け入れないことはわかっているので、口にはしない。
「確かに、お嬢様も後五年もすれば魔法学園に入学なさるのですし、今から少しずつでもご友人をお作りになられませんと……学園でボッチは相当に辛いと聞きます」
「……ねぇ、ハンナ。あなた、十歳から我が家に仕えて、学校に行く暇もなかったはずですよね?
なのにどうしてそんなことを知っているの?」
メルツェデスの問いかけに、ハンナは一瞬沈黙する。
若干重たい数秒が流れた後。
「それは、乙女の秘密というものでございます」
「そんな秘密は乙女のなんて可愛い形容は付かないと思いますわ!?」
しれっとした顔で逃げを打つハンナに、メルツェデスは力一杯ツッコミを入れた。
もちろん、そんなツッコミに慣れているハンナは、涼しい顔なのだが。
「何をおっしゃっているのですか、メルツェデスお嬢様。
私が乙女である以上、私の隠し事は乙女の秘密なのでございます」
「……それはまあ、肉体的には乙女なのでしょうけども……中身は……」
淡々と、冷淡なまでに淡々と述べるハンナに、メルツェデスは思わず突っ込みを入れてしまう。
そんなメルツェデスへと、ある意味いつもの、少しだけ口を動かす薄い笑みをハンナは見せた。
「あら、お嬢様。肉体的な乙女だとか、そんな発想をなさるのですね?」
「……あっ。い、いえ、なんのことだかわかりませんわ!?」
慌ててそう言いつくろい視線を逸らすが、もちろんそんなことで誤魔化されてくれるハンナではない。
誤魔化されてはくれない、のだが。
「ふふ、これ以上お嬢様を困らせてもいけませんし、ね。お嬢様が色々と大人の階段を上っていることを確認できてよかったとしておきましょう」
「こちらとしてはちっとも良くないのですけど!?」
更に階段を上らせるお手伝いをするのは私、などとハンナが内心で考えていたことに気付いたか気付いていないのか。
メルツェデスは理屈でない焦燥感を感じて、言い募る。
しかしそれは、華麗にスルーされるのだが。
「では話を戻しまして」
「スルーしましたわね!? あっさり戻しましたわね!?」
「ええ、戻します。今この時期に、エルタウルス公爵令嬢様と縁を結ばれること自体は、良いことだと思いますよ」
あっさりとスルーしたハンナの言葉に、しばし考えたメルツェデスは小さく頷いた。
「……ええ、確かに、そうね……この時期に、縁を結んでおいて、あわよくば……」
「あわよくば?」
「い、いえ、なんでもありませんわ?」
そう言ってメルツェデスは誤魔化したが、実際はなんでもなくなかった。
正々堂々、正論と努力と根性の人、フランツィスカ。
教養もあり、堂々たる振る舞いをする彼女には、令嬢として一つ致命的な欠点があった。
『今ならきっと……間に合いますわよね?』
ハンナに聞かれないよう、心の中で呟く。どんな小声であってもハンナの耳は捉えそうだから、しっかり自制して。
そこまでして決意するだけのことがあった。
公爵令嬢フランツィスカの致命的な欠点。それは、彼女の体型だった。
端的に言えば、漫画に出てくるような丸っこいデブキャラ。それが、フランツィスカの外見の概要だった。
そして驚くべきことに、その外見、体型で、立ち居振る舞いは完璧。ダンスは周囲の目を引くほどのキレ、らしい。
実際彼女の初登場スチルでは何故かビシッと決まって威厳のあるものだったし、踊っているスチルは、金髪碧眼で優しげな容貌の美男子エドゥアルドとの外見ギャップが激しいのに、妙に馴染んでいるものだった。
当時のSNSなどでは、『どうしてそこに本気を出した』だとか『画力の無駄遣いだけど惚れた』だとか微妙な、しかし好意的な評価が多かったりする。
そして付いたあだ名が『踊れるデブ』、『可愛いビアダル』、『目をつぶれば最高の令嬢』などなど。
最終的には、同等かそれ以上の能力を獲得した主人公にエドゥアルドを譲ることになるのだが……もしも彼女の体型がせめて普通のものであったなら、と思わなくもない。
何よりも。こうして何の縁か同じく主人公に敵対する令嬢になったのだから。
そして、どうやら自分は破滅ルートから抜け出せそうになっているのだから。
彼女にも幸せな未来があって欲しい、と思ってしまったのだ。
そのためには……まず体型を保つこと、だとも思う。
そしてそれは、縁を繋ぎさえすれば、なんとかできるのでは、とも。
「うん、決めました。ハンナ、エルタウルス公爵令嬢様のお茶会に参加いたしますわ。
お返事を書くから、届ける手配をお願い。
……それから、当日のコーディネイトも考えてもらえますかしら」
「はい、かしこまりました。すぐに手配をいたします。
折角ですから、ドレスも新調いたしますか? 懇意にしている仕立て屋が、お嬢様のドレスをと最近言ってきているのですが」
「……ええと…………いいえ、今あるドレスで選んでちょうだいな」
一瞬だけ、それは仕立て屋の意向なのだろうか、ハンナが言わせているのだろうか、と勘ぐってしまう。
それを飲み込むのに数秒要したメルツェデスは、それでも笑顔を作り、指示を出した。
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