第7話 退屈令嬢は思い出す。
メルツェデスがため息を零したのには理由がある。
彼女は、こうなる運命を知っていたのだ。
まあ、知ったのはつい先程だったのだが。
「これ、やっぱりそういうこと、ですわよね?
わたくしはメルツェデス・フォン・プレヴァルゴ。剣に長けた埒外の令嬢」
呟きながら、そっと額に触れる。
ガーゼに覆われた傷痕は、もちろん直接触れることはできないけれども。
その形状は、鮮明に思い浮かべることができた。
「第二王子のジークフリート様。わたくしの弟、プレヴァルゴ伯爵家の長男はクリストファー。
これ、どう考えてもあれですわね……」
もう一度、今度は盛大にため息を吐く。
自分の、そして周囲の人物や状況に、心当たりがあった。
『エターナル・エレメンツ~光の聖女と精霊の騎士~』という乙女ゲームの設定にそっくりそのままなのだ。
もちろん、この世界に乙女ゲームなどはない。コンピュータゲームはおろか、テレビすらないのだから。
しかし彼女は知っている。
そのゲームの存在と内容を。それが存在していた世界を。
つまりメルツェデスは、前世の記憶を思い出した転生者なのだ。
「転生、あったらいいなとは思っていましたが……まさか、こうくるとは……」
つぶやきは、ぼやきと言っていい苦いもの。
何しろ、彼女が知るメルツェデスは、いわゆる悪役令嬢なのだから。
それも、ただの悪役令嬢ではない。
「なんでまた、よりにもよって『高笑いバーサーカー』に転生してしまったのでしょうか……」
ため息の大半は、それが原因。
彼女の知る『メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ』は、ややもすればバーサーカーという呼称すら生ぬるい程の存在だったのだから。
この『エターナル・エレメンツ』通称エタエレは、主人公であるヒロインが魔法学園に入学するところから始まる。
そして攻略対象との仲を進展させ、最終的には結ばれるのが基本のルート。
少し個性的なのが、多くのルートで闇の魔王が復活し、それを撃退することでトゥルーエンドへと進む展開。
そのため、乙女ゲームでありながらRPG要素も強いのだが、このRPG部分の出来が実に良かったことでも有名だった。
その中でも第二王子ジークフリートの婚約者でありクリストファーの姉であり、そのルートで立ちはだかるメルツェデスは、高い物理攻撃力に回復や自己強化ができる水の魔法を組み合わせて襲いかかってくるため、恐るべき強敵として主人公の前に立ちはだかる。
おまけにゲーム中盤以降、主人公とジークフリートやクリストファーの仲が進展して近づくにつれ、犯罪すれすれの暴力行為に走る始末。
そしてエンディングによっては、断罪の場から幾人も斬り倒して血路を開き逃走、最後は王国騎士団に囲まれ、数十人を斬り倒して返り血に塗れつつ、高笑いをしながら討ち取られるという壮絶な最期を迎えるのだ。
ちなみに、他のエンディングでも基本的には大立ち回りを演じた後、討ち取られる。
生き残るのは、主人公が誰ともくっつかない友情エンドくらいというありさまだ。
そんな彼女の狂的な生き様は、多くはないが熱心なファンも獲得した。
彼女とて、決して嫌いではない。むしろ好きと言っていいだろう。
だがそれは、あくまでも鑑賞する立場としては、である。
実際にその当事者として修羅道にたたき込まれるなど、御免こうむりたい。
「とにかく、なんとかして死亡フラグを回避しませんと……。
ええと、何故そんなことになるのでしたでしょうか……?」
まだ若干はっきりとしない記憶を、必死に手繰る。
何しろ、下手を打てばどうあがいても死あるのみ。
こうして幸か不幸か転生して次なる人生を得たのだ、何とかささやかでもいいから幸せになりたい。
と、必死に考えることしばし。思い至って、がっくりと力なくベッドに身体を沈める。
「これですか、まさにこれですか……」
そうぼやきながら、さすりとガーゼの上から傷痕を一撫で。
まさにこの傷痕こそが、メルツェデスの運命が狂いだしたきっかけなのだ。
稽古相手として呼ばれ、刺客に襲われたジークフリートをかばい、負傷する。
そして刻まれてしまった、令嬢としては致命的、社会的な死を意味するほどに目立つ傷痕を、彼女は利用した。
つまり、責任を取れと迫り、ジークフリートとの婚約を成立させてしまったのだ。
本来は公爵、あるいは侯爵令嬢が普通である王子の婚姻相手として、伯爵令嬢も例が無いわけでもない。
まして武門の家として名高いプレヴァルゴの娘だ、文句も付けにくいところにこの不祥事。
反対意見もろくに出ず、婚約は成立した。ゲームの中では。
第二王子とはいえ王族との婚約、おまけに引け目を感じてかジークフリートも王家も対応が及び腰。
大体の我が儘が通ってしまう環境に、メルツェデスは徐々に増長していった。
逆に言えば、王子の婚約者という立場を失えば社会的に死ぬとも言える状況。
そこにいきなり主人公が現れジークフリートの心を奪ったのだ。それは狂的と言える行動にも出るだろう。
その結果逆に王子の心は離れ、最終的には例の壮絶な最期となるのだが。
むしろそれは自業自得なのでは? と第三者的には思ってしまう。
が、今はまさにその当事者なのだから笑えない。
「となると……気をしっかり持つのは当然のこと、できればジークフリート殿下と婚約などしないようにしたい、と」
それさえ出来てしまえば、後はジークフリートから距離を置くだけでなんとかなる、はずだ。
何しろジークフリートは、この稽古でボコボコにされた結果自尊心に傷を負い、ゲーム開始時ではヘタレ王子とユーザーから言われるほどの物腰の弱さになってしまうのだから。
今回の稽古ではゲームに比べればボコボコという程でもなかったのだが、この転生による影響だろうか。
ともあれ、メルツェデスから婚約など言い出さねば、後はどうにでもなる、と一瞬楽観的に考えたが、即座に首を振った。
「いいえ、それでは弱いですね……こちらから言わずとも、王家から言い出してくる可能性が。
私の気持ちはともかく、お父様の気持ちを引き留めたいと思うでしょうから……」
先程のやりとりで改めて痛感したが、父であるガイウスは親馬鹿や子煩悩という言葉でもまだ足りない。
クリストファー出生の際に最愛の妻を亡くして以降、忘れ形見であるクリストファーと愛娘であるメルツェデスへの愛は留まるところを知らない。
それほどに溺愛しているメルツェデスが額に酷い傷を残したのだ、並大抵のことでは収まりがつかないだろう。
「となると、お父様の気持ちを静めながら、婚約にも繋がらないような立ち回りを……?」
呟いて数秒後、頭を抱えた。
そんな都合の良い方策など、考えつくわけがない。
何しろ、ある程度メルツェデスの知識や考えを受け継いではいるものの、基本的には現代日本人庶民派的な考え方が強くなっているのだから。
当然、貴族的な機微も踏まえたアイディアなど馴染まないし浮かびもしない。
「あれ待って、もしかしていきなり手詰まりですの……?
い、いいえ、そんなことはありません、まだ終わってはいません。
わたくしとてプレヴァルゴの薫陶を受けた者、例え生粋ではなくとも、きっと何か打開策がっ」
自分に鞭を入れながら必死に頭を動かしていたが、どうやら時間切れのようだ。
コンコン、とドアをノックする音がする。
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
ハンナの声に、一瞬口に手を当てながらびくっと身体を縮こまらせた。
キョロキョロと周囲を窺い、誰にも見られていない、聞かれていないと今更ながらに確認すれば、ドアへと向けて声を掛ける。
「ありがとう、お入りなさい」
「かしこまりました、それでは失礼いたします」
答えて入ってくるハンナの顔を見て、改めて決意する。
こんなにも一生懸命にメルツェデスを支えようとしてくれるハンナがいるのだ、諦めるわけにはいかない。
決意を新たにしながら、ハンナが淹れてくれたお茶を口にする。
いつも家で口にする馴染んだ味に、ほっと小さく吐息を零した。
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