第124話

「魔道大学校からの急報だと?」


 予想外の報告を受けた宰相は、ルーティンの決済の仕事と引継ぎを平行して進めている最中であった。

 彼が仕えていた国王は既に一線を退き、現在のファーミルス王国は元第2王子が国王代理として権勢を振るっている。

 そのため、国の頂点元第2王子が周囲に置く人間は、徐々に入れ替えが進みつつあった。

 宰相の役職は元々次代への変更の時期が近かったため、交代が少々前倒しにはなっても特に問題となる部分はない。そもそも、引継ぎの相手は彼の息子だったりするのである。


 そんな事情もあって、宰相は緊急性が低い情報は翌日回しの扱いとし、実際には執務時間外に翌日の朝からの段取りも兼ねて、事前に1人でそれに目を通すサイクルを作り上げていた。

 それでも届いた予定外の報告に、彼は思わず驚きの言葉を口にしたのだった。

 それが、冒頭の発言となる。


「『新入生の魔力量検査で至急報告が必要と判断した』と、報告の書簡を持ち込んだ者は主張したそうです。国の重要機関の1つである魔道大学校の学長がそう判断したのであれば、緊急性が高いのではないかと考えました」


 王宮に届けられた書簡を宰相の元へ持ち込んだ文官は、その行為自体を咎められては困るため、事情をしっかりと説明した。

 書簡に書かれている内容次第では、「こんな物は明日でも良かった!」と言われる可能性も存在する以上、前振りは必要なのである。


「ふむ。この件か」


 書簡に書かれた内容に目を通した宰相は、驚きがなかったわけではない。が、クーガの魔力量が高いという予想自体は前々からしていた。

 それ故に、過去最高と思われる異常な魔力量という結果には驚かされても、内心では「やはりそうだったか」と、納得する部分もあったのだった。

 それはそれとして、この件は自身の息子への教材として適してることにも彼は直ぐに気づく。


 そうして、極僅かな考えを纏める時間をおいて、宰相は息子に書簡を手渡して一読させ、情報を共有した。

 その後に、彼に対処方法を問うこととなったのである。


「次期宰相としての君の判断を聞こう。この情報に対しての扱いをな」


 書簡を持ち込んだ文官は、宰相の次期宰相への問いを聞き、どうやら自身へのお咎めはないのだろうと悟る。

 そうであれば、この後ここに留まって、続けられる会話の内容を聞いてしまうと巻き込まれてしまう。

 そんな面倒事は御免だと、文官は「私へは特に何もないようですので、これで下がります」と、逃亡一択となる。

 危機回避能力に長けていなければ、王宮の文官で上には上がって行けない。

 その意図が透けて見える彼の割り込みの発言は、宰相の視点からは好ましい物となった。

 そうして、まだまだ下っ端の新米文官は危険地帯からの脱出を許され、宰相に顔と名前を記憶されたのだった。


「代理陛下への報告は必要ですが、これをこのまま即座に持ち込むか、何らかの腹案を作り上げてからにするか。最初はそこからですよね?」


「ふむ。君の判断ではそうなるのだな? 続けてくれ」


 息子からの疑問を含んだ発言には、宰相はその部分にわざと答えない。

 そうしてしまっては、意味がないからだ。

 疑問を投げかけた側は、”答えが得られない”という事実を以て、宰相の意図を悟る。

 そして、悟ってしまえば、彼は何を求められているのかを考えなければならない。

 この場で、”次期宰相としての資質を試されている”という現実。それを強く自覚して、宰相の息子は発言をせねばならないのだった。


「即座に持ち込んだ場合、代理陛下とその場で善後策を共に考えることになります。ですが、この場合の善後策とは、クーガの正妻として相応しいと言うか、他が第2夫人以下の席を求めて動くのを抑止できる者を選出して、しかもそれをゴーズ上級侯爵に呑ませることができなければ意味がない物となります」


 一旦言葉を切った次期宰相は、父でもあり、上司でもある宰相の醸し出す雰囲気から何かを得ようとする。だが、彼の父はそこでそうしたヒントを与えるほど甘くはなかった。

 文官としての能力が同世代の中で最も秀でているが故に、文官の最上の地位へと求められて就いている男だけのことはあるのである。


「その場で代理陛下にそれを求めても、案が出されることはないでしょう。年頃が釣り合う範囲だと、上は20歳、下は10歳辺りの範囲と考えます。ですが、魔力量が豊富な女性で、その年齢層の範囲に収まり、未婚でしかも婚約が決まっていない者はまず居ません。この案件は、先にその情報のデータを纏めてから、腹案を作り、その後に代理陛下へ報告に行くべきと思われます」


「そうか。そこまでならば80点だ」


 宰相は、”自身ならばこうする”という答えを当然持っていた。それを100点満点の基準とした場合、息子の考えは足りていない部分がある。


「足りない部分の教えを請うのは許されますか?」


「この件に関して言えば、最終的にはそれはある。しかし、先々ではそれが不可能になる。足りていない部分とは何なのか? それを考えるのを今は優先しろ。そもそも、足りていないことを、本来ならば知ることはできんのだ。更に言えば、私が考える満点が絶対の正解である保証などない。上回る知恵があってもおかしくはないからな」


 ずばりと宰相に切り込まれ、再考を促された息子次期宰相

 彼は、再思考を始めたものの、独力で考え出せる知恵には限界があるのを悟った。

 眼前の父親に比べて、彼の知識や経験が劣っているのは厳然たる事実である。ついでに言えば、才能とか能力もおそらくは劣っている。どんなに悔しくとも、自身が同世代の中では非凡な才能と秀でた能力を持っているとの自負があっても、更に上をゆく父親と比べてしまえば、それが現実であった。

 そこに気づいてさえしまえば、それを補う手段があることに、彼は漸く辿り着く。


 宰相は、「次期宰相の自分1人で答えを出せ!」と言ってはいない。

 あくまで、彼自身の判断の”結果”を求めただけであって、そこへ至る過程も独力であることを彼の父親は強制してはいない。

 そして、彼が今居る場所は王宮の宰相の執務室。

 ここには、宰相を補佐する役目を担う、経験も知識も豊富なベテランの上級文官たちが複数存在しているのである。

 

 次期宰相の気づきとは、”逃亡を図った下っ端の文官の判断が優れていた”のを証明した瞬間でもあった。


 そんな流れで前段階のアレコレは纏められ、代理陛下への報告が成される。

 場面は余人を排して、代理陛下、宰相、次期宰相の3者の密談へと移るのだった。




「計測不能か。検査機の目盛の上限は確か150万だったか?」


「そうですな。過去の最高記録でも100万をギリギリ超えてはいないので、機器の性能に問題があるとするのは酷かと存じます。上限を上げた性能の検査機を作ることはできますが、高品位の魔石をそこに使うのは勿体ないと私は考えます。そもそも、その材料は今のファーミルス王国にはありません。寧ろ、簡易版の発光色で暫定計測としてお茶を濁すのが今回は現実的かと思われます」


 検査機は魔道具であるから当然魔石が使用されている。

 仕組み上、本格的な検査機は大型か災害級の魔獣の魔石が組み込まれており、簡易版は中型の魔獣のものが使われている。

 簡易版は発光の色と光の強さだけで結果を示す仕組みであるため、高品位の魔石を使わずとも作れるが、針の位置で数値を検査ができる機器はそうではなかった。

 だがしかし。今回の案件の問題点は、計測の数値を正確に出すという部分ではないのである。


「150万を超えている。ではクーガの保有魔力量は一体いくつなのか? その点は興味がありますが、それを正確に計測しなければならない理由は、今はありません。話し合うべきは、彼の婚姻の件だと考えますが?」


 次期宰相の発言で、話の方向性は本来向かうべきところへと向けられる。だが、先の話題は、そうなっても簡単には妙案が出ないのを、なんとなく悟っていた代理陛下と宰相の現実逃避であったという事実に、彼は気づいていなかった。


「このミレスというゴーズ家の養女が出産済みで12年上であるのを考えると、クーガ本人が納得するならという条件は必須だが、魔力量が豊富で、年齢も更に上の女性を正妻に迎えるという案もあり得る。都合の良い訳アリ娘はおらんのか?」


 宰相が代理陛下の発言を聞いて、真っ先に思い浮かべたのは陛下の正妃の座に居るシーラである。この件の発覚の時期がもう少し早ければ、一度は未亡人となった彼女の新たな嫁ぎ先として、ヤルホス公爵が検討した可能性は高いと彼には思えた。

 勿論、今更の話であるから、そんなことを彼は発言したりはしないけれど。


「子爵基準の10000を超える魔力量の持ち主で再婚が可能な女性は、引く手数多ですから。喪が明ければ直ぐに嫁ぐので残っている方はいませんね。厳密に言えば今は内々で婚約状態の方が2名いますが。但し、決まっている話を反故にする度胸は、本人にもその実家にもないと思われます」

 

 そもそも、好んで三十路の女性を正妻に迎える成人前の年齢の若者がいるとは思えない。クーガの場合は、在学中に婚姻関係になるのが制度上不可能である以上、ミレスより年上の女性を求めれば確実に30歳を超えるのだ。


 彼個人の見解では、結婚可能な年齢の制限を法制化した賢者が、母体となる女性側の身体を心配して、他国では許されている14歳からの結婚を法で禁止したのは理解できる。

 実際に、母子の妊娠中及び産後の死亡率データに起こった劇的な変化が、その法の有効性の証明となっているからだ。

 しかしながら、個人的には、男性側にもその制限を適用しているのには疑問が残る。

 クーガのように、子供を認知している未成年男子という存在は、平民階級ではそれなりに数がいるのがその理由だ。


 これは、時代の変遷で現実に法がそぐわなくなっただけなのだが、最初は死亡率の激変という事実から合理的であると歓迎され、立法されてしばらくの間は利点の部分が強調され過ぎていて、欠点が問題視されることがなかった。それに加え、賢者の偉業の数々が、彼が係わった案件を聖域化し、アンタッチャブルにさせていることの弊害でもある。


 魔獣という脅威がある世界において、子作りが可能な年齢に達した男子の婚姻を妨げるのは、本来ならば合理的ではないはずなのだが。

 賢者の思想の中で、「ロリコンも許さんが、ショタも許さんよ?」という、実に独善的な考えがあったのが、彼が行った法規制の根幹だったのは誰も知らない方が幸せな事柄であるのだろう。


 尚、ファーミルス王国の婚姻に関しての法の制限年齢は男女共に18歳。但し、貴族階級は魔道大学校の最上級生となる3年生でその年齢に達するため、卒業後の入籍が慣例化されている。


 それはさておき、次期宰相は”自分がクーガの立場になったとしたら”と、思考する。

 彼ならば、三十路の正妻を家長から強要されたとしても、抵抗あるいは逃亡、最悪なら自害を考えるであろう。

 宰相の息子の考えは、常識的で至極真っ当な物であった。

 もっとも、本人の意思とは関係なく、強行される政略結婚という物も貴族家ならばそう珍しくはないのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、最後は条件だけで候補を選ぶ話に落ち着く。

 結局のところ、持ち込まれたリストに記載されている人物の中で、魔力量が豊富な女性で、最も条件が整っているのは2名しかいなかった。

 クーガの婚約者騒ぎを鎮静化させる有効な手段として、王宮から打診したいその2人候補者とは、カストル公爵の孫娘のニコラとレイラだったのである。


 特にニコラは、代理陛下から見ても血縁関係上は姪にあたる。

 これは、クーガの魔力量目当てですり寄って来る有象無象の女性を黙らせるには、十分な肩書の1つだ。

 彼女が既に王族籍から除籍されているという現実に目を瞑れば、伯父と姪という関係は事実なのだった。

 もっとも、”両者に血縁者として交流があったのか?”という疑問には、沈黙するしかない間柄ではあるのだけれど。


 そうした事情から、まずは王家から内密にカストル公爵への打診が成された。

 その時点で、カストル公爵家の当主はクーガの魔力量の情報を入手済みであったため、話はトントン拍子に進む。

 ラックやミシュラ、クーガはもとより、嫁がされるニコラやレイラの意向とは全く無関係のところで、婚約と婚姻許可の話は進んだのだった。


 尚、この案件では、宰相の手回しで、婚約関係を調べることができる役所の職員には、厳守とされる通達が出されている。

 その通達とは、計測不能者クーガに関する婚約関係の照会があった場合、王家とカストル公爵家の主導で、内々の話が現在進んでいるのをリークする指示。

 国の上層部から役所に対してそんな物が出ていたのは、クーガに知らされることはなく、本来は完全にアウトの行為のはずなのだが、結果から言えば些細なことなのであった。


 これが、前話123話でカストル公爵がすんなりとゴーズ家に打診を行った事情の裏側であり、ゴーズ家の当主が息子クーガを即日拉致って、どうするのかを丸投げできた理由でもある。

 要するに、クーガの婚姻の正妻に纏わる話は、彼にそれが伝わった時点では外堀が既に埋まっていた。

 魔力量の計測不能者クーガが了承しさえすれば、外部からの妨害はあり得ない状況にあったのである。


 こうして、ラックは王都側でのアレコレな思惑など関係ないとばかりに、ニコラとレイラの件は嫡男の判断に一任して、「多数の妻に囲まれる人生へようこそ! たぶん、まだ終わらんぞ!」と内心で呟いた。

 これまで秘匿してきた長男の魔力量がバレたことで、ゴーズ家としては、下の娘や息子への縁談が持ち込まれる可能性が高くなる。その場合、そちらへは跳ねのけられない圧力が掛かるのが避けられないかもしれない。

 それ故に、次代の当主となるクーガだけには、”今の時点での縁談だけは自由を与えたかった”というミシュラの考えもあったのだった。


 最短コースで、当主の座を愛息クーガに譲り渡す気になりつつあるゴーズ領の領主様。「当主から降りたら、アナハイ村を北に拡大して、海を目指すのも楽しそうだな」と、他の子供たちの縁談からは逃避した考えに耽るラックなのであった。

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