第107話
「バスクオ領から緊急救援信号弾が上がっただと?」
時刻はもうじき夕闇が迫る時間帯。
北部辺境伯は緊急報告を受けた後、即座に次男を含む3名に出撃準備を命じた。その命令は、具体的には領都から、次男の最上級機動騎士1機とその妻2人の上級機動騎士2機を出撃させる物である。
上げられた信号弾の種別。
それは災害級の出現時の物ではないが、物量面での大軍扱いとなっていた。しかも、大型種が含まれているという、災害級の出現時に次いで危険度が高い物。
状況は最悪ではないが、それに準じる扱いとして対処が必要な案件であった。
彼の地に後見人として派遣した、シス家の三男ラトリートとその妻2人が駆る中級機動騎士3機と、元領主の第2夫人の下級機動騎士1機の戦力だけでは、手に負えない物量の魔獣侵入であることは、信号弾が上がった時点で明白。バスクオ領にはスーツの戦力もあるが、この場合は焼け石に水である。
北部辺境伯領の領境付近に、通常配備で待機させている下級機動騎士4機だけを先行させるのは危険なため、次男と合流後に現地へと向かわせる対応だ。
それに加えて、北東地域の領境付近の防衛戦力を空にするわけには行かないため、代わりを送る必要もある。その部分は、辺境伯領の南東側の戦力を抽出して移動させる指示を出した。
シス家の当主は、緊急対応の指示を適切に行ったのである。
そして、北部辺境伯の思惑としては、こちらから送り込む戦力とは別に、サエバ領にいるルウィンも信号弾には気づいているはずであり、そちらからの援軍も期待できる。
但し、北部防衛の要を担うはずの彼が、この時最も期待したい、している本音の本命の援軍は、別にあったりするのであるが。
「ミシュラ。君の機体を出してくれ。改装修理済みの方をね。同乗して攻撃は僕も手伝う」
ラックはビグザ村から上がった信号弾の知らせを受けて、千里眼を発動した。
時刻は夕刻。
領主としての一日の仕事を終えて、トランザ村に戻ったタイミングで、超能力者はバスクオ領の異常事態を視ることになったのだった。
そうして、ゴーズ家の当主は、援軍として出すべき戦力の最適解を1人で瞬時に組み上げ、ミシュラに指示を出したのが前述の発言になるのである。
「信号弾が、ビグザ村の北西方向に異常事態が発生しているのを、知らせる物だったのは承知しています。貴方の現場を視た後の判断だと、この領地からの援軍が必要な事態ですのね? でも、わたくしの機体だけで宜しいの? それと、アレを外部の人間に見られても良いのですか?」
「うん。いずれ、アレを使うことは確定していたから、それが少々早いお披露目になるだけだね」
「わかりました。他の者への指示はどうされますの?」
「アスラにはアウド村の防衛、テレスにはビグザ村の防衛の任に就いて貰う。リティシアのスーツとロディアの最上級機動騎士をここの守りに残す」
矢継ぎ早に指示を出し終えたラックは、正妻と共に、前述でアレと称された完全武装のミシュラ専用下級機動騎士へと向う。
そうして、彼らは人目のない現場の近くへと、機体ごとテレポートで移動したのである。
ミシュラの機体は先の災害級魔獣との戦闘でほぼ完全に破壊されており、修理は新造と言って良いほどの工程が必要となった。
前述で出てくるアレとは、その工程を経た機体であり、彼女はそれとは別で、王家から購入した機体の中から魔力量2000で扱える物を代替機として使用している。
そして、結果的に、未来のゴーズ家の正妻は、2機の下級機動騎士を専用機として状況に応じて使い分けをすることになるのであった。
ドクは、アナハイ村に修理用として持ち込まれたと思われる、大破した下級機動騎士(スクラップ)を前にして、「大切な機動騎士を、こんな風にしてしまうなんて」と、最初は怒り狂っていた。それに続いて、事情説明にも修理内容の指示にも来ない甥に、更に腹を立てる。
怒りに怒りが追加され、増幅されて、一周回って彼女は冷静になった。
その後、「ラックが説明に来なくて、指示が出ないのは信用されて一任されたってことよね」と、都合良く解釈することにした狂気の技術者。
ラックの叔母は、そうした自己中極まりない理屈をつけて、チャッカリと趣味に走った好き放題の改装修理へと着手する。
そうして、出来上がったのが、超遠距離砲撃戦仕様の重武装を施された、特別製の下級機動騎士だったのである。
魔獣素材を惜しみなく贅沢に導入することで、積載重量に大幅な余剰を稼ぎ出した機体。
機動性を極限まで犠牲にし、その許容重量の限界ギリギリまで、砲とエネルギー源となる魔石を追加武装として積み込んだ試作機。
その移動性能は、出せる速度が通常の下級のそれと比較して、なんと9割減という鈍重さ。はっきり言ってしまえば、鈍亀だ。
しかしながら、それと引き換えに、十分な装甲と超遠距離での曲射を可能とし、尚且つ、最上級機動騎士の持つ砲撃出力に勝る威力の武器を手に入れている。
ドクの改装の肝は、超遠距離の砲撃を可能とするための目標の位置確認の手段。要は、高度80mの高い位置からの観測を可能とする、専用機器の導入だったりする。
そうした新装備により、従来の機動騎士の最大射程約10kmを遥かに上回る約30kmという射程距離を持つに至ったのだった。
但し、下級機動騎士の武装が本来持ち得ない威力を出すためには、相応の対価も必要となってしまう。
具体的には、砲撃時の魔石の消費量が跳ね上がるというオチもしっかりと付いてしまうのだが。
ドクの考えからすると、「この機体は超遠距離戦闘に主眼を置いて開発した」と言える。が、ラックが彼女から機体の説明を受けつつ、最初に見た時の感想は、「僕には拠点防衛用の機体に見えるけどなぁ」であった。
機体を拠点に置いて砲撃で殲滅戦を行い、接近を許せば、重武装をパージして通常の下級機動騎士(高機動仕様)として格闘戦まで熟す。
超能力者は機体を見てそんなイメージができたのだが、それは運用の問題であるから、あえて口にはしない。
ゴーズ家の当主は、機動騎士を愛する研究者と、言い争うという愚行に走ることはなかった。
ラックは、今回、ドクからその説明を受けていたからこその、戦場へ投入する機体選択を行っている。
拠点防衛ではなく、超遠距離からの支援攻撃。
機体の移動にはテレポートを使い、着弾場所の修正には千里眼を補助として追加。更には、遠方から光の槍をついでに降り注がせる。
超能力者の戦闘への戦術構築はシンプルであった。
「貴方。こんな運用方法を考えていたのですわね? 確かに有効ですけれど、貴方が同乗していなければ不可能な戦術ではないですか」
戦場に干渉できる場に到着した後、ミシュラの持った感想は、「まさか、こんな方法を考えていたとは」であった。
超能力者クオリティはここでも健在。
ラックは鈍重で巨体となっている下級機動騎士を、なんと高度90m付近へ空中浮揚で固定したのだった。
「遠距離戦用のスコープに切り替えて、ミシュラは攻撃を始めてくれ。弾種は榴弾ね。僕もそれに合わせて撃つ」
そうして、参戦許可すら取らずに、ひっそりと(?)ラックとミシュラによる攻撃は始まった。
撃つ。撃つ。そして撃つ。ただひたすらに2人は撃ち続ける。
そこで繰り広げられる光景は、広範囲にばら撒かれた榴弾仕様の砲撃と、併用されている超能力者の繰り出す光の奔流。
魔獣の集団との戦いの勝敗は、彼らが戦場に到着した時点で、既に決していたのかもしれない。
ラトリートは、バスクオ家の後見人の義務を果たす以外に道はないため、逃亡を選択することはできなかった。
尚、当主である赤子は、世話役の女性と共に彼の機体の後部座席に居る。
生存確率が最も高いと思われる安全な場所が、そこ以外にないからだ。
シス家の三男は妻らと共に、悲壮な覚悟で、間に合うかどうかが定かではない援軍の到着を信じるしかない状況に置かれていた。
彼らは、バスクオ村での籠城戦を想定し、待機を続ける。
それは、彼らにとっては体感で通常の10倍くらいに長く感じる時の流れであった。が、リアルな時間の経過は、信号弾を打ち上げてからまだ30分にも満たないのだけれど。
そうこうしているうちに、ラトリートは、自身の妻や前領主の妻と、信じられない光景を目の当たりにすることになる。
勿論、彼らは一堂に会していたわけではなく、それぞれの機体の操縦席からの視点であるが。
援軍の到着の情報は未だにない。
そんな吉報は、早くとも後1時間以上は先になるはず。
だがしかし。状況は彼の想定外の方向へと動く。
魔獣は南東方向からの攻撃と思われる物で、その数をドンドン減らして行ったのだった。
整備された領地が、謎の攻撃でボコボコになるのを見ていると、ラトリート的には事後の復興整備を考えたら泣けてくる話になる。
絶望的な状況からの大逆転。
現実味がない信じられない光景を前にして、後見人役は何故かそんなことを考えてしまっていた。
だが、それも生きていてこその話だと、彼は前向きな思考へと切り替える。
シス家の三男坊は、推定で1000にも届こうかという規模の魔獣の集団を相手に、この時点で勝利を確信していた。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックは、ミシュラの機体の魔石が残り少なくなった時点で攻撃を止める。
彼らの攻撃時間は、僅か20分ほどで終了とされたのだった。
奇しくも、それは、陽が完全に沈んだのと同時刻であった。
大型種と思われる個体は、完全に討伐が成功したと判断した超能力者は、妻にそれを告げてテレポートを敢行する。
目的地は当然であるがトランザ村。
彼らは、戦果を誇ることなくバスクオ領の救援を成功させ、撤収して行く。
但し、この時点では、バスクオ領に侵入した魔獣を、完全に殲滅できていたわけではない。
残敵は中型種と小型種が、ラックたちの撃ち漏らしでまばらに点在していた。が、ゴーズ家当主の視点では、それらの総数は30に届いていないと思われた。要は、後は現地戦力に任せても、各個撃破が可能な水準に到達していたのであった。
尚、この時にミシュラの機体に消費された魔石の量は、下級機動騎士が戦闘機動で武装を使用した場合の標準的な消費量と比較した場合、なんと100倍にも達する驚くべき量である。
叩き出した戦果は大きいが、「コストパフォーマンスは悪過ぎる」と言えよう。
「費用対効果を考えたら、運用できませんわね。実質的に、この機体を運用できるのは、貴方が潤沢に魔石を確保できる間だけになるのではないでしょうか?」
戦闘後にミシュラが漏らした感想が、ラックも納得の至極当然のモノであったのは些細なことなのである。
謎の攻撃が止まってから、5分ほどは様子見をしていたラトリートであった。が、彼は軍に籍を置いていた期間が長かったせいもあって、砲撃が長時間続けられる物ではないことを理解していた。
勿論、それは投入する戦力と物資の準備次第で、流動的になる部分ではある。しかし、今日この場に置いては、”事前に入念な砲撃準備がされていた”と考える必要はない。
それ故に、彼は砲撃支援は終了したと判断を下す。
彼の眼前に広がる光景から、砲撃が終了しても魔獣の完全排除には、成功していないことが容易に見て取れる。さりとて、残存している魔獣の数は、決して多くはないのだ。付け加えて言えば、残存している魔獣で無傷な個体はたぶん居ない。
つまるところ、「既に魔獣の数に相当する脅威ではなくなっている」と言えた。
厄介な相手であるはずの、大型種の健在な姿も見受けられはしない。
おそらくは、砲撃の最優先目標とされて、大型種は残らず倒されたのだと想像がつく。その根拠は、自身が砲撃戦の指揮官であってもそう命じるからだ。
シス家の三男坊は、誰とも知れない相手から行われた支援砲撃に感謝しつつも、ここで各個撃破の攻勢を決断するに至ったのだった。
そうして、先行して駆けつけたルウィンと妻の2機、それに加えてやや遅れてやって来た北部辺境伯領からの7機の機動騎士が、バスクオ村周辺に到着した時、対魔獣戦は終盤に突入していた。
最早、戦闘自体には、「援軍が手を出すまでもない」と言い切れる状況ではあった。だが、現在進行形の事態に置いて、機動騎士が必要とされるのは、純粋な戦闘行為の場面だけではない。
倒した魔獣の死体からの魔石の抉り出しや、回収可能な素材を剥ぎ取るための解体、利用価値がない部位の焼却や埋め立て処理など、速やかに必要な作業は山積みなのである。
到着した彼らは、「これだけの規模の敵をどうやって?」と、それぞれに疑問を口にしつつも、やるべきことを粛々と始めたのだった。
こうして、ラックは主人公体質の自身に負けず劣らずの、厄介な事態を招き寄せ体質なラトリートの危機を救った。
倒した魔獣から得る物がなく、完全な持ち出しになってしまっても、そこに後悔は微塵もなかったのである。
北部辺境伯の期待に、それを知ることなく応える結果を出したゴーズ領の領主様。試作機の戦果をドクに報告した際、「独立運用したデータじゃなく、ラックが手助けした状況の運用データじゃ今後の開発の参考にならない。徹甲弾と散弾の運用データもないじゃない!」と、理不尽な怒りを向けられたのには、閉口するしかないラックなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます