第37話

「フリーダ家の第1夫人が僕に嫁ぎたいだって?」


 ラックは家臣が運転する車に乗って来た体を装い、テレポートでフリーダ村に訪れていた。避難して身を寄せているティアン家の娘の状況を聞くのが主目的だったのだが、先行派遣していたフランから予想外の話を聞かされる羽目になったのである。


「ああ。ここの第1夫人のエレーヌは亡くなったティアン家の当主の妹でな、避難してきているルアンナやラックが保護したブレッドの叔母に当たるんだ」


「そうなのか。だが、それがどうして僕に嫁ぎたいって話になるんだ? わけがわからない」


 フランとしてはエレーヌから相談を受けた内容に対して、対処方法の実例としてリティシアの件を話しただけだ。

 相談されても、未亡人となった彼女の悩みを解決する方法論としては、有力者に嫁いで助力を得るか自力で頑張るかの2つしかない。それを片方は実例を挙げて提示しただけである。決して、「自分の夫に嫁ぎなさい」という話をしたわけではない。


 だが、フランと話をした後のエレーヌの結論は、「ラックに嫁ぎたい」だったのである。


「これはフリーダ家の事情なんだが。まず、次期当主ウォルフ。まだ手続きが済んでいないから確定ではないけれど、子供は彼しかいないし、魔力量的にも騎士爵には足りているから家を継ぐのは認められないなんてことはないはず。そして、ゴーズ家の援助が元からあったせいで、ガンダ村の話と違って租税を納めるのにも問題はないから代官を引き継ぐ形になる」


「うん。それは知っている。たしか、『流行り病で妻2人と子供3人を亡くした』って戦死した当主からは聞いた覚えがある」


 ラックが知っているのは子供がウォルフしか居ないこと。彼は合併の打診があった時にレクイエ家とフリーダ家の事情も聴いている。ミシュラも同席していたため、内容を忘れていなければフランの話に対して同じような反応を示すはずだ。


「それを知っているなら話が早い。つまりな、彼女は元々第3夫人で実子は亡くしている。ウォルフからすれば義理の母になるわけだ。今回のケースだと状況次第では彼女は実家に帰される。けれど帰る実家がなくなったに近い状況で、尚且つ姪と甥が叔母を頼って来ている。フリーダ家を継ぐ彼はゴーズ家に頼る必要はあるが、順当に魔道大学校を卒業する3年後を考えると”今の彼女は”居て欲しい存在ではない。仲が良かったわけでもなかったようだしな」


「えーと。要はこういうこと? 僕は、まぁフランも含む奥さん全員も対象なんだろうけど、まず、フリーダ家次期当主のウォルフの後見人になる。彼の成人後はフリーダ村の代官を引き継がせる。だけど、折り合いの悪い継母のエレーヌはこの村に居場所はない。彼女はブレッドとルアンナの2人の将来のためと、自分の立場を確保するために僕に嫁ぐのが最良と判断した。僕がそれを受け入れれば、ティアン家の後見人として確定ってことで合ってる?」


 フリーダ家の話は別として、ラックから見たらガンダ領の話とほぼ同じだ。違いは実母か叔母かというだけで、血縁関係にある女性が子供の将来と家のために嫁ごうとするだけの話である。


「ああ。それで合っている」


 フランはあっさりと肯定した。


「打算まみれの話だね。僕としては妻を増やしたいって話じゃないから、ブレッドの後見人になってルアンナはそのままティアン家の娘となるか、ゴーズ家の養女にするかでもいいよね?」


「ああ。そういう選択もある。だが、そうなった時はエレーヌが困るだけだな。それと、子供たちの年齢的に母親役は必要なんだが私たちにその役目を?」


 その部分を失念していたラックは言葉に詰まった。新規開拓しているラーカイラ村の件もあり、妻3人の仕事量という点では負担が大きくなってきている。

 日常の世話自体は家臣の女の子たちにある程度振るにしても、心のケアの部分は必要であり、その時間を割く必要が出てくるのは自明の理となる。そして、状況的にその役目はフランが担うことになるであろう。


「わかった。この件はミシュラとリティシアとフランの3人で話し合ってくれ。僕はその決定を受け入れるよ。あ、だけどその前に本人と直接面談もしたいな。今から会えるだろうか?」


 ラックはフランとの話が済んだ後、ウォルフ、エレーヌ、ルアンナの3人に個別に会って話をする。実際は接触テレパスで本音を探るのが目的であったりするのは言うまでもない。

 そして、彼は頭を抱えることになり、一旦トランザ村に戻ってミシュラと相談することになるのである。




「ミシュラ。ティアン家とフリーダ家の話なんだけど、今良いかい?」


 執務の区切りをつけたミシュラは、夫と話し合う時間を持つ。とは言っても、この2人だけの時は彼女の言葉は少ない。と言うか、ほぼ無言だ。ラックが接触テレパスを使うため、彼女は考えを口にする必要はないのである。


「ウォルフは結局、完全な独立領主になる意思が強い。代官のままで終わる気はないってことだね。現時点では彼に明確に何をどうするってプランがあるわけではないけれど、将来的には厄介事の原因になりそう。ゴーズ家の娘を嫁に出すのは却下ってことで良いんだね? まぁ僕も同意見だけど。彼には元々、レクイエ家の娘を嫁にって話があったからそれをそのままにしておけばいいね」


 ウォルフに野心がある以上は、代官を引き継いだ後に何かをやらかすことは確定だ。だが、何もしていない現在に”未来の罪?”で断罪することはできない。つまりは、ラックの千里眼での監視の負担が増えるだけの話となる。

 そして、2人は悪い前例が出た以上、レクイエ家の次期当主もゴーズ家の娘の相手として相応しいのかを検討し直すことで意見が一致したのだった。


「あ、最終的にはリティシアの意見も尊重するけど、ミシュラはエレーヌを受け入れるのに賛成なんだね? フランもそういう考えだったけどさ」


 一晩に何度も何度も。子供ができる確率が低いのだから仕方がない部分はあるのだが、夫のそういう面での欲求を受け止めるのは体力的にはしんどい。

 ラックは行為自体を楽しむために、自身にヒーリングを使いながら行うのだから、相手にもヒーリングをすれば良いと思われるかもしれない。だが、他人にそれを使うにはそれなりに集中力を必要とするため、一々思考を切り替えて対処するのは現実的ではないのである。相手が初めての場合に限り、その手間をかけることも吝かではないのだけれど。

 ミシュラ的には夫のそういう面を拒否して、自身も好きである行為をする権利を手放す気は欠片もないが、”一晩での回数を複数人で分散する方向に持って行きたい”という思考も彼は読み取れていた。

 しかしながら、己の欲望に忠実な彼は、自重する気は全くないけれど。爆発しろ!


 そんなこんなのなんやかんやがあって、ことは納まるべき所に納まる。エレーヌは第4夫人としてラックの妻となり、ブレッドの後見人にも登録された。勿論、ラックたちも名を連ねている。

 そして、受け付けた担当者が登録時に、彼女がウォルフの後見人に名を連ねていない点を疑問に思い、質問と確認で余計な時間が消費されたのは些細なことである。




 そうして、ラックの領地開発の日々が再スタートする。1年の月日が流れ、その間に早い段階で、人が居ないティアン領と、ゴーズ領にはまだなっていなかったラーカイラ村の整備は、超能力でやりたい放題。あっさりと整備が終了していたのであった。


 現在のゴーズ家の統治下と言える場所は、騎士爵領相当を基準で考えると7つ分。

 東西では騎士爵領のサイズ基準で2つ分60kmに、南北では3つ分90km。その長方形に30km四方のラーカイラ村が別でくっついている形だ。

 ラックとしてはこの後は西側へと開発を進めるのが事前の計画であったのだが、ティアン村を整備した後になって、その地の北側も先に確保するべきであろうと計画を修正することになった。

 庇護下に置く家の領地は直接魔獣の領域に接していないことが望ましいのだから当然の判断ではある。

 そして、そんな理由で開拓が決定したその地は、まだ開発前の段階でもう村の名前だけは決められていた。その名はサイコフレー村である。

 いかにも超能力者っぽいネーミングを思いついた彼は、自画自賛していたのであった。




「うーん。魔道大学校に通っているウォルフなんだけど、同い年のレクイエ家の婚約者からの情報で、かなりの不満を漏らしていることがわかった。これ、どうするべきなんだろう?」


 ラックの発言は、定期的に妻全員をテレポートでトランザ村の館に集合させてから行われる、夜のお話し合いでの本日の議題だ。


 ウォルフの不満の内容はティアン家との扱いの差である。


 ティアン家はガンダ家と同じで独立した家となっており、ティアン領の領主の地位を保っている。だが、フリーダ家とレクイエ家は違う。2つの家はガンダ家の家臣であり、代官として村を治めている。

 ウォルフからすれば”同じようにゴーズ家の傘下に入っているのに、この差はなんだ?”となるわけだ。


「妻として迎えているエレーヌが居て、その実家をゴーズ家が優遇するのは当たり前だろう。それを条件として婚姻関係を結んでいるのだからな。そんなことも理解できずに彼女を切り捨てたウォルフが愚かなだけだ。”実母ではないから”が理由だとしてもな。もっとも、あの時点で既にガンダ家の家臣であった家が、ラックとの婚姻関係で独立した家に戻る目はなかったが」


 フランの言い分は正しい。そもそもが、ガンダ家が”特例”男爵家に成れる条件が整うからこそ、レクイエ領とフリーダ領の合併の打診をゴーズ家は受け入れたのだ。それを行ったのは前当主の話だとウォルフは思っているだろうが、その条件の家と立場を継いだ以上は呑み込むべき話でもある。

 だが、彼とエレーヌとの仲が良好であれば、彼女がラックに嫁ぐ時の条件の中にフリーダ家の優遇も入ったはずなのもまた事実。義理であっても親子関係はあったのだから。


 レクイエ家からこの報告があった理由。これはもう単純な話で、暴発しそうなフリーダ家に巻き込まれたくないだけである。「前もって報告しておくことで保身に走った」とも言う。

 レクイエ家の現当主も次期当主も、ガンダ家の家臣である現状に満足していたのだから当然の話だ。なんなら、現当主的には穏便に娘とウォルフとの婚約を解消したいまである。登録済みの話であるため、相応の理由がなければ簡単にも穏便にもできないけれど。


 そして、婚約を解消する理由として、ウォルフが不満を漏らしていることを公にする方法もなくはない。だが、それはレクイエ家としてはやりたくないことでもある。何故なら、不満を婚約者相手に愚痴っているだけで、公の場で漏らしているわけではないからだ。

 付け加えて言うと、「自身に娘の相手を選ぶ際に、見る目がなかった」と宣伝するような話であるし、婚約者である娘に「ウォルフの手綱を握る能力がない」と証明するような話にもなってしまう。

 実際には、フリーダ家の当主が異常過ぎるだけで、レクイエ家の娘が無能というわけではないのだが、周囲からはそういうレッテルが貼られてしまう可能性は高いのだった。


「ウォルフが卒業して領地に戻る前に、何か適当な理由が見つかれば良いのですけど」


 エレーヌはぽつりと独り言のように発言する。


「明確な瑕疵がない限り、代官をフリーダ家に永代で任せる契約になっている以上、不満を持っているというだけで彼を切り捨てることはできない。フリーダ家は今、ウォルフしかいないから”彼が生きている限り”契約は有効だ。けれども、ガンダ家はカールが泥を被ることになるが、レクイエ家の娘のネリアを第2夫人以降として強制することはできる。しかし、どうせ受け入れるのであれば、ことが起こってからか、起こしそうな時点で離縁して貰って受け入れたい。そのほうが楽だな」


 リティシアは、ガンダ家として少々の事柄は許容する発言をした。もっとも、彼女はラックのことを夜のゴニョゴニョ以外は、能力的にも人格的にも絶対的に信頼しており、”どうしてもとなれば彼が事前にウォルフを摘み取るだろう”と考えている。それが発言にも滲み出てしまっていた。

 その場合、宙に浮くネリアを引き受ける候補はクーガ、カール、ブレッドの誰かとなり、カールが無難であろうと考えただけである。


「貴方。カール君へミリザが嫁ぐ登録の問題もありますから、先延ばしできるならばその方が良いですよ」


 ガンダ家当主へゴーズ家から第1夫人を出すのは決定している。但し、暫定でミリザを嫁がせることになってはいるが、まだ相手は変更する可能性がある。歳が離れていることもあるし、幼い娘の意思がはっきり示されるようになるまでは父親としては待ちたい。何らかの事情でカールと年頃が合う娘を養女として迎え入れて、その娘を嫁に出す可能性だってなくはないのだ。


 ラックの直系の娘は全員魔力量が半端なく大きいため、婚約登録を行う時にそれを記載してバレるのを可能な限り遅らせたいという事情もある。

 婚約者の登録には、通常ならば魔力量の記載は義務ではない。だが、ガンダ家の場合は、当主が持っている爵位の男爵に対して、彼自身の持つ魔力量が足りていない。

 そのため、特例の適用を受けるために、それの記載が必要とされるのだ。

 また、ラックの直系の娘たちには、入り婿を取って分家として新たに開拓した領地を任せる手だってある。急いで決める理由はないのだった。


 こうして、ラックは第4夫人と後見する対象を増やし、領地開発に勤しむことになった。不穏なのが混じってはいるけれど。


 妻が4人になったことで、一晩2人のローテーション体制をミシュラから言い渡されたゴーズ領の領主様。家臣の娘たちが、「私たちのお相手を探してくれないのなら、混ぜて貰えないかなー」と、考えていることには、未だに気づいていないラックなのであった。

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