第21話

「ニューゴーズ領から銀鉱石の大量保有届けが出ただと?」


 ガンダ村の移住騒ぎがあった冬も終わり、春を迎えた矢先の時期。ファーミルス王国の宰相は、国の税を取り仕切る部署からの報告を受けていた。

 領地貴族の領内で採掘された鉱石は、精錬後の金属価格を基準に3割が税として徴収される制度になっている。

 だが、この制度は”領外”で採掘された物についての規定はない。そして魔獣の領域から得た産物については、売却価格の15%が税として定められているのだが、自領内で消費するから売却しないとなった分については適用されない。

 ニューゴーズ領はその点を突いて、自領内で全量使用しますので売却しませんから後から「課税します」とか言って来るなよ? と保有の届け出を出し、現認する人間の派遣を求めて来たのである。

 そして、それが報告されたのが、冒頭の宰相の発言へと繋がるのであった。


 そもそも、魔獣の領域を対象とした、産物の売却価格の15%というのは、動物や魔獣を狩った場合や、可食果実の採集などを想定して作られている物であり、自領内で消費、即ち、食べてしまう分については課税しませんという内容だ。つまりは、金属の鉱石を採掘して来るのを想定している制度ではない。




 ラックはニューゴーズ領の北側に接する魔獣の領域から銀の鉱床を発見し、当初は切り取り自由の適用による開拓で、自領の一部と確定してから採掘をと考えていた。

 だが、その考えを夫から聞かされたミシュラは気付いてしまった。塩の生産の時と同じで、”国有化のために領の召し上げがまた行われるのでは?”と。

 そうした危機感から、妻は事前に制度を調べ上げる。すると、実際はそのようなことになる可能性は低く、通常は課税基準通りに課税されて、納税が求められるだけなのが判明した。ついでに課税を逃れる抜け穴も判明したのであるが。


 鉱物の産出量の多寡を問わなければ、ファーミルス王国内の各地で鉱物の採掘は行われている。よって、産出地の全てを王国で直轄するのは現実的ではないため、制度としては課税方式になっているのであった。

 勿論、大規模鉱床であると認められた場合は、王国が動くケースが皆無というわけではないのだけれども。


 そんな事情から税制上、先に開拓しては損だという判断となり、ラックは採掘可能な分の全てを先に取り出してしまった。その量約3万トン。取り出す段階で他の金属も含めてある程度製錬してしまっているため、含有量で銀だけを見れば3000トン相当となる。

 超能力で作り出す超高温と念動を利用した遠心分離。領内に積み上げられた鉱石は、地味ではあるがラックにしか出来ない方法で製錬がされ、ほぼ金属のみの塊となっている。

 ここから更に精錬の工程は必要になるが、それは急ぐ必要性がなかったのだった。




「ふむ。全量領内で消費予定で売却予定はない。従って納税もない。そういう話だな。まぁあそこは元々15年の租税免除権があったし、それは良いのだが。しかし、鉱床の規模と場所が秘匿されているのが気になる点だな。だが、魔獣の領域の話であれば情報公開を求めることもできないか。それと、塩の生産も領内消費分に限って開始か。あの一帯には地下水脈で海水があるとでもいうのだろうか? 他の領内で掘らせてみても良いが。サエバ領の塩の生産地の深さはいくつだったか?」


「報告書によれば250m程度となっています」


「深いな。機動騎士を使えば掘って掘れなくはないだろうが、出なかった時の徒労感はもの凄いことになりそうだ。鉱石を現認に行く者に、塩の生産設備と生産量の確認もさせよ。それと領主に、『どうやって海水の出る場所の見当を付けているのか?』も確認を取れ。これは強制して情報を出させるわけにはいかん。その点は注意せよ」


 そんな感じで宰相の確認と指示出しは終わる。後は現認に出向く人間を手配して、戻って来てからの報告次第で次の段階へと進むのであろう。




「ふぅ。王都からの現認も終わって、これでやっと作りたい物が作れるな」


「変な難癖も何もなくて良かったですわね」


 ラックは大量の金属資源を得て、実験的に行いたいことがあった。銀を必要とする事業。第一段階は鏡の作成であり、その量産となる。

 ちなみに、届け出は銀鉱石として届けているが、含有量の話で言えば一番多いのは銅であったりする。そして、量的には多くはないが金も含まれている。利用したいのが銀であったためと、”通常の銅鉱石よりも銀の含有量が大幅に多かった”という理由で銀鉱石という届け出をしただけなのであった。


 ファーミルス王国の技術では、普通に鏡の製造は行われている。よって、自力で生産を目指さなくても、選択肢としては買い集めるという方法もあった。そしてそれは、実は不可能な話ではない。

 しかし、ラックが目指す第二段階には大量の鏡が必要であり、”生産技術も材料も自前で揃えておきたかった”という理由が存在したのだった。


 彼が考えていた試したいこと。

 大量の鏡を必要とするそれはとは一体何か?

 その答えは太陽炉である。

 

 規模というか大きさ次第ではあるものの、鉄をも溶かす高温ですら得られるその炉は、1度作り上げてしまえば、物理的に壊れない限り低コストでずっと使える。その点が非常に魅力的であったのだ。

 ラックの超能力でも鉄を溶かす高温を得ること、それ自体は可能だが、長期的にはそれでは意味がない。

 彼は自前での鉄の生産や、金属加工を領内で賄うことを視野に入れていた。

 発想の元ネタは幼少期に読んでいた漫画。鏡を並べて要塞を焼くアレである。彼が読んでいた漫画は超能力者の物語だけではなかった。

 いつかは寿命が尽きて死んでしまう領主の超能力に頼らず、燃料資源の問題がない方法で、金属の加工や製品生産が可能な高温を得る。方法は他にもあるのかもしれないが、彼にとって実現できそうな物はこれしかなかったのであった。


 長きに渡り、ファーミルス王家のみが握り続けて来た鉄の生産。ラックはここに風穴を開けようとしていた。但し、この方法で生産できる量は、太陽炉が完成し、予想通りの性能で稼働できたとしても知れてはいる。

 そして当面は王家を刺激しないように、炉の利用は鉄よりも低温で溶ける金属のみを対象に、限定するつもりだ。

 自給自足を目指すことは、製造や販売で儲けている既得権益に喧嘩を売ることでもある。だが、超能力者が目指す楽園の安心安全は、生命線となる物資を外に依存する形では成立しない。

 彼の目指す辿り着くべき場所は、ミシュラとの結婚当初の時期に考えていたような簡単な物ではなかったのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、新事業への熱意が冷めないラックは、王都で鏡が作れる人材を確保するのに大金を投じる。

 必要な工房はガラス、木工、鍛冶。一流の腕前があるに越したことはないが、複雑な物を作るわけでもない。故に、技術的な部分は最低限の物が作れる腕があればOKと妥協している。彼が重視していたのは、人柄と”村へ定住してくれる”という熱意だ。


 接触テレパスを欺くのは容易なことではない。人格に問題があったり、思考、性癖に問題がある者、犯罪の前歴がある者は言うに及ばす、腕前が最低限の水準に達していない者も、ラックの超能力の前には全てが暴き出され、篩い落とされる。

 新規で工房を持って独立したい者、腕前が微妙で、閑古鳥が鳴いているに近い工房。彼はそういった人材を対象に声を掛け、能力をフルに使って選別したのだった。

 尚、工房丸ごとの移住に応じてくれる家族を厳選する際に、その家の子供が男の子かどうかが選考基準に含まれていたのは彼だけの秘密である。

 ガンダ村も含めて、ゴーズ家の当主の係わる領地は女性比率が非常に高い。男は貴重な資源なのであった。

 そうして、新たな移住者がトランザ村に定着し、工房として稼働ができるようになったのは、秋も深まった頃であり、あのサエバ子爵の襲来から1年が過ぎた時期となっていた。




「貴方。工房の人材が必要で優先したのはわかりますけれど、そろそろ農耕に従事する住民も入れて行かないと。食べる分だけはわたくしたちや直臣の娘たちだけでなんとかなりますが、近いうちに限界が来ますわよ?」


「うん。トランザ村の村民募集に応募があった人材が30人ほど居たけど、しっかりと面接して調べたら問題のある人ばかりでね。そりゃ、王都で何の問題もなく暮らせている人は、辺境の開拓村へ移住を考えないことはわかるよ? 少々の粗なら目を瞑るつもりだ。でも、さすがにあれはない。そういう人ばかりだったんだ」


 ラックの言う「しっかりと面接して調べた」とは、すなわちアレである。要は、やったこと自体は鏡の職人の選別の時と同じだ。

 超能力者が”接触テレパスで、村民募集に応募してきた者の本性を丸裸にした”ということであるのは、言うまでもないのであった。


「ラック。ひも付きが好ましくないのは承知しているが、どうしてもとなれば、シス家に頼る手もあるんだぞ? 借りが大きくなり過ぎていると思っているはずだから喜んで協力してくれるさ。そして、おかしな人材は予め、向こうで選別して撥ねてしまうだろう」


 フランの言い分はもっともで、今のゴーズ家は「シス家に貸しを作り過ぎた」と言って良い状況である。

 なにがしかで少しでも借りを返す機会がなければ、北部辺境伯としては気持ち的に落ち着かないことであるだろう。

 そして借りを返すのが目的で移住希望者を集める場合、もし、問題を起こすような者を送ってしまえば、返すどころか負い目が増えてしまう事態になりかねない。フランの実家は、「そこまで間抜けなことはしないだろう」という話なのであった。


「そうだなぁ。それも考えるべきなんだろうね。ただ、それとは別に、ちょっとした反則技だと言われかねない、まだ試していない手も残ってはいるんだ」


 ラックは考え込む。今のところ誰にも気づかれてはいないようだが、実は自分自身を実験台にする段階まで試している超能力がある。動物実験は既に済んでおり、後は他人という人体で試すだけだ。自身への試験は問題がなかったが、身近な人間に試す勇気がなかった能力でもある。

 そして、これができることがバレた場合、ラックの身柄の争奪戦争が発生しても全然おかしいとは思えない。”寧ろ当然争奪戦争が起こるんじゃないか?”までありそうなほどに危険な超能力。即ち、若返りである。


 実はラックは8年前から、自分自身に対して若返りの能力をチビチビと実験的に使って試している。

 外見が若く見えるのは昔からで、それが変化しないだけなので、今のところは周囲を誤魔化せているようだが、それも後5年もすれば”明らかに異常だ”と思われるようになるであろう。

 彼の若返り能力はヒーリングの派生能力であり、通常の体細胞を活性化させて増殖を促して行く使い方ではなく、個々の細胞のテロメアを活性化させて修復するようにヒーリングを使う。細胞が若返り、それが身体全体の規模で行われれば、身体的には年齢が若返ったのと同じとなる。付け加えると、修復なしで活性化のみを行えば、細胞の老化を加速することも可能だ。つまり、加齢もできる。


 現在のラックの力量では、この能力を行使するには、高度な集中力とそこそこ長い時間を必要とする。

 通常のヒーリングより難易度が高いのだから、当然の話ではあるのだけれど。

 そして、この能力の怖い所は、やり過ぎればどんどん若返ってしまうこと。それこそ胎児まで戻すことも可能なのだ。それは、老化側へと使っても同じだ。

 もっとも、やり過ぎればどちらの方向だろうと、どこかの段階で無理が生じてしまうようであり、死亡してしまう。

 少なくとも動物実験ではそのような結果になっていた。これが今まで安易に他人に試していなかった理由の1つでもある。

 ヒーリングは繊細な能力であり、自分自身へ掛けるのと他人へ掛けるのとでは、感覚が微妙に異なる。非常に力加減の調整が難しい超能力だ。故に、”若返りでも同じことだろう”と、慎重な領主様モードになってしまうのであった。


 反則技と言われかねない手段。必要とされない老人を募って、この村に連れて来て若返らせて住民になって貰う。そういう危険な最後の手段が、ラックの頭の中にはあったのである。

 そして、実を言えば、現在のゴーズ村に残っている老人たちが難民としてゴーズ領に現れた時にも、検討だけはして見送った手段でもある。


 彼の頭では、考えても理屈も理論も理解はできないが、おそらく、無限に若返りができるわけではない。感覚的な物なのだが能力として使用していると、それがわかってしまう。

 超能力は便利な能力ではあっても、万能でも完全でもないのであろう。


 こうして、ラックは職人集団をトランザ村に迎え、農耕を担当する住民には未だあてがない状態で新規事業に着手することになった。


 外見が20歳そこそこの、年齢が30過ぎたニューゴーズ領の領主様。身体年齢の操作がバレたら、妻3人に凄い笑顔で詰め寄られそうな予感しかしないラックなのであった。

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