第18話 ありふれた出来事

「それで」

「ん?」

「なに?」

「あの人ですけど、天童先輩の叔父さん」

「武さんが、どうかしたの?」

「いえ、その。なんだか二人とも……いや、何でもないです」

「なに? 別に怒ったりしないから、聞いて貰って構わないよ?」

「そうそう、そんな風に中途半端に言うくらいなら、こう、ずばっと言って貰った方がこちらとしてはありがたいよ~」

「……えっと。別に些細な疑問なんです。別にどうでも良い事なんですけど、あの人。武さんって言うんですよね。あの人とお二人、結構自然に付き合っているんですね?」

「……ん?」

「えっと」

「ああ、その。なんて言うか普通はもっと距離があっても良いような気がしたので。言っては何ですけど、割と他人に近い人じゃないですか」

「他人って表現は、ちょっと違うけどね。叔父な訳だし」

「優しい人だよ、武さんは」

「はぁ……」

「いろいろとやって貰っているし、そんな人に対して警戒するのはちょっと失礼だと思うしね」

「そういうもの、ですかね?」

「うん」

「そうそう」

「何て言うか、意外です」

「意外?」

「お二人って、大人に対してもっと距離を取って接すると思ってました」

「そう、かな?」

「私は別にそうじゃないと思うけど」

「もしくは――いえ」


(あの人が特別だなんて聞くのは、流石に踏み込み過ぎか)

(それにしても、どんな人なんだろう、天童武と言う人は)



  ◆



 夜月ちゃんと分かれた後、俺はゆっくりと歩きながら家へと向かっていた。

 急に走ったので足にキタ――という訳ではない。

 俺はまだまだ若い。

 そう、急な運動で身体にダメージが来るほど、年は取っていない筈なのだ。

 うん。

 ただまあ、筋肉痛が怖いなぁ。


「ふぅ、やれやれ」


 そう思いながら歩いていると、前方から一人の少女が歩いてくる。

 どこにでもいる普通の子だ。

 年齢は――分からないな。

 ただ、高校生ほど年はいっていないような気がする。

 黒い上等そうなワンピースドレスを着ている。

 長い長い黒髪に黒い瞳の少女。

 そんな綺麗な少女なのにもかかわらず、不思議と存在感はなかった。

 きっとここに人がいっぱいいたら、彼女の事など気づかなかっただろうし、気にも留めなかっただろう。


 彼女は俺が歩いているのにもかかわらず避けるような事はせず、ずんずんと歩いてくる。

 そのまま俺達は触れるような距離を保ったまますれ違い。

 その際、ぽつりと少女が呟いた。



「順調に役割を遂行しているみたいね、竿役おじさん?」

「……」


 俺はそのまますれ違い。

 歩いて。

 そしてそこでようやく彼女の言葉の意味に気づいてぞわりと背筋を凍らせた。


「……ッ!!」


 俺は勢いよく振り返り、彼女の姿を探す。

 しかしそこには人影はどこにもなかった。

 オカシイ。

 ここは一直線の道。

 隠れる場所はないし、横の道に入る事も出来ない。

 どこに、どこに消えたんだ。

 さっきの少女は。


「……なんだったんだ?」


 そして不思議な事に。

 先ほどの衝撃が時間が経てば経つほどに薄れていくのを感じる。

 どうでも良い事のように。

 別に忘れても良い事のように。

 

 そして数秒もしないうちに、俺は何をしていたのか思い出せなくなって、訳が分からず首を傾げながら帰路につくのだった。


 

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