第十二集 長安に至る
さて陳倉を通り過ぎると、その後はひたすらに平野が続いており、山といえば南北数百里の彼方に峰々が連なっているのが見えるのみである。この辺りは
更に渭水を進むと両岸に美しい森が広がり、正に風光明媚を絵に描いたような
そして更に下れば、渭水の南岸に目的地である長安が見えてくる。
その長安のすぐ西側には、周の文王・姫昌の生まれ故郷である
また渭水を挟んで北側には、
項羽を倒した漢の
時代を下れば、天下争乱となった五胡十六国時代には、
このように渭水盆地の別名でも呼ばれる関中は、古代中華の中心地として幾度も覇権が争われた場所なのである。
さて趙英ら一行だが、関中に入ってからは特に問題が起きる事もなく穏やかな船旅が続いた。初めての土地に好奇の視線を送る
まだ陽の高い日中で、雲ひとつない晴天である。夜中や悪天候でないのは幸先が良い。
手荷物や馬たちを下ろした後、
いくら報酬に目が眩んだとはいえ、得体の知れない三人組をわざわざ数日かけて運ぶという怪しげな仕事に飛びつくくらいだ。生活の苦しい者も多いのだろう。
上流に帰っていく楼船を見送ると、誰とはなく目的地である長安城の方向を振り返る。後漢になってからは
しかしそれら城外の田畑も大部分が放置され荒れ果てている。
「せっかくの畑なのにどうして……?」
素直な疑問を口にする呼狐澹に、緑風子が答える。
「董卓が、皇帝陛下を伴って洛陽からこの長安に強引に遷都。董卓は贅の限りを尽くした後に
しかしその後に、董卓の腹心だった
その間に李傕と郭汜は皇帝陛下の威光を利用して、関中軍閥を配下に治め、この長安で董卓以上の暴政を行ったんだ。民からの略奪は日常茶飯事。城の内外には死体や飢民があふれ、その時に多くの民が長安から去った。当然それで田畑を耕す者もいなくなったってわけだよ。
その後、女性関係で仲が悪くなった李傕と郭汜は互いに争うようになり、その隙に朝廷の家臣たちが皇帝陛下を連れて長安を脱出し、そこを曹操が保護して現在の
当然、皇帝陛下の威光を失った李傕と郭汜に従う理由が何も無い関中軍閥だ。偉そうにしていた二人はそのまま袋叩きにされて殺されたってわけ」
そうして話している間に長安の城門前に到着する。日中だというのに城門は固く閉じられて番兵が立っている。
門番に呼び止められるよりも早く、趙英は包拳して名乗った。
「
門番は互いに顔を見合わせると、そこで待てと言われて一人が城内に入っていった。騒いでも仕方がない上、ここに至って騒ぐほどの阿呆でもない。道端に避け、しばらく待つ事にする。
しかしまだ日中だというのに、城門が閉じられ民の往来もほとんど無いというのは、
李傕・郭汜によって町が荒れ果て民が去ったのは、もうだいぶ前の事。彼らが討たれてから数年間は統治する者が誰もいないまま荒れ果てていたが、十年ほど前に曹操から派遣された役人たちが長安の復興を始め、最盛期ほどにはまだまだ至らないが、徐々に民が戻り始めていたと聞いていた。しかしこの様子では、小さな県城にも満たない。
そんな趙英の内心を感じ取ってか、誰とはなしに緑風子が呟いた。
「去年の潼関の戦いの前哨戦でも、この辺は戦いに巻き込まれてるからねぇ。今もまだ関中一体は官軍と反乱軍の戦いが続いていて、なかなか復興が進まないのさ」
緑風子もあえて口には出さなかったが、冀城で起きている事など関中全体の、ひいては天下全体の争乱の一部に過ぎないという事で、乱世に於いては、どこも似たような状態なのだ。
だが黄巾の乱以降、各地で群雄が旗を上げた天下の乱れを鑑みれば、次第に収束していき、今では華北一体は曹操によって、江東一体は孫権の手によって治められ、安定期に向かっているとも言えた。
それなりに敵も多いが曹操の支配域として安定している土地は、民も安心して田畑を耕せている事だろう。二十年も戦乱に巻き込まれ続けた華北の民としては、それが何よりありがたいのかも知れない。
曹操は後漢皇帝の威光を利用している等の批判も理解はできるが、それを理由にようやく安定してきた民を再び戦乱に巻き込もうなど、やはり趙英には
それにしても遅い。
門の前で待たされて既に半刻(一時間)ほど経った。いくら長安が広いとはいえ、返答が遅すぎる。気になった趙英は、さり気なく門番にその事を訊いてみると、溜息を吐きながら門番が答える。
「今は夏侯将軍が留守なんだよ。何しろこのところ反乱鎮圧が続いていて、なかなか手が回らないんだ……。もうしばらく待っていてくれ、たぶん代理の者が話を聞いてくれるから」
ちょうどこの時、
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