譚ノ五

 次の獲物を見つけた。

 今度は今まで以上にない大物だろう。

 早く、その紅をこの目に焼き付けたい。

 次こそ、満たされるかもしれないと思ったら、心が躍る。


****


 また、人が死んだ。

 二週間ほど空けて、犯人はまたもや凶行を重ねたのだ。

 この事件は一体、いつまで続くのか。

 昴はニュースを見てから未だにこたつの中で幸せそうにぬくぬくとしている紫月を見やった。

 犯人が“鬼”だと分かっているのなら、早々に動けばいいのに。

 彼女曰く―――


「動きたいのは山々だけど、もう寒くて寒くて。ボク、凍死しちゃうっ」

「しないでしょう。凍死。こんな常夏のような部屋にいるからダメなんですよ」


 どこが働いているのかと言葉を返すものの、紫月にはのれんに腕押し。

 まったくもって動くことがない。


「また、人が死んでるんですよ?」

「うん、死んでるね」

「何でそんなあっさりと言えるんですか!」


 本当に信じられない。

 “人ならざるモノ”である彼女達にとって、“人”の死というのはそんなにどうでもいいことなのか。

 昴は問い詰める。


「どうでもいい半分、どうでもよくない半分って所かな。ボク、“人”じゃないから“人”が死ぬことは別に興味ないよ。昔なんて今より“人”が死ぬ確率が高かったし。それでも“人”は滅ばなかった。なら、この先も簡単には滅びやしないさ。それに、この事件に関しては初めに言っただろう? なるようになるって」

「どうすれば、なるようになるんですか」

「そうだねぇ。“鬼”が出てきてくれたなら、だね」


 そんなの、いつになるか分からない。

 今日出るかもしれないし、今日出ないかもしれない。

 出てくるタイミングが分かるというのなら即座に動けるだろうが、こんな暖かい部屋でぬくぬくと過ごしている紫月を見ていると、なるようになる、だなんて少しも思えない。


「出てきても、この部屋にいたら対処、できないじゃないですか。こたつに根の生えてる出不精な紫月さんじゃ無理でしょう」

「できるさ」


 何でそんなに自信満々なのか。

 不意に、紫月が立ち上がった。


「珍しいですね、こたつっ子の紫月さんがこたつから出るなんて」

「キミの言う通り、こたつに根が生えているから長くは出たくないんだけど、たまには冬の庭に降り立って運動してみるのもいいかと思ってね」


 言うが早いか、紫月は部屋を出ると、自室でコートを着込んだ。

 やはり、紅と黒を基調とした、黒い蝶が刺繍された着物用のコート。

 襖を開いて庭に面したガラス戸を開けた。

 庭は一面の白銀。

 時折見える、緑と花の紅が美しい。


「うぅ、やっぱり寒い……。ほら、昴もおいでよ」


 寒さに震えながら、紫月は手を差し出す。

 綺麗な表情で綺麗な手で、昴に向かって。

 まるで蝶に誘われているようだった。

 昴は誘われるがまま、紫月の手を取って庭に降り立つ。

 さくさくと雪を踏む。

 不意に、紫月が昴の手を離して一人、庭の中央へと進んでいった。

 時刻はすでに夜。

 寒さに凍てついた月が、やけに明るく大きくて、紫月の姿を浮かび上がらせているようである。


「寒くて、肺まで凍ってしまいそうだね」

「そんなに着込んで寒いわけがないでしょう。その格好でどうやって運動するんですか」


 昴は息を吐く。

 白い息が舞い上がっていく。

 でも、本当に彼女は―――綺麗だ。

 ついその姿を目で追って見とれてしまう。

 白い雪に、彼女の赤と黒がよく映える。


「さて。昴」


 飄々とした、表情が消えた。

 怖いくらいに真面目な表情。


「何、ですか?」


 昴は彼女のこんな表情は苦手だ。

 本当に心の内全てを見透かされている気がするし、心の内全てをさらけ出してしまいそうになる。

 一体、何を言うつもりだろう。

 開きかけた口を、紫月は一旦閉じるもまたすぐに口を開いた。


「もう、いいだろう? “刀鬼けんがおに”」

「え……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る