第162話 戦争へ

「殿下、ルーナ知事、王都の協力者から連絡がありました。クーデター軍約2万5000が王都を出陣。こちらに向かってきているようです」

 秘書課長があわてた様子で私たちに連絡をしてきた。


「ついに、来たわね」

 地方庁の幹部とクルム第一王子、アレンは頷いた。


「クルム殿下。今回の軍事権の全権は、シッド少将とアレン退役大佐にすべて任せるということで、本当によろしいのですね」

 元・婚約者は、性格に反して、今回の臨時政府においてほとんど意見を言わなかった。「君臨すれども、統治せず」との言葉通りの姿勢だった。政治的な実権は、私に任せているし、軍事権は専門家にすべて委ねてしまった。


「ああ、残念ながら私は専門的に軍事の勉強をしていない。そんな人間が、王都防衛師団を撃破できるとは思わないからね。私は、責任者としてすべての責任を取るだけにする。そもそも、アレンやシッドの実力は、私が一番わかっている。数的劣勢を挽回できる可能性を持つのは、この臨時政府では2人だけだ。お前たちが負けたら、仕方がないさ。大人しく断頭台にひかれるとするよ」

 自虐的に笑った王子には、一種のすごみがあった。

 本質的には政治家なんだろうな。個人の趣味趣向を脇に置いて、最善手を求めている。ここで負けたら、命がないギリギリの瀬戸際だからこそできる覚悟の決め方だった。


「御意」

 アレンが、短くそう言った。とても力がこもった返事だったわ。かつて、王子の側近中の側近だったからこそわかる信頼感がある。この時間だけは、お互いの恨みを忘れているように見えた。


 アレンとシッド将軍の作戦は、すでに整っていた。軍の若手としては、双璧と呼ばれていた二人を信じる以外に、私たちに残された手はない。


「すでに、おふたりの作戦のための物資の準備は完璧です。協力者とともに、最前線の砦に搬入してあります」


 その言葉を聞いて、シッド将軍は笑う。

「ありがとうございます。さすがの手際の良さですね」


「戦争が始まってしまえば、後方支援くらいしかできませんから」


「ルーナ様。それは違います。戦争において、もっとも重要なものは準備と物資なのですよ。それがなければ、そもそも戦うことはできませんから。あなた方のような有能な行政官は、頼りになるんですよ。後方の優秀な担当者は、数万の味方に匹敵するほどです」


「ありがとうございます。そう言ってもらえれば、私も救われます」


 王都から数万の軍勢を動かすから、こちらに到着するのは3日後くらいね。

 この戦争の勝者が、この内戦の勝利者になる。

 運命の瞬間が、近づいてきたわ。

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