#07 絵が描けたからこそ

 一正は、奈緒子が死んだ、その時、80kmオーヴァで走っていた。


 曲がりくねった山道をだ。


 つまり、擬似的な密室で、奈緒子は殺された事になる。


 その速度域での運転は、狂気の沙汰でもなければ手を離せない行動。ただし、秀也は、そこでも片手運転で電話をかけた。しかし、それは、ある意味で単車であったからこそできたとも言えるし、幸運が重なって事故にはならなかったに過ぎない。


 加えて、その無謀なる運転でも片手運転に過ぎないからとも言える。


 うむっ。


 人を殺そうとした場合、片手で、それは成し遂げられるのか? 無論、確実にだ。


 少なくとも僕にはできない。どうしても、できないとしか思えない。


 きついのから緩いのまでカーブが次々と襲いかかる、そこでは運転を疎かにはできないからだ。そして、高速域での車中、片手では人を殺せないと仮定すると……、運転に集中する必要があり、手が離せないのだから人は殺せないとなってしまう。


 なので、たとえ奈緒子が隣にいたとしても、一正には決して殺せないとなるのだ。


 つまり、


 先にも言ったが、ある意味で擬似的な密室とも言える。


 無論、ルミノール反応も密室を強固なものにしている。


 車の中で殺された形跡はなく、車周りにもソレはなかったのだから。


 そして、


 その密室内で奈緒子を殺せるならば……、それは両手を使わず、いや、体の全ての部位さえも使わずに殺しを成し遂げたという事になる。無論、安全ピンとパチンコ玉を使ったトリックでな。やはり、そのトリックを解くしかないのか。うむむ。


 いや、逆に、そのトリックさえ解ければ、事件は無事に解決するのかもしれない。


 空白なる11分間と密室。


 これが、トリックの肝だ。


 だからこそ。だから……、


 逆に、ここに大きなヒントがありそうな気もするのだが如何せん素人の僕ではな。


 トホホ。


 真っ白な天井を仰ぎ見てから瞳を閉じ、ため息を吐く。


 深くも。


 まあ、でも絵を描き、推理を進めたからこそ分かった事か。やっぱり、進歩だな。


 と自分を褒め慰めてみる。


 その後、時計を見てから時間を確認する。


 針は信じられない時間を指し示している。


 うおっ。


 午後10時12分だとッ?


 約2時間近くも風呂に入っていたのか。うむむ。集中すると時間が経つのが早い。


 また両手で、お湯をすくい、顔にかける。


 バシャ。


「てか、お風呂に入って疲れたのは久しぶりだ。アハハ」


 などと、独りごちて、湯船からあがった。


 そのあと、体を拭き、下着を着けたあとリビングで2回戦だとも勇んだ。しかしながら如何ともしがたい眠気に負けて、そのままベッドに直行した。まあ、ここまで考えられたんだからと不甲斐なくも言い訳をしつつ。そして夢の中へと旅立った。


 明日という日を迎える為。


 無論、僕の人生の中で、一二を争う激動の明日へとだ。


 あんな事になるとは露ほどにも思わず、のんきにいびきをかき夢幻の力に負けた。


 まあ、明日になれば、なんとかなるだろうと軽く考え。

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