Chapter07 野々村秀也

#01 違う

12月20日 午前10時23分。


 …――僕は、野々村秀也が犯人ではないのかと思い始めていた。


 つまり、川村一正に直接、会って彼の印象が良くなったわけだ。


 だからこそ、フーの言う、犯人は一正というものが信じられなくなってきていた。


 言うまでもないが、性悪でも名探偵と呼ばれる彼であろうと人間である以上、間違いはあるからだ。そうは言っても、そういった素人な推理まがいの考えを改めなくてはならないような証言が、このあと直ぐに突きつけられる事になるのだが……。


「おう?」


 と強くも睨まれて凄まれる。


 手にしたメモ帳とボールペンを落としそうにもなる。


「あん?」


 前時代的な発言が飛び交う。


「おう、コラ、なに見てんだ」


 と、僕の鼻先に相手の鼻頭が突き当たりそうな距離で凄まれる。


 上から視線を落とされ、きつい香水の匂いが鼻をつんざく。無論、目の前には野々村秀也が居る。一言でいうならばチンピラ。それが第一印象。というか、いまだ、こういった方がおられるんだと思った。それほどまでに過去の遺物感が凄い、お方。


 うむっ。


 今、僕らは秀也の実家である寿司屋に来ている。ヒント請求ですか? と言われたあと慌てて断った。いくら素人であろうとも一正に事情を聞いたあとは秀也に事情を聞くという流れになるだろうといった程度には思考は働く。だからこそ、だ。


 無論、巷に溢れる推理小説のそれを踏襲しているだけの話だが。


 というか、秀也の鼻息が僕の頬にかかって、なんとも居心地が悪く、気持ち悪い。


「というか、探偵だったか?」


 秀也は、ポケットから一本のタバコを取り出して100円ライターで火をつける。


「なにが、聞きてぇんだよ?」


 しゃべってはいけない圧が、僕の両肩にずっしりとのしかかる。


 場に沈黙が走り駆け抜ける。


 その一瞬の間を有効に使って、自分の腕時計で時間を確認する。


 ……午前10時の23分だ。


 多分だが、秀也は寿司屋の開店準備に追われている時間帯。にも拘わらず、どこの馬の骨とも分からない僕らに付き合ってくれている。いや、それどころか、一正とは正反対に捜査に対して協力的にも見える。もしかしたら見た目とは裏腹に……、


 こいつは人がいいやつなのかもしれない。


 そうは思えど無駄にプレッシャーをかけるのは止めて頂きたい。


「まあ、あれだ。奈緒子の親に頼まれたんだろう? だったら話くらいしてやんよ」


 うむむ。


 僕は、もっと無法者で、とりつく島もない輩だと予想していた。だからこそ、何となく驚きを覚えていた。それでも無駄に加えられる圧は頂けない。そんな事など知らぬとばかりに秀也は天を仰ぎタバコの煙をふうっと吐き出す。敢えて勢いよく。


「てか、聞きてぇ事があるんだったら早くしてくれ。開店準備で忙しいんだからよ」


 相変わらずフー達が動き出す気配はない。


 僕が動くしかないんだろう。仕方がない。


 まなじりを決してから一つだけ息をのむ。


「秀也君」


 なんとなくだが、フーの真似をしてみる。


「君は森本奈緒子さんの元彼ですよね? そして別れたあとも奈緒子さんに復縁を迫っていた。それは間違いないですか。その上で一正君にも暴力をふるっていた」


 それで間違いはないですか?

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