#09 僕主導

 フムッ!


「まずは川村一正に会いに行きましょうか。そうするべき確固たる理由もあります」


 相変わらずの柔和な笑顔を魅せるフー。


 アルカイックスマイルというものが確かに在るならば、彼の笑顔はそれで確定だ。


 ただし、


 それが逆に、とても気持ち悪いのだが。


 そんな事は、とにかく。


 無論、僕には、その確固たる理由などというものは分からない。


 それでもフーがそう言うのならば決して間違いはないのだろう。


 僕は息をのむのと、ほぼ同時に珈琲を流し込む。ゴクリという、いくらか不躾なアップテンポが店の中に流れ込む。そののちコーヒーカップを、机に、そっと置いてから目を閉じる。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。天井をあおぐ。


 静穏を保って、ゆっくりと目を開ける。


「フーさん、一つ聞いてもいいですか?」


「フムッ」


 とだけ答えになっているような、なっていないようなリアクションが返ってくる。


 僕は、これも、また彼らしいな、と気にもせずに二の句を繋ぐ。


「確固たる理由というものは、やはり自身で考えろと言われるのでしょうね。もし、仮に教えて欲しいと言えば、それはヒントの請求という事になるのですか?」


「フムッ」


 また返事とも、或いは単なる息継ぎなのかも分からないような答えが返ってくる。


 そして、


 幾ばくかの沈黙が降ってきたあと……、


「山口君」


「はい?」


 いきなり名前を呼ばれて少々、戸惑う。


「まだ理解していないようだ。わたくしどもはヒントの請求がない限り、どんな発言をしてもヒント料を頂かないと先にも申し上げております。これはよろしいか?」


「はい。それは、充分に分かっています」


「であるならば、わたくしどもの沈黙とはなにを意味するのか?」


 つまり、


「余計な発言を控えるのが、わたくしどもの立ち位置なわけです」


 僕は、ああ、そうだろうなと驚きもせず、じっと視線を固定してフーを見つめる。


 フーも視線を動かさず、僕と対峙する。


「くどいようですが、山口君から、そういった発言をされますとヒントの請求と見なすしかないわけです。もちろん今の発言にヒント請求の意図がないにしろですよ」


 そんなにも早く次々とヒントを請求して破産されてもゲームは面白くないのです。


 とでも言いたいのだろうか、フーは、少々、右眉尻を下げて困った顔つきになる。


 最初から、こうなる事は分かっていた。


 むしろ予想通りで、ある意味で安心感すら覚える。腕時計で時間を確認する。午前8時32分。下痢でトイレに篭もってから一時間近くが経過している。この間、フーをはじめ、ハウやホワイですら自分から一切、動き出そうとしなかった。


 という事は、つまりそういう事なのだ。


 捜査に関して言葉でのヒントはもちろん、行動ですら一切合切、僕主導なわけだ。


「……分かりました。よく分かりました」


 と、僕は自分に言い聞かせる為、静かに独りごちる。


 そして、


 また己の心に言い聞かせるよう続ける。


「じゃ、今は、その確固たる理由というものを聞きません。いや、聞かないというよりは自分自身で自分なりの答えを出しますよ。それでいいんでしょう、フーさん?」


「フムッ」


 と、また答えになっているのかも分からない返事が返ってきた。

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