Chapter05 戦闘開始
#01 名探偵
12月20日 午前6時34分。
…――鏡を見る。
自宅での早朝だ。
空は、日本晴れ。
ただし、
スズメが、うるさいほど、わめき続けている。
昨日のふわふわでの出来事が脳裏に浮かんで、少々、眉をしかめる。
『今回の事件は、卑怯な男の卑怯な策によって川村一正という青年が翻弄されてしまった事件と言えます。もちろん、野々村秀也も、また利用されたとも言えます』
言っている事の意味は、いまいち分からないが良い感じは受けない。
どことなく大切な事を隠しつつ、話したのではあるまいか。推理ゲームで弄ぶ為に敢えて玉虫色なヒントを開示したのだと思える。だからこそ。だからこそだ。灰色探偵ダニットとの推理ゲームで負けないぞっという気持ちになったわけだ。
うんッ!
鏡の中で決める自身を見つめる。
探偵として、この上ない様に身を包んでいる。
白く、よくノリが利いたシャツに濃紺で白い格子模様が入ったベスト。青地で白い二重線が斜めに描かれたネクタイ。スラックスも濃紺で統一しベストに合わせる。これでパイプでも吹かせば、エルキュール・ポアロか、シャーロック・ホームズ。
いや、ポアロの場合は口ひげか。
「失敗するのは人の常だが、失敗を悟りて挽回できる者が偉大なのだ」
小声で、そっとささやいてみる。
いや、今の場合、こちらの方が的確だろうか?
「どうだっていい事なんて何一つないんですよ」
なんて、
独り言は実のところ、どうだっていい事だな。
ともかく名探偵のできあがりだ。
何事も形から入る僕はコーデで勝負を決めてやろうと試みたわけだ。無論、服装がどうであれ僕は僕である。昨日から何も変わらない。また、どうでもいい余談だが、髪型も七三に整えて気分だけは金田一耕助だ。えっ? 七三は違うって?
まあな。
整った七三の後ろ頭をボリボリと乱暴にかく。
どうでもいい冗談だからサラっと流してくれ。
「どうだっていい事なんて何一つないんですよ」
と改めて、ぼそっと言ってみる。
とにかく、これで戦闘準備完了。
鏡の前で恭しく敬礼して推理の死地へと赴く。
灰色探偵ダニットとのゲームに勝つ為の準備は万端。仕上げに敢えて、昨日、買った赤LARK12のロング箱を胸ポケットへとしまう。普段、タバコは吸わない。しかし、ライティングなどで頭を使う際、気分転換の為に吸う事がある。
気分が落ち着くし、なによりもタバコは気持ちを切り替える為のスイッチになる。
だから、
行き詰まった際、何かの役に立つだろうと予め準備しておいたのだ。
形から入る僕は気分にも左右されやすい。だからこそのタバコ。タバコをポケットに詰めたあとライターもしまう。そうして腕時計を腕にしめる。時間を見る。午前6時51分。……まだ、大丈夫だ。待ち合わせ時間には十分な時間がある。
例のあの喫茶店、ふわふわでの待ち合わせだ。
7時半分の約束。
さて、行こうか。
最後に茶色い財布と車のキーを手に取り、自宅であるボロアパートから出撃する。
アパート駐車場では愛車のフーレアワゴンが静かに僕の到着を待つ。
まるで、
空母から飛び立つのを待つ戦闘機のよう、その身をきらめく太陽の光に反射させ。
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