第48話「終着点~戦いの果てに辿りついた場所~」

『貴様ごとき最前線の兵士が――消耗品が偉そうな口をきくな!』


「俺は――俺たちは消耗品じゃない! 人間だ!」


 聖魔剣を手に、駆ける。ドラゴンブレスをよけ、スネークヘッドを弾き、ケルベロスの下肢を使った体当たりもかわし――斬撃を見舞う。斬る。刻む。


『ヌグァアアアァアァアァアーーーーーーーー!』


 ありとあらゆる負の感情を爆発させて滅茶苦茶な攻撃をする魔獣。

 それに対して――こちらは心身を研ぎ澄まして聖魔剣を振るうのみ。


『なぜだ! なぜワシの攻撃が当たらん!? どうしてワシが一方的にやられ続けるのだ! こちらのほうが攻撃力も防御力も魔力も遥かに上のはずなのだ! スペックでは圧倒しているのだぁ!』


 そんな疑問と疑念に対して、俺は答えの斬撃を放ち続ける。

 『なぜ』――それは敗北の言葉だ。


「戦場の最前線で迷ったら、疑い始めたら――おしまいだ」


 そうならないために兵士たちは血の滲むような鍛練を積む。


「裏で策謀を巡らせていたような奴に負けるわけにいかないだろ」


 そんな覚悟のない奴は、戦場の最前線に立つ資格はない。

 魔獣の攻撃はさらに雑になり、自己修復の速度も落ちていく。

 

「おまえは常に他人を手駒のように扱ってきたんだろうが、俺たちは仲間たちと助けあい、励ましあい、高めあって生き抜いてきた。だから、俺はひとりじゃない」


 孤児だった俺を拾って鍛えてくれた師匠。

 戦場で共に戦って成長し死んでいった戦友。

 俺に美味いメシを作ってくれた旅団長。


 そして――。


 一週間ぶっ通しで戦い続けたリリィ。

 かつて俺が助け、今は一緒に青春を送っているカナタ。

 そして、これから一緒に学園生活を送っていくであろうスズネ。


「出会いが俺を強くしてくれた。だから、俺は無限に強くなれる――!」


 渾身の一撃が魔獣に炸裂する。

 聖なる魔力のこもった斬撃は、外骨格を断ち切り内部をも破壊した。


『ギャグァアァアァアァアァアーーーーーーーーーーーーーー!?』


 青黒い血が噴き出し――ついに自己修復能力をこちらの斬撃が上回った。

 相手が化物になってくれたおかげで、こちらも容赦なく剣を振るえるというものだ。


「悲鳴を上げる間もなく死んでいった奴らが何人いると思ってる」


 あるいは即死できることは幸せなことかもしれないが――。

 そこまで強力に自らを魔獣化したのなら――そのぶん、苦しみを長く味わえ。

 それだけのことを、こいつはやってきたのだ。


「らあああああああああああああああああああああ!」


 『最前線の羅刹』――封じこめていた修羅を解放し、縦横無尽に剣を振るう。

 戦いに冷静さは大事だが――最後に物を言うのは情熱だ。


『……があああああ……! そんな、バカな……こんなことはなにかの間違いだ! いくら聖魔剣があろうと、こんな一方的に……!』


 もはや理屈ではない。

 俺は本能だけで戦い続け、目の前の悪を滅ぼす。

 聖魔剣は光り輝き――目の前の暗黒色は徐々に霧消していく。


『ガアァアァアアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ……!?』


 そして、ついに。

 光が――完全に闇を打ち消した。


『ありえぬ……こんなことは……』


 最後まで現実を認めることができず――暗黒黎明窟急進派ナンバー1ヤフカは消え去っていった。


「……終わったんですの?」

「ふむ、魔力は完全に消失したようだな」

「……ヤフカが完全消滅した……」


 リリィたちが会話をかわしあう。

 そして、


「ヤナギくんっ!」


 カナタが俺のもとへ駆け寄ってきた。


「……カナタ。俺は、戦場で多くの命を奪ってきた。数千どころか数万を超える数をな。この手は血塗られているんだ」


 そんな俺が聖女のようなカナタと友達になれるのか――?

 一緒に青春を送る資格があるのか――?


 戦いの記憶が甦るとともに、自分で疑問に思うのだ。全部、偽善じゃないかと。

 人を殺しまくった俺なんかが幸せに生きていいのか。


「ヤナギくん……」

「もし殺人鬼のような俺のことを不快に思うなら、言ってくれていい。もう暗黒黎明窟急進派は壊滅しただろう。だから、カナタを狙う者はいなくなるはずだ」


 短い学園生活を終えて、俺は軍に戻るべきかもしれない。

 こんな悪鬼羅刹のような人間と青春を送るなんて、カナタにとってよくない。

 そう思う俺を――。


「わたしはヤナギくんと離れない! ずっと一緒だよ!」


 カナタは叫ぶように言いきった。


「ヤナギくんは多くの人の命を奪ったかもしれないけど……でも! でもでもでも!同時に多くの人の命を救ったんだよ! 戦争に負けて市街戦になってたら数十万規模の人が死んでたかもしれないし……それにわたしも助けてもらったし! だから……ヤナギくんは、自分を責めないで! 守るために戦ったんだから!」


 カナタの言葉に心が波打つ。

 戦場では無感情そのものだった俺の心が揺り動かされていく――。


「がんばったよ! ヤナギくんは、ひとりでがんばったんだから! だから! これからはずっと! わたしが一緒だよ! ずっとずっと! わたしはヤナギくんと一緒だから!」


 カナタは感情を爆発させると、俺を勢いよく抱きしめてきた。

 ……温かい。

 こんな温かいものって、この世にあるんだな。


 なにをやっているんだろうな。俺は。

 強く冷たくあらねばならない『最前線の羅刹』なのに、弱いところを見せてしまった。


「……ごめんな、格好悪いところ見せて」

「ううん、ヤナギくんはわたしにとってヒーローだからっ! 初めて出会ったときから、学園で再会してから、そして今この瞬間だって、すっごい格好いいヒーローだよ!」


 そこまで言われて、体から力が抜けていく。


 ずっと最前線で戦ってきて、闘い続けてきて――その終着点がここで本当に良かったと思えた。

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