第44話「純粋で真っ直ぐな想いと虚無と滅びの爆滅」

「……了解、マスター……」


 リリィと攻撃魔法の応酬をしていたスズネが、こちらに振り向く。

 

「だめっ、スズネちゃん! ヤナギくんと戦っちゃだめぇー!」

「精霊が吸血鬼ごときの言うことを聞くなんて! あなたは精霊失格ですわよ!」


 カナタからは麻酔魔力球が、リリィからは気絶させることに特化した魔力球が放たれるが――スズネが左手で払う仕草をすると魔力球は空中で消し飛んだ。


「……滅……」


 スズネが右手、左手の順番に膨大な魔力奔流を生み出す。

 狙いは、俺と師匠だ。

 背後には校舎。避けると確実に被害が出る。


「学園はやらせん!」


 師匠は広範囲魔力防御障壁を張って、ふたつの魔力奔流を完全相殺した。

 さすが師匠。一瞬でこれだけ精緻かつ強力なバリアを張るとは。


「ヤナギ! 来るぞ!」

「はい!」


 あれだけの魔法を使った直後にもかかわらず間髪入れずにスズネが攻め寄せてくる。両手には短剣が握られていた。それに対して俺は聖魔剣で迎撃する。


「目を覚ませ! スズネ!」

「……わたしは起きている……」


 スズネの両手が回転するように動き嵐のような斬撃が襲いかかってくる。

 そのすべてを体捌きと聖魔剣で防いでいく。


 精霊の魔力がこめられた短剣は見た目からはかけ離れた威力がある。

 しかし、俺には師匠の作ってくれた聖魔剣があるのだ。負けるわけにはいかない。


「……厄介な剣……」

「こっちの台詞だな!」


 二本の短剣は荒れ狂う無軌道。

 対するこちらはリーチが長いぶん小回りが利かない。

 凌ぎきるだけでも、後退を余儀なくされる。


「ヤナギ! 支援するぞ!」


 そんな俺に師匠は後方から様々な支援魔法をエンチャントしてくれた。

 攻撃力・防御力・速度・自動回復・個別バリアなど――ありとあらゆる種類だ。


「師匠ありがとうございます!」


 やはり師匠はすごい。これだけの魔法を連続で繰り出せるのだから。

 まるで師匠と一緒に剣を振るっているかのような気分になる。


「……なに、この力……」


 一時は押されていた俺だったが、少しずつスズネを下がらせていく。

 初動では脅威に感じていた短剣も、今では問題にならない。


「こらぁ~! なにやってるんですかぁ、このポンコツ精霊~! あなたは『虚無の精霊』、別名『滅亡の精霊』というたいそうな名を持っているんでしょうがぁ~!」


 シガヤ先生が自らの傷を回復魔法で癒しながら叫ぶ。

 そして、信じられないことを口にした。


「そんなに役立たずなら~、さっさと『滅亡』させるしかないですかねぇ~? 忌々しいガキどもを皆殺しにしてからと思ってましたが~、もう開始しちゃいますかねぇ~! 『滅亡の爆滅』を~!」


 シガヤ先生の言葉に、リリィが反応する。


「『滅亡の爆滅』ですって!? まさか、太古の昔に封印された滅びの爆弾ですの!?」

「あっはははははははは~♪ そうですよぉ~♪ 太古の昔に開発されて封印されていた大量破壊兵器♪ それがスズネちゃんの核【水爆】なんですよぉ~♪」


 神話の中に『核爆弾』と呼ばれるものがあった。

 特に、その中の【水爆】は悪夢の代名詞として語り継がれている。


 それら【水爆】によって地球は壊滅的な被害を受け、わずかに生き残った人類によって魔法が生み出され今に至っている――という伝説なのだが。

 あれは本当の話だというのか?


「貴様、そんなものを復活させていたというのか!?」


 師匠からも驚きの声が上がる。


「そうですよぉ~♪ この子を探し出すのはとっても大変だったんですよぉお~♪ でも確実に世界を滅ぼせる超ウルトラスーパーレアキャラですからぁ~♪ 二十年かけて捜し続けた価値はありましたねぇ~♪」


 本当にこの人はどうしようもない。

 なにがシガヤ先生をここまで突き動かしているのか。


「滅滅滅滅滅滅~♪ ああ~、なんて甘美な響き~♪ 世界の滅亡を握っているこの感覚、あなたたち偽善者どもにはわからないでしょうねぇええ~♪ あははっ、あははっはははははははぁ~♪」


 狂った笑いを上げるシガヤ先生を見るに理由などないのかもしれない。

 この人は、とっくに壊れているのだろう。

 それでも、カナタは声を張り上げた。


「シガヤ先生! お願いです! もうこんなことやめてくださいっ! スズネちゃんを解放してあげてくださいっ!」


 こんなときでもカナタは真っ直ぐに自分の想いを叫ぶ。

 その声を受けてシガヤ先生の表情が殺意に歪んだ。


「だぁかぁらぁ~! あなたのような聖女ぶってるガキは気持ち悪いんですよぉお~っ! 死っねえぇえぇえええええええ~!」


 シガヤ先生の左手から黒く濁った魔力波が放たれるが――カナタは避けない。


「カナタはわたくしが守るって決めたんですのよ!」


 リリィが魔法防御障壁を展開して黒濁した魔力奔流を防ぐ。

 そして――カナタは再び叫ぶ。


「シガヤ先生! わたしたちはスズネちゃんと友達になれると思うんです! 絶対に! だから、眠っててください!」


 カナタの身体が眩いばかりの光に包まれる。

 さらに巨大な雪玉のような白い魔力球が手のひらに現れる。


「お願い! 行って! 魔力球!」


 カナタの言葉によって――巨大な純白魔力球がシガヤ先生に向かっていく。


「ふんっ、そんなもの~! 押し潰してやりますよぉお~!」


 一方でシガヤ先生を右手を突き出して黒濁魔力奔流を放ってきた。


 圧倒的な負の暗黒魔力に対し――無垢な純白魔力球が正面からぶつかりあう。

 勢いこそ削がれたが――カナタの魔力球は少しずつシガヤ先生へと近づいていく。


「なっ――!? なんなんですかぁ、この白い魔力球は~!? なら~、くうぅう~!」


 シガヤ先生はさらに左手も加えて暗黒魔力奔流の威力を増大する。

 もはやそれは黒い津波のような様相を呈していた。


 だが、カナタの真っ直ぐな意志のこもった純白魔力球は着実に距離を縮めていく。


「カナタ! 守りは任せなさい! あなたは攻撃だけを!」


 魔力津波の残滓はカナタに向かってくるが――それをリリィの真紅の魔力防御壁が防いでいく。


「……。……綺麗……」


 スズネは戦いの手を止めて、カナタとリリィの放つ魔力の輝きに見惚れていた。

 理屈ではない。

 ふたりの奏でる魔力の輝きはこれ以上ないほどに美しかった。


「そうだな。綺麗だ」


 俺も剣を下ろして、光の行方を見守る。

 

「な、な、なぁああぁああ~~~!? な、なんですかぁ~~~!? バンパイアと死神の血が流れるわたしの魔法がぁ~! こんな初級魔法『麻痺球』にぃいい~~~!?」


 吹けば飛ぶような初級魔法のはずなのに――それはどこまでも精緻で精密で真っ直ぐで――なによりも想いが籠っている。


「世界を滅ぼすなんて――絶対にダメですっ!」


 カナタのどこまでも真っ直ぐで純粋な想いは――誰にも曲げることも穢すことも冒(おか)すこともできない。


「ひぃいぃっぃいいいいいいいいいい~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 たまらずシガヤ先生は魔法をキャンセル。

 背中の翼をはためかせて逃げようとするが――。


「させるか!」


 師匠は上空を覆うように魔力網を展開。


「ぬぐぅうぅう~~~!?」


 魔力網に弾かれて、シガヤ先生は空でバランスを崩した。

 その間にカナタの魔力球は速度と大きさを増しながらシガヤ先生を追尾していく。

 加速する。どんどん、真っ直ぐに――。


「あぁあぁあぁあぁあああああぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 ――直撃。

 シガヤ先生の体が光に包まれていく。


「ごめんなさい、先生。でも、こうするしかなかったんです!」


 完全な悪であるシガヤ先生に対しても、カナタは謝罪の言葉を口にしていた。

 ドス黒い瘴気に満ちていたシガヤ先生が聖なる光に燃やし尽くされていく。

 これはただの麻痺球ではない?


「……聖魔法に至ったか。さすがだな。カナタ・ミツミ」

「聖魔法……つまり、俺の魔聖剣と同じ感じですか?」


「そうだ。どんな悪も滅する聖なる魔法。聖力と魔力という本来相いれないものを合体させる。これは選ばれたものだけが使えるものだ。おまえの魔聖剣も普通の人間では使いこなすことは不可能だからな」


 師匠の解説を聞いているうちに光は終息を迎えシガヤ先生は墜落。

 そのまま地面に倒れ込んだ。


「……マスター……」


 スズネはポツリと呟く。


「おまえの主人は倒された。さっきの命令もキャンセルだろ。だからもう世界は滅ぼさなくていい」

「……でも……」

「いいんだ。主人の指示なんて絶対じゃない。世の中に絶対なんてものはない。嫌なら拒否していいんだ。どうしても指示を実行しようというならシガヤ先生を殺すしかなくないが……」


 それはできればしたくないことだが……。

 だが――、


「……でも、もう『滅亡の爆滅』のカウントダウンは開始されている……仮に今マスターを殺したとしても、すでに止められない……」

「なっ――!?」


 なんだと!? じゃあ、スズネは爆発して、この世界は滅ぶのか!?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る