第15話「殲滅の精霊お嬢様リリィ」

☆ ☆ ☆


 クレープを食べ終わった俺たちは商店街を歩く。

 適度に寂れているので、並んで歩いても邪魔になることはない。


「今日転校してきたばかりのヤナギくんとこうして歩いてるって不思議な気分……」

「俺もすぐに友達を作れるとは思ってなかったから嬉しい想定外だな」


 最初に教室に入ったときは、ほかのクラスメイトと仲よくなるのはかなり難しいと思った。だから、カナタと同じクラスになれたことは本当に幸運だった。


 ……もしかすると、師匠がカナタと同じクラスになるように配慮してくれた可能性もあるかもな。


 師匠のことだ。なんの考えもなく俺をカナタと一緒のクラスにはしない気もする。

 そもそも、カナタがこの学園に通うキッカケが師匠だったとは思いもしなかった。

 さすがは師匠。いつも俺の考えの一歩、二歩、先をゆく。


「……えっと、ここがわたしのバイトしている動物病院だよ」


 商店街を通り抜けたところに個人経営らしき小さな白い建物があった。

 看板には猫や犬のイラストが描かれており、玄関のところには『本日休診』のプレートがかけられている。


「ここがカナタがいつもがんばっているところなんだな」

「う、うんっ……って、こんなところに連れてきちゃって、ごめんね。ほかにあまり案内できる場所とか知らなくて……」

「いいや、それでいい。俺としてもカナタがどんな場所で働いているのか気になっていたところだ」


 建物はそれなりに年季が入っていそうだが、手入れが行き届いており清潔感がある。看板のデザインからも、温かな雰囲気が伝わってきた。


「貴族の家じゃ獣を嫌うから、ここで働いていることを知られたら勘当されちゃうんだろうけど……でも、そのときはそのときかなって思ってる。もともと勘当されていたようなもんだし」


 おどおどしてる印象のカナタだが、意外と芯がしっかりしている。家柄や権力をかさにきているほかの貴族連中とは比べものにならないほど好感が持てた。


「……でも、この眠り病についてはなんとかしないとね……これじゃ働ける時間限られちゃうし……」

「その眠り病になってから、カナタは夢の中でどんな奴と一緒に暮らしてるんだ?」

「えっとね、長い金髪をしていて深紅のドレスを着ている女の子……」


 長い金髪をしていて深紅のドレス?

 その容姿には心当たりがある。


「もしかして、目は青くないか?」

「えっ……!? なんでわかるの!? そう、目は青いよ」


 もしかするとカナタが一緒に暮らしているのは、俺が最終決戦で戦った『ジェノサイド・ドール・零式』じゃないのか?


 あの容姿は忘れようがない。

 輝くような金色の髪。氷のような青い瞳。それとは対照的な情熱的な紅のドレス。

 無機質なのに――いや、だからこそか――その美しさはゾッとするほどだった。


 異変は突如として、起こった。


 ビクッ! とカナタの体が不自然に跳ねたかと思うと――急に瞳が虚ろなものに変わる。


「……カナタ?」

「…………ふふ、ふふふ、ふ……」


 そして、俺の顔をじっと見て――不気味な笑みをこぼした。


「――っ!?」


 さらには強烈な殺気が発せられて、俺は思わず臨戦態勢をとった。


「……やっと、表に出られましたわ」


 カナタの口からは発せられたのは、異質な口調。

 俺がかつて対峙した『ジェノサイド・ドール・零式』のものだった。


「……御機嫌よう。一年ぶりですわね。ようやくあなたと再会することができて、わたくし、無上の喜びを感じておりますわ」


 にっこりと。

 カナタとは違う笑みを浮かべ、スカートの裾を摘まんで優雅に一礼する。


「……誰だ、よ……?」


 嫌な予感は確信に変わりつつあるが、訊ねざるをえなかった。

 そんな俺に待っていたのは――聞きたくない答えだ。


「あら、つれないですわね。あれだけ激しく斬り結び、拳をかわしあい、魔法をぶつけあった相手のことを、もう、お忘れですの? わたくしは『ジェノサイド・ドール・零式』。世界を滅ぼす存在」


「…………なんで、だよ……」


 搾りだすように、そう口にすることしかできなかった。

 師匠の話では『ジェノサイド・ドール・零式』を俺は倒したはずだ。

 それがカナタの中にいるなんて意味がわからない。


「ふふふ……もともと、わたくしは魂魄に過ぎません。あの機械人形は、いわば容れ物。優秀な器でしたので壊れてしまったのは残念ですけど……」

「魂魄……? つまり、魂……霊体っていうことなのか?」


 ありえないことではない。

 帝国軍にはゾンビを編成した死霊兵団というものがあった。人間の尊厳を無視したその考えに、俺は吐き気とともに怒りを覚えたものだが……。


「あなた失礼なことを考えていらっしゃらない? わたくしは死霊とは違いますわ。わたくしの魂魄は清く正しく美しきもの。一言で表せば、精霊なのです」

「……精霊?」

「はい。わたくしは精霊。誤った世界をリセットするための暴虐無慈悲な殲滅の精霊。帝国軍に力を貸したのは、綺麗な機械人形を作ってくれたからですわ」


 詠(うた)うようにしゃべり、嫣然(えんぜん)と微笑む。

 その話の真偽はともかく、俺には許せないことがある。


「なんでカナタに入っているんだ。出てけよ」

「あら、怖い顔。でも、出ていくことは不可能ですわ。この子は選ばれし救世の巫女。新たな人類の始祖となるべき少女。そして、あなたは救世の騎士。新たな人類の始祖となるべき少年」


 言っていることが、まるでわからない。

 いや、言語はわかるが内容があまりにも突飛すぎる。


「選ばれたのです。この汚れきった世界をもう一度やり直すための『リスタート』のカップルに。光栄に思うべきですわね。本当は、あのときの戦いであなたを気絶させてからほかの人類を皆殺しにする予定でした。その計画は狂ってしまった。でも、そろそろ帝国地下研究所が新たなジェノサイド・ドールを完成させるはず。そのときこそ、世界の滅びのときですわ♪」


 それが喜ばしいことであると信じて疑わないように笑みを浮かべる。

 いや、こいつに疑念なんて一切ないだろう。


「滅びこそ祝福。愚かなる人類は、もう一度最初からやり直さねばならないのです」

「そんな考えにはついていけないな」

「それでいいのです。愚かだからこそ民であるのですから。愚民は選良たる我々が導かねばならないのです」


 それが当たり前みたいな顔をして言われると腹が立つ。

 カナタに憑依していなかったら、一年前の戦いの続きを再開するところだ。


「まぁ、いい。ともかく新しいジェノサイド・ドールのところにさっさと行け。カナタにこれ以上迷惑をかけるな」

「ですから、まだ完成してないのです。あなたのせいで帝国が敗北したことにより帝国地下研究所の予算も大幅にカットされてしまいましたからね。それでも精霊崇拝を第一とする暗黒黎明窟(あんこくれいめいくつ)のネットワークは帝国に留まらず王国にもありますわ。必ず最新式のジェノサイド・ドールは完成します」


「なんだよその暗黒黎明窟っていうのは」

「世界をあるべき姿に戻すと考える選良中の選良が集まる組織ですわ」


 最前線で戦い続けた生粋の軍人である俺には、特別な思想や主義はない。

 正直、ついていけないというか、こういうのは師匠が専門なのだが……。


「『覇王の魔女』に言っても無駄ですわよ? というよりも、あの女は暗黒黎明窟の幹部なのですから」

「……なんだと!? 師匠が!?」


 次々と信じられないような話が出てきて、さすがに混乱する。


「ま、あの女は穏健派なので、ちょっと毛色は違うのですけどね。今度あの女と会ったら『リリィ』と話したと言ってみなさい。それがわたくしの真名。ふふ……それでは、今日のところは、これぐらいで。御機嫌よう」


 ジェノサイド・ドール・零式――いや、リリィがそう言うとともにカナタの身体がビクッと跳ねてから小刻みに痙攣する。

 それとともに虚ろだった瞳が徐々に光を取り戻していった。

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