第14話「一緒にクレープを食べよう」

「それじゃ、食べよ」

「おう」


 戦場では甘味をとる機会はほとんどなかったから、楽しみだ。


「プレアさん、こんにちは!」

「あら、カナちゃん! いらっしゃい!」


 オープンカフェに面するところに大きい出窓のような部分があり、そこには二十代後半らしき女性がいた。枯草色の髪を後ろで結わえていて、弾む声からもわかるとおり活発な印象だ。


「って、その男の子は?」

「あっ、え、えっと、紹介しますっ。今日からゲオルア学園に転校してきたヤナギくんです。そ、そのっ……わ、わ、わたしの……と、友達です!」


 思いっきり挙動不審になりながら、カナタは俺の紹介をしてくれた。


「あらあら、まぁまぁ!」


 その女性は両手をパン! と手を合わせて驚くと、ニッコリと笑みを浮かべた。


「ついにカナちゃんにも彼氏候補ができたのね! お姉さん嬉しいわ!」

「ふへぇっ!? そ、それは、その、ち、違っ……!」


 カナタは両手を自分の胸の前でわたわた振りながら、必死に否定する。

 俺としては、どう反応すべきか悩むところだ。

 俺たちの関係を的確に説明する言葉とは、なんだろうか――?


「……まぁ、その、俺たちは……相棒、いや、戦友って言ったところですかね」


 それが一番しっくりくる。


 家柄をかさにきて横柄な態度をとる貴族たちに対して、俺は庶民の出。

 カナタは家柄こそ貴族だが、ミツミ家からは厄介者扱いされてクラスメイトからも疎外されている。そんな俺たちは共同戦線を張っている戦友と言うべきだ。


「へえぇ! 相棒! 戦友! あははっ! あんた面白い子ね! 気に入ったわ! 君ならわたしの大事なカナちゃんを預けられる!」


 どうやら俺はクレープ屋のお姉さんに気に入られたらしい。


「あ、自己紹介遅れたね! あたしの名前はプレア・レーク! クレープ屋『プレア・クレープ』の店主だよ!」


「俺はヤナギ。ヤナギ・カゲモリだ。」

「うん、カッコイイ名前だ! よろしく!」


 戦場ではこういう明朗快活を絵に描いたような女性には、ついぞ会わなかった。

 いつ死ぬかわからない戦場では明るく振る舞っていても、どこか空元気めいたものがあった。やはり町中で暮らす人間は、死の匂いがまとわりついていない。

 当たり前といえば、そうだが。もう、戦争は終わったのだ。


「それじゃ今日はサービスしちゃおうかな! フルーツどっさりのプレア・クレープ・スペシャルをふたつをノーマルクレープ料金で出血大サービスしてあげる!」

「えっ、で、でもっ、悪いですっ……!」

「いいって、いいって! 記念日は盛大に祝うのがあたしのモットーだから!」


 鼻歌混じりに、プレアさんは調理を開始する。

 まずはクレープ生地らしきものを鉄板で焼く。

 たちまち香ばしい匂いがしてきた。


「うちは素材にこだわってるからね! そして、あたし自身、最高のクレープを作るために努力してきた! そんじょそこらのクレープ屋には負けない!」


 その言葉を裏づけるように迷いのない見事な手際でクレープを作っていく。器から取り出したクリームはふわりとしてとろけるような柔らかさだと一目でわかるほどであり、鮮度抜群のフルーツは宝石のような輝きを放っている。


「作るからには最高の味を楽しんでもらわないとね!」


 熟練の技を思わせる手際で、焼き上がったばかりのクレープ生地にクリームとフルーツを包みこんでいく。


「職人技だな」


 思わず、感嘆してしまった。


 これまでに鍛冶師が農具や刀を作るのを見たりしたことはあったが、それと同じ所作の美しさを感じる。


 戦場では食えればいいという感じで盛りつけなどの美しさは気にしていなかったが、料理というのは見た目も大事だということを認識させられる。


「ふふ、それは最高の褒め言葉だね! クレープなんて誰でも作れるって侮ってる人も多いけど、そうじゃない! あたしは職人でありたいと思ってる!」


 本気度が伝わってくる。

 熱いハートの持ち主だ。


「……ま、いい素材を使ってるぶん経営はギリギリなんだけど! でも、手抜きだけはしたくないからね! よし、できあがり!」


 手で持つ部分に紙を巻いて、プレア・クレープ・スペシャルは完成。

 惚れ惚れするような出来栄えだ。


「それじゃ、どうぞ召し上がれ! はいっ♪」

「あ、ありがとうございます、プレアさんっ」

「どうも」


 俺たちはクレープを手渡される。生地はほんのり温かいが、中身のフツールとクリームの冷たさも同時に感じられる。この温度差が絶妙で心地よい。


「そ、それじゃ、いただきますね、プレアさんっ」

「いただきます」


 俺たちは、それぞれクレープの先端のほうを軽く齧るようにして食べる。


「――っ!? うまい!」


 俺は、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


 生地は引きたて役なのだろうが、これ単体でも食べられるほど美味だ。

 口に入れた途端に淡雪のようにとろける芳醇なクリームは極上の一言に尽きる。  瑞々しいフルーツは適度な大きさで揃えられており、食感を楽しませてくれる。


 各々が合わさることで奏でられるのは、まさに至高のハーモニー。

 世の中に、こんなに美味いものがあったのか!


「ふわぁ……♪ やっぱりプレアさんのクレープ最高だよぉ……♪」


 カナタも幼女のように無垢な笑みを浮かべて、ほっぺたを緩ませていた。

 気持ちはわかる。

 俺もそんなだらしない顔をしてしまいたかったが、どうにか自重した。


「クレープ屋のいいところは、こうやってすぐ目の前で食べてもらえて喜んでる顔を見られるところだねぇ! ふふふ♪」


 プレアさんは少し照れくさそうにしながらも、いたずらっぽく微笑んだ。

 美味しいものは、こんなにも人を笑顔にできるんだな。


 それも――平和だからこそか。


 最前線では、戦うための栄養補給の面が大きかった。確かに食事は楽しみではあったが、ここまで笑顔を浮かべて食べるということはない。

 それこそ、いつでも最後の晩餐になる可能性があったのだから。


 ほんと、平和っていいもんだな。こうして純粋に食事を楽しむことができる。

 グルメや美食を楽しめるというのは、世界が安定しているということなのだ。


「しかし、本当に美味いな……俺、こんなに美味いものを食べたのは初めてだ」


 もう半分以上食べてしまった。


「嬉しいこと言ってくれるねぇ! いつでもサービスしてあげるから、どんどんお店に来てよ! これからもプレア・クレープをよろしくぅ!」


「わたしもヤナギくんに喜んでもらえてよかったよ! 自分の好物を友達にも気に入ってもらえるって、とってもいい気分♪」


 俺としてもふたりが笑顔なので、気持ちが和む。


 王都のみんながこういうふうに笑えるのだから、俺も命をかけて最前線で戦い続けてよかったと思えた。ちょっと救われたような気分だ。


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